第24話  汚れていないシーツ

「正直に言って、私のことはどうでも良い」


 狭い小聖堂の中には、一体の焼死体を囲むようにして、アレックス、マルーシュカ、ベイル医師、側近のブラームに追加して、この国の王太子まで現れたものだから圧迫感が凄い。


「先ほどマルーシュカに確認させましたが、この焼死体は、伯爵家を辞めたと言われている元護衛のデルク・ルッテンで間違いがないようです」


「夫人と愛人関係だったんじゃなかったか?」


 娘と夫人で男を取り合って、醜い争いのその先にうっかり毒を盛って殺してしまったということだろうか?ベイル医師から報告書を受け取ったエルンストが視線を書面に走らせながら問いかけると、

「愛人・・ではないかな〜」

 と、マルーシュカが言い出した。


「愛人じゃないと言うのなら、彼は一体なんなんだ?」

 アレックスの問いかけに、彼女はあっさりと答えた。

「伯爵夫人の異母弟だと思うんですけど」


 この中で紅一点となるマルーシュカに全員の視線が向かう。


「伯爵夫人は先代が亡くなって以降は、自分の親族を使用人として採用し続けていたわけなんですよね。夫人と護衛は顔立ちが瓜二つっていうくらいに似ていたんですよ。というか、夫人の生家であるガーウェン子爵家の当主、ヨハネス・ガーウェンにそっくりなんです」


 伯爵夫人は子爵家の出身となるが、今でも夫人の父が子爵家の当主となっている。


「自分の部屋に招き入れて、二人きりになることも多かったから、愛人なんだろうなって屋敷でも言われていましたけど、夫人の専属の侍女たちは、プラトニックな付き合いだったということは知っていましたよ?」


「なんでそんなことを断言できるんだ?」


「シーツに生々しい汚れとか、そういうのは発生していませんでしたから。私なんか夫人が使ったシーツをよく洗わされましたけど、そういった汚れは見たことないですもん」


「そもそも、なんでマルーシュカ嬢は自分の母親のことを夫人と呼んでいるんだ?何故、令嬢がシーツを洗わなければならないんだ?」


 エルンストの問いに、マルーシュカは肩をすくめながら答えた。


「ヴァーメルダム伯爵家の姉妹格差を知らないんですか?私、七歳からずっと、下働きとして暮らしていたんです。母は、伯爵夫人と呼ばないと鞭を手に取るような人でしたから。だけど、そんなことはいいんです。そもそも、なんでデルクは殺されたんですかね?」


 デルクが母の異母弟ということになると、マルーシュカにとってはデルクは血の繋がった叔父ということになるのだろう。そもそも、伯爵家の人間は自分の家族などとは思っていないマルーシュカは、叔父の焼死体を前にしても感情を動かすことがないらしい。


 普通のレディであれば、部屋に入った瞬間に悲鳴をあげて倒れてしまうような焼死体を前にしても、


「結局、解雇したのは伯爵夫人だっていう話は聞いていたし、屋敷内ではデルクがフレデリークと深い仲になったから解雇されたんだなんてことも言われているんですけど、デルクはフレデリークの血の繋がった叔父になるんですよ。聖宗教の敬虔な信徒なら、姪に手を出すようなことはしないと思うんですよね〜」


 なんてことを言っている。


 聖宗教では兄弟姉妹の結婚、叔父叔母と甥姪との結婚を禁忌としているため、神の祝福がもたらされない結婚は大きな罰が降るだろうとされている。許されない行為であると教義で示しているわけだ。


「デルクを殺したのが例えば伯爵夫人だったとして、自分の異母弟を殺す必要があったのかな?」


「デルクを間に挟んで母と娘は険悪な雰囲気だったとフレデリークの専属の侍女たちが言っていたが、何故、険悪となったのか?その理由がわからないな」


「とにかく、キーパーソンは伯爵夫人となるのだろう」

「伯爵夫人は何か言いましたか?」

「何も・・こちらの取り調べにもダンマリを決め込んでいるよ」

「伯爵は?」

「こちらも、自分は何も悪いことはしていない。釈放しろと騒いでいる」


 エルンストは大きなため息を吐き出すと言い出した。


「殺されたフレデリーク嬢の取り巻きのうち、聖宗会のシンパだった三人の子息を拘束しているが、その三人の親たちが大騒ぎしている」


「王宮まで押しかけているのですか?」

「そうだ。そちらの対応をアレックスに任せたいのだが、やってくれるか?」

 エルンストの無茶振りに、

「何故?」

 と、無表情のままアレックスが答えている。


「君の指示で拘束したのだから、そのことで苦情を言って来ている親族の対応を、君が責任持ってするべきだろう?」

「殿下は私に任せたいわけですか?何故?」

「何故も何もない、今、理由は言っただろう?」


 着慣れないドレスを着て疲れたマルーシュカは近くの椅子に座りこんだ。


 アレックスとエルンストは、互いに睨み合い、冷たい空気が小聖堂の中に充満していったのだけれど、

「アレックス様、何を無意味にごねているのかが分からないんですけど?」

 マルーシュカは作業台と思しき台に肩肘を突きながら言い出した。


「どうせ、アレックス様はいつでもどこでも好き勝手するつもりなんでしょう?いきなり問答無用で丸投げされて苛立っているみたいですけど、任されたのならラッキーくらいで、お得意の好き勝手をやればいいだけじゃないですか」


「マルーシュカ嬢、あんまり好き勝手やられても困るのだけど?」

 マルーシュカの発言にエルンストが顔を青ざめさせたけれど、

「だって、結局、好き勝手にやるじゃないですか?」

 と、彼女は言い切った。だって結局、本当に好き勝手やる人だもの。

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