第27話  裏切り

「枢機卿が王城の庭園でマルーシュカとお茶をしているだって?」


 フレデリークの取り巻きだった三人の息子たちの親を散々締め上げたアレックスは、侍従の報告を聞いて無表情のまま憤怒のオーラを吹き出させる。普段から表情がぴくりとも動かないアレックスの機嫌は、彼が醸し出す雰囲気(オーラ)で判断が出来るのだ。


 彼の場合、凪ぎか不機嫌、時々激怒という感じで、顔の表情はぴくりとも動かさずに感情を表すという器用なことをやっている。


 面会申請をしたのは自分であるというのに、自分のところには来ずにマルーシュカ(聖女の末裔)のところにわざわざ出向いているところに悪意を感じずにはいられない。聖宗会にとって聖女は創生神に傅くべきものであり、敬うべき対象では無くなっている。


 王城の中で下手なことはしないとは思うが、うっかり双方のどちらかが暗殺されれば、宗教戦争待った無しの状態に追い込まれることになるだろう。


「それで?二人は今も庭園の方に居るのか?」

「いえ、枢機卿様はすでにお帰りになりました。マルーシュカ嬢はヴィンケル商会より連絡がありまして、そちらの方へ移動をされております」


 ヴィンケル商会は公爵家所有の商会であり、商会長のデニスとマルーシュカの付き合いはそれなりに長い。


「どうやら、行方不明となったヴァーメルダム伯爵家の執事が見つかったようでして、執事が隠れている隠れ家の方へ令嬢は移動されたようです」


 侍従は小声となってそう言うと、住所が書かれた紙をアレックスに渡して来た。


 聖女の末裔という立場は今の時代、かなり危うい存在と言っても良いだろう。聖女は尊い存在であると唱える改革派は自分たちの旗頭にしたいと考えているし、聖宗会は自分たちの邪魔になる存在を亡き者にしたいと考えている。


 アレックスはそんな危うい立場にあるマルーシュカの後ろ盾となったつもりではあるし、彼女の安全を守るために側近のブラームを付けたのだが、何故、枢機卿に会った直後に、居なくなったという執事に会いに行くのだろうか?

 その執事を秘密裏に公爵邸に招いた方が安全だとは思わないのだろうか?


「これには深い事情があるみたいですよ」

 侍従の言葉にアレックスはぴくりとも顔の筋肉を動かすことなく、長い長いため息を吐き出した。


 先ほどまで締め上げていた聖宗会シンパの貴族たちは、聖女の末裔であるフレデリークに接近するように教団側から指示を受けて行動をしていたようだった。フレデリーク殺害や『聖女の涙』の国内への持ち込みについては完全否定をしていたのだが、


「お前たちを駒のように使って、我が国を滅ぼすことを聖宗会は考えている。お前たちは国を滅ぼすための礎に過ぎず、最終的には異端者として葬り去る予定でいたようだが、それを理解した上でやっていたということで間違いないのだよな?」


 と言ってやったところ、クラーセン子爵は顔を真っ青にして震え出したが、ボック男爵とハンセン騎士は顔色を一切変えず、前をまっすぐと見つめている様が異様ではあった。


 子息たちの親世代は、子供の頃に聖地巡礼と言って聖宗教の総本山へと出向いて十日ほどを修行という名目で過ごすようなことをしていた。その間に洗脳を受けていたのではないかとリンドルフ王国の上層部は考えている。


 今の教皇となってから異端審問に力を入れるようになり、教会内で恐怖政治が強いられるようになっている。教会幹部の腐敗は酷く、目を覆いたくなるような悲惨な行為が繰り返される中、改革派が台頭することになったのだが、教皇は憎き改革派を潰して大陸を『聖宗教』で塗りつぶしたいと考えているし、フランドル帝国はかつての帝国圏内だった領土を全て取り戻して千年前に築いた大帝国を見事に復活させたいと目論んでいる。


 リンドルフ王国とフランドル帝国の間には2カ国が挟まっているような状況ではあるが、何処の国でも貿易で一人勝ちをしているリンドルフ王国のことを良くは思っていないし、リンドルフの港を自分の物にしたいと企んでいるのだ。


 枢機卿が王国に入り込み『聖女の涙』が発見され、待ったなしの状態に陥っているのは間違いようのない事実。


「マルーシュカはこの場所に居るんだな?」

「はい!」


 この時の侍従の返事の勢いの良さ、その表情が異様なほどに明るいということに気が付くべきだったのかもしれない。


 公爵家に勤めて八年ほどになる侍従は、アレックスの手先となってよく働いていた。彼の中では侍従に対して、それなりの信頼が出来ていたのは間違いない。

 

 更にはアレックスの頭の中には、栗色の髪にアンバーの瞳の少女が思い浮かんでおり、

「マルーシュカは枢機卿と一体何を話したんだ?」

 その疑問が頭の中を埋め尽くしていた為に、アレックスは侍従の異様な雰囲気に気が付くことが出来なかったのだ。

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