第25話  好き勝手やる男

 アレックスの側近となるブラームは褐色の髪にブラウンの瞳を持つ何処にでも居そうな顔の男で、公爵家の分家に位置する子爵家の三男となるのだが、

「うわ〜ん!アレックス様こわーい!」

「うえーん!」

 子供の頃から顔の表情がぴくりとも変わらないアレックスに、怯えず、泣かず、媚び諂いもせず、ごくごく普通に接していただけで小公子の側近に成り上がった男となる。


 同じ歳のアレックスと違って、すでに妻もいれば子もいるブラームとしては、公爵夫人であるアレクシアと同じ程度には彼に結婚して欲しいと思っている。


 何しろ独身を貫くブラームの主人は、マルーシュカの言う通り、好き勝手やる男なのだ。それに振り回されるこちらとしては、周りの者をいくら効率よく使っていったとしても長時間の拘束はいつものこと。家に帰れないことが何日も続くのは当たり前。


「アレックス様に溺愛するような伴侶が出来れば、俺たちが家に帰れる日にちも増えることになると思うんだが・・」


 と、同僚が言っていたが確かにそう思う。切実に、ご主人様には愛する伴侶を見つけて欲しい。


 高位の貴族といえば政略結婚が当たり前となっているかもしれないが、政略結婚だとうちのご主人様はほぼ100パーセント放置する未来が見えている。貴族の勤めだと言って子作りはするかもしれない、たぶん、わからないけれど。


 だけど、そんな形ばかりの行為で生まれた子供に愛情を向けるわけもなく(そもそもご主人様には愛情なんてものがあるのだろうか?)今の生活スタイルを維持することになるだろうから、ブラームやその仲間達の拘束時間はそのままの状態をキープされる恐れがあるわけだ。


「そんなの嫌だ!」

「アレックス様が夢中になるような嫁!現れろ!」

「神様お願い!」


 ブラームや仲間達の祈りが通じたのか、三年前の初夏に、一人の少女がアレックスの前に現れた。


 少女の名前はマルーシュカ・ヴァーメルダム、伯爵家の次女のはずなのに、くたびれたお仕着せを着て街へと一人でやってくる。


 買い物がてらぷらぷらしている時間を長く確保しているようで、市井に馴染んだ彼女の情報や彼女自身の考えや発想によって、こちらも随分助けられることがあったわけだ。彼女自身も公爵家所有のヴィンケル商会を利用して、小物を作って現金を稼いでいるような状態だった。


 ヴァーメルダム伯爵家は聖女の末裔とは言われているけれど、聖宗会がらみの麻薬の摘発を前情報として伯爵令嬢が知っているということ自体が相当問題なのだ。


 聖宗会および、その後にいる帝国は、リンドルフ王国を完全に潰して自分の物にしたいと考えている。聖宗会は、どんな宗教を信じていても受け入れるというリンドルフ王家の自由な発想が、聖宗教の牙城をいつの日か崩してしまうのではないかという強い恐れを抱いている。その恐れがある限り、王国への介入はし続けることになるだろう。


 アレックスが母親の言う通りにフレデリーク嬢と婚約をしたのは、聖宗会と密接な関わりがあると思われる令嬢を監視下に置くため。


 アレックスが婚約者となった途端に、フレデリークには八人の取り巻きが出来たのだが、その中には帝国や聖宗会の間諜が紛れ込んでいるのは間違いない。


 フレデリークを通じて公爵家に入り込み、リンドルフ王国の強力な盾と言われるデートメルス公爵家を内側から突き崩そうと企む輩はやたらと多い。


そんな輩を引き摺り出そうとアレックスは目論んでいたので、抗議に来たという三人の子息達の親とやらは、飛んで火に入る夏の虫ということになるだろう。


「マルーシュカ様、今の季節、王宮の庭園ではアイスバーグやブルームーンという秋の薔薇が見事に咲き乱れているのです。もし宜しければ、庭園をご案内致します」


 エルンスト王子と共に移動するアレックスを見送ったブラームは、教会の外へとマルーシュカをエスコートしながら笑みを浮かべる。


「庭園にはガゼボにお茶やケーキなども用意させて頂いています、王家のデザートはまた格別なものなので、ご賞味頂ければと思うのですが?」


「王宮の庭園ですよね?私ごときが利用しても良いのでしょうか?」

「公爵家の力を使えば、それくらいのことは出来るかと」


 伯爵家で虐待まがいの扱いを受け続けていたマルーシュカは甘いものに弱い。彼女のご機嫌をとる時にはいつでも甘いものを用意するブラームなのだが、

「くれぐれも、くれぐれも、マルちゃんのご機嫌をとってくるのよ?」

 と、アレクシア公爵夫人に言われているブラームは、王城に移動する時点で王宮庭園でのお茶の準備は手配しているのだった。


「それじゃあ、公爵家の権力でよろしくお願いします!」


 抑え切れないほどの喜びを露わにしているマルーシュカを見下ろしたブラームは、好き勝手にするご主人様と結婚をしてもらい、あの太い首に首輪を着けて管理してもらおうと企んだ。とにかく、ご主人様の良いところをアピールしなければならないと改めてブラームは決意することになるのだった。

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