第26話  庭園のお茶会

「王宮でのお茶会に行ってきたのだけれど、王城でお抱えの菓子職人の御技は天下一品だったわ」

「あれほど美味しいお菓子なんか食べたことないわ!」

「卑しいお前は一生、食べられないでしょうけれど、私は何度でも食べられるの。だって、私は聖女の生まれ変わりと言われるほど尊い存在だから」


 自分で自分のことを聖女の生まれ変わりだの、尊い存在だのと言っている姉のフレデリークを見て、頭が沸いているんじゃないの?死ねばいい、と、常々思っていた私だけれど、まさか、あの傲慢不遜の姉が死ぬことになろうとは思いもしなかった。


 両親は王家に拘束をされている状態だし、伯爵邸には火がかけられて半分ほど燃えたらしいし、その半分燃えた屋敷から護衛だった人の死体が発見されるし。


 明らかに母の弟ではないだろうか?と、思わずにはいられない容姿のデルク・ルッテンは男爵家から来たという人だったけれど、私にもお菓子をくれるような良い人だった。実は街中でも会ったことがあるんだけど、ご飯をご馳走してくれたことがあるんだよね。


 自分の二人の姪?に対して、デルクは思うところがあったみたいで、姉の相談も受けていたみたいなんだよね。なにしろ婚約者があのアレックス様だから、色々と男性の意見とか聞きたかったんだと思う。


 姉が母の専属護衛だったデルクを自分の護衛にしたいと言い出したのも、父にお願いして母の専属護衛から外したのも、必要な時に自分の相談相手になってもらいたかったからじゃないかな?


 お兄さんのように信頼していたんだよね、この人は敵じゃないって思える何かがあったから。私は自分の両親に対して不信感しかなかったけれど、姉もまた、あれだけ溺愛されていたというのに、自分の親に対して何か思うところがあるようには見えたもの。


 私に対しては、足を引っ掛ける、紅茶をぶっかける、スープを投げつける、いつでも癇癪を叩きつけるような碌でもない姉だったけれど、叩いたり殴ったりという暴力は振るわない人だった。


 ちなみに母は殴るし、鞭で叩くし、本当に暴力的な女だったけれど、姉は母のその姿を見て怯えているようにも見えた。普段は愛されているけれど、母が私に向ける憎悪がいつかは自分に向けられるんじゃないかと恐れていたんじゃないのかな。


 幼い時から私が半殺しみたいな状態になるのを目にしていたから、情緒がおかしく育っちゃったのかも。酷く不安定で、誰かに救いを求めているような人だったけれど、最後に彼女は誰に自分の全てを捧げた上で救いを求めたのだろうか?


「マルーシュカ様、お好みのケーキがなかったでしょうか?」


 ブラームに声をかけられてハッと我に返った。

 公爵家の権力を使って、王城の庭園にあるガゼボでケーキを並べてお茶を楽しめるようにして貰ったんだけど、あんまりにもぼんやりしているものだから、ブラームが心配して声をかけてきたみたい。


「お好みのケーキも何も、こんなに素晴らしいケーキは初めてですよ!」


 美しい秋薔薇が咲き誇る小さな庭園で、私のためだけのお茶会が開かれているわけですよ。ケーキスタンドには色とりどりの美しいケーキが載っているし、出された紅茶だって茶色の色がついただけのお湯じゃないよ?芳しい香りと深い味わいは、これ、確実に高級のお茶ですわよね?


「あ・・申し訳ありません・・あのような焼死体(もの)を見た後で、ケーキなど美味しく食べることなど出来ませんよね?私は何を勘違いしていたのでしょう?」


「何を勘違いしていたのでしょうって、何も勘違いしていないですよ。全然問題ないですって。これでも下町ウォーカーとして隅々まで歩き回った経験から、道端に転がる遺体もちょいちょい目にしておりますし、オエーッとは、全然ならないですから」


「威張って言うことじゃないですよね?」


 給仕の方々はかなり離れた場所に控えているので、私とブラームの話は聞こえていないとは思うんだけど、一応、見かけだけはきちんと淑女をしているつもり。だけど、マナーはまだイマイチなので人が極力近づかないような場所でお茶を飲んでいるわけですよ。


「人があまり来ない場所なので、ゆっくりして大丈夫ですよ?」


 と、ブラームは言っていたのだけれど、なんか、やたらと派手な装いの人がこちらの方へと近づいて来るのが見えてきた。


 後に五人くらいのお付きの人を従えたその人は、純白の髪の毛を腰まで伸ばした男の人で、五十メートルほど離れた場所にお付きの人を待機させると、ニコニコ笑いながらこちらの方へとたった一人で向かってくる。


 朱色の瞳のその男性は、透き通るほど白い肌を金糸の見事な刺繍が施された純白の聖衣で包んでいる。女性のように美しい顔をしているけれど、枢機卿に女性はいない。


 枢機卿だけが首からかけることを許された、琥珀が中央に配された四本線のアスタリクスが銀色にキラキラと輝いて見える。創生神を表す象徴は光の輝きで示されているので、聖宗教では四本線のアスタリクスを指で切って、神に祈りを捧げたりするわけさ。


「はじめまして、私は枢機卿のガブリエル・ドメニコ・マストロヤンニと申します。聖女の末裔とされる貴女にお会い出来てとても嬉しく思います」


 こっちに来るまでの間に立ち上がって待っていた私は、カーテシーをして挨拶したわよ。

「マルーシュカ・ヴァーメルダムと申します」


 肌の色素が抜ける白斑という症状が出ているだけで、異端とされて、教会に連れて行かれるということが行われた時代、肌が透き通るように白いこの人の登場によって、多くの人の命が救われることになったというのは有名な話。


 色素が抜けた肌は想像を絶するほどの白さに見えるわけだけれど、この白い肌と白斑の肌の色はほぼ同じ。神の使徒とも呼ばれるガブリエル枢機卿の肌と同じ肌を持つ白斑持ちを『白の君』と呼び出したのは、神の使徒と同じものを持っていると主張するため。


 異端の象徴でもあった白斑は、ガブリエル枢機卿の登場によって何の問題もないものという扱いに変化したわけだけど、とにかく言えることは、聖宗会のやっていることはエグ過ぎるということなのよね。


「固い挨拶などはここまでにいたしましょう。今日は、デートメルス小公子様より面会の申請があった為、王宮まで伺うことにしたのですが、どうやら小公子様は用事があって抜けることが出来ないらしい」


 ガブリエル枢機卿はそう言って残念そうに純白の眉をハの字に下げると、

「小公子様を待っている間、ここで時間を潰させて頂けると有り難いのですが、駄目でしょうか?」

 と、上目遣いとなって言い出した。

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