第28話  誘拐


 枢機卿とのお茶会を終えた私は、顔を強張らせたブラームのエスコートを受けて馬車まで移動することになったんだけど、

「お嬢!元気だったか!」

 馬車の前にはヴィンケル商会の会長であるデニスが立っていて、こちらに向かって手を振り始めたわけ。


 どうやら、伯爵邸から逃げ出した執事のヨハンネスから商会宛に連絡が入ったみたいなんだけど、

「今日は無理です、すぐに公爵邸に帰ります」

 と、ブラームが断言したわけよ。


 王城まで枢機卿がやって来たということをブラームが説明をすると、デニスも顔色を変えて、

「それじゃあ、公爵邸まで一緒に同行した方が良さそうだな」

 と、言い出した。そうして、私とブラームが乗り込む馬車にデニスも一緒に乗り込むことになったわけ。


 来た時と同じ無紋の一頭だての馬車だったので、向かい側の席にブラームとデニスが二人で座るときゅうきゅう状態って感じ。二人とも、外を気にしながら喋ろうともしないんだけど、公爵家の護衛が馬に乗ってついて来ているのに何の問題があると言うのだろうか?


 行きよりも半分の時間で、お尻をポンポン座席から跳ね飛ばしながら公爵邸に戻ると、入り口にはいつもの倍の兵士が待機していることに気が付いた。


 エントランスホールまで出迎えに来てくれたアレクシア様が、

「マルちゃん!公爵邸まで来たらもう大丈夫よ!安心して!」

 と、言うんだけど、公爵邸の中も外も物々しい雰囲気に包まれているのは何故だろう?


「とにかく、部屋に戻って着替えていらっしゃい」


 と言われたので、部屋に戻って、寛ぐことが可能だけど上等な素材で出来ているドレスに着替えることになったわけ。その後は侍女さんが淹れてくれた紅茶とお菓子を味わうことになったわ。


 今日は特に用はないということで、部屋の中でゆっくりと休むことになったんだけど、夕暮れ近くになってから、階下の様子がどんどん、どんどん、慌ただしくなって来たわけ。


「ちょっと、様子を見に行って来ますね」

 気を利かせた侍女さんが部屋の外へと出て行くと、侍女さんに代わってブラームが部屋に戻って来たわけよ。


 どうやら王城まで枢機卿が来たというのが物凄く問題だったみたいで、

「お嬢が枢機卿と何を話したかについては、閣下に直接聞いてもらった方が良いだろう」

 と言うデニスの進言によって、アレックス様待ちの状態となっていたんだけど、部屋へとやって来たブラームの顔色がさっきよりも数倍は悪くなっているのは何故だろう?


 ブラームの後ろからアレクシア様までやってきて人払いをして扉を閉めたので、部屋の中には私たち三人だけになったってわけ。


「マルちゃん、座ってちょうだい」


 家の中を取り仕切るアレクシア様は公爵家の警備の差配も任されているそうなのだけれど、枢機卿が出て来たということで、色々と話を聞きに来たのかな?


 私がアレクシア様の座るソファの向かい側に座ると、扉の前に控えるようにしてブラームが立つ。アレクシア様は私の方をグレイの美しい瞳で見つめると、

「マルちゃん、ガブリエル枢機卿と何をお話をしたの?」

 と、問いかけてきた。


「そうですね」

 とりあえず一番重要なことを言わなくちゃだよね?


「何でも教皇様がリンドルフ王国に秘密裏に入国しているらしいです」

 アレクシア様は大きく目を見開くと、長い長いため息を吐き出した。

「それじゃあ、アレックスったら教皇様の手に落ちちゃったのかしら」

 俯きながら自分の顔を手で覆うアレクシア様を見下ろした私は、正直に言って意味が分からなかった。


「えっと・・つまりはどういうことでしょうか?」

「アレックス様が誘拐されたのですよ」


 ブラームは酷く冷たい声で言い出した。

「侍従の一人が裏切っていたようで、マルーシュカ様が執事のヨハンネスに会いに行ったと嘘の報告をしていたようなのです。アレックス様は執事の元へ向かったマルーシュカ様の後を追いかけて行った先で、誘拐されたのです」


「五人の護衛の兵士を付けていたのだけれど、一人だけが何とか生き残ったの。それで公爵邸に知らせが来たのだけれど、攫われた場所に行ってみてもすでに誰も居ない状況だったのよ」


 焦燥を露わにするアレクシア様を見下ろして、思わず言葉を飲み込んだ。

 あのアレックス様が誘拐された!嘘でしょ!



      ◇◇◇



 執事が逃げ込んだ隠れ家が下町の中にあるということで、庶民の着るような衣服に着替えを済ませて、護衛の兵士5名だけを連れて移動をしたアレックスは、自分が罠にはまり込んだという事実に気が付いた。


 聖女の末裔であるマルーシュカの保護ばかりを念頭に置いていたのが仇となったのか、このようなヘマをしたことは初めてかもしれない。


 待ち構えていた聖騎士たちを前にして神に祈りを捧げながら跪く侍従の姿は異様であったし、狭い家屋の中で倍以上もいる敵を相手に、護衛の兵士が次々と殺されていく中で、何とか一人だけ逃すことには成功したが、最終的にアレックスは武器を取り上げられて身柄を拘束されることになったのだった。


 その家は地下通路に通じているようで、目隠しをされたアレックスはクネクネと続く狭いトンネルの中を移動し、最終的には階段を登った先にある牢屋のような場所で目隠しを外されることになったのだ。


 手足を枷で繋がれ、壁に磔にされたところで現れたのが、聖宗教の教皇であるカウレリア三世だった。


 豪奢な祭司服に身を包んだ、小柄でシワだらけの教皇は

「これから異端審問を始める」

 と言うと、部下にアレックスの衣服を切り裂いて剥ぎ取らせると、熱した鉄の棒を皮布を巻いた手で握り、アレックスの肌に押し付け、肉を焼く。


 うめき声ひとつ上げず、表情ひとつ変えないアレックスを見上げた教皇は、

「面白い!」

 と、子供のようにはしゃいだ声を上げた。


「どれだけ甚振っても音を上げないと言われたが、これは甚振り甲斐がありそうな奴じゃのう」

「ねえ!面白いでしょう?アレックスは何をしても表情を動かさないんだよ」

 と、地下牢へと通じる階段から現れた男が朗らかな声で言い出した。


 その男は白金の髪を掻き上げ、ブルーガーネットの瞳を細めると、ニヤニヤ顔でアレックスを見上げて、

「兄の側近になるからこんなことになるんだよ」

 と、言い出した。

 アレックスは自分を見上げるヘンドリック第二王子を見下ろすと、

「プッ」

と、無表情のまま彼の顔に唾を吐きかけたのだった。

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