第18話  毒を飲んだ侍女


 執事のヨハンネスから大量の古着(ドレス)を貰った私は、それらを丁寧に解いてバラすと、バッグや帽子、匂い袋なんかを作ることにしたわけ。


 工場の一角を借りて、縫製が得意な女の人十人を雇って、色々なものを細々作ってヴィンケル商会で売ってもらったりしているわけです。


 匂い袋は特にこだわりを持って作っているので、中に詰め込まれたポプリなんかは私の手作りですよ!手作り!男の人たちが、夜の商売をしている女の人へのちょっとしたプレゼントとして利用しているらしく、それがウケてバカ売れしているような状況です。


 夜の商売をしているレディたちが直接工場まで買いに来ることも多いため、ポプリを調合する私は直接お話をする機会も多いってわけ。白斑を持っている男性は大概、その白斑を気にしていたりするから、夜のお店では『私の白の君!』などと言って、お相手のご機嫌をとっていたりするってわけですね。


「姉のお相手が、白斑があるような男性なのか、はたまた、尊い身分の枢機卿なのか私には分かりませんけども、常に人に囲まれている枢機卿がお姉様と・・なんてことがあるのだろうか?とは思うんですよね?」


「確かにそうですね、ちょっと休憩室で・・信者を巻き込んで・・どうなんでしょう・・」


 私とブラームがウンウン唸りながら考えていると、アレックス様が言い出した。


「明日、枢機卿に会いに行ってみるか」

「へー」

 枢機卿って会おうと思って会えるような人ではないと思うんだけど、公爵家の嫡男だと、権力をバンバン使えちゃう感じなのかな?


「マルーシュカ、お前も付いて来るよな?」

「はい?」

「お前、家を訪れたという『白の君』を見ているんだろう?」

「はあ?」

「多分、お前は見ているだろうと執事のヨハンネスが言っていたぞ?」

「ぐ・・ぐぬぬぬぬ・・」


 確かに、私は『白の君』らしき男を見たことがある。

 姉を訪ねて来たあの男がそうだと思うんだけど、庭の奥にある泉のほとりで、二人っきりでお話をしているような様子だったんだよね。


「庭掃除をしているときに見かけて、でも、外套を深く被っていたので顔とか見えなかったですし」

「お前、一度見た人の顔を忘れないタイプなんだから、背格好くらいは覚えているだろう?」

「いやいやいやいや、だったら侍女ズを連れて行ったほうが良いかと思うのですがね?どうせ、彼女たちがアテンドしたんでしょうし?」

「お前の言うところのフレデリークに専属で仕えていた侍女ズとやらは、現在、病院に入院中だ」

「はい?」

「三人とも揃って毒を飲まされたらしい」

「はあ?」


 後出し情報でそれを出すのはどうなんだろう?侍女ズが毒を飲まされた?死んだ姉も毒を飲んだとでもいうように仕組まれて死んでいたんだよね?


「やだー!明日から美味しくご飯が食べられなー〜い!」

 私の魂の叫びに、

「公爵家に居るうちは大丈夫だ!感謝しろよ!」

 と、アレックス様は、何故だか恩着せがましく言い出した。



      ◇◇◇



 ヴァーメルダム伯爵家の執事を勤めるヨハンネスは、ため息を吐き出しながら椅子に座り込んでいた。


 聖女の生まれ変わりだと伯爵夫妻が持て囃して大事に育てたフレデリークは聖女の伝説が残されている泉に浮かんだ状態で死んでいた。


 アレックス・デートメルスは家を飛び出したマルーシュカから騒動を聞きつけ、即座に伯爵邸に現れた、


 小公子は即座に伯爵夫妻の身柄の拘束を決意すると、フレデリークの遺体は王家の方で一旦預かるとして、伯爵夫妻と令嬢の遺体ごと連れ去ってしまったのだった。


「ねえ、マリア、あんなことを言って本当に大丈夫だったの?」


「お嬢様についてのことでしょう?そもそも、ソニアが私は働き者の侍女です!なんて言い出したから、私だって言い出さなくちゃならない雰囲気になったんじゃない!」


「私は働き者の侍女です!だもんね、だったら私たちも働き者の侍女ですって言い出せば良かったのかしら?」


「カリナは働き者の侍女じゃないでしょう?そもそも、カリナったら仲良くなったデルクをお嬢様や奥様に取られた腹いせのために、あんなことを言い出したんでしょう?」


「だって!デルクったら格好良かったじゃない!」

「格好良かったかもしれないけどね〜」


 フレデリークの専属の侍女だった三人を振り返ると、思わずヨハンネスの口からため息がこぼれ落ちる。突然、主人が奇妙な形で死んでしまったと言うのに、彼女たちは己の主人が死んだことに憐憫の情の一つも湧いては来ないらしい。


 挙げ句の果てには、小公子だけでなく使用人一同の前で、仕える主家のプライベートな事柄について大声で主張するようなことをしでかしたのだ。


 彼女たちは貴重な情報を与えたということで、小公子に恩を売ったつもりでいるし、次の就職先は公爵家になるかもしれないと夢みたいなことを考えているかもしれないが、そんなことには絶対にならない。


 住み込みで働くような使用人は、外には漏れ出ることのない主人一家のプライベートを垣間見ることにもなるため、守秘義務の意味を十分に理解した、身元もしっかりと保証された人物が重用されていくのだから。


 三人の侍女は、男爵家の出身や、親が騎士爵身分の者で、身元はしっかりしていたとしても中身が残念だからどうしようもない。次の職場を探すための紹介状をヨハンネスは用意するつもりもないし、おそらく小公子様も用意などはしないだろう。


 そんなことも知らずにはしゃいだ声をあげる三人組を無視することにすると、

「公子様の指示により、これから全員に対して事情聴取を行うことになります。事情聴取後は、各自、荷物をまとめて一旦、伯爵家から自分の家へと帰るように。帰る家などない者は例外としてここに残ることを許されますが、全員が一旦は屋敷から外に出ることになり、王家の査察を受けることになるようです」


 と、エントランスホールに集まっていた使用人たちに説明を行うことにする。


 ヴァーメルダム伯爵家はただの伯爵家ではない。聖女の末裔と言われる特殊な家である上に、伯爵夫妻は自分の娘であるフレデリークのことを『聖女の生まれ変わり』と言って持て囃していた。


 王国内で聖女を信奉する改革派とそれを否定する聖宗会派が争う中で、聖女の末裔が殺された。そのことを理由にして争いが激化するのを恐れたリンドルフ王家は、何故、フレデリークが殺されたのかということについては細かく調べ上げるつもりでいるらしい。


 一旦、使用人たち全てを屋敷の外に出すのは証拠隠滅を阻止するため。事情聴取後に伯爵邸から解放するのは、彼らがどこへ帰って行くのかを確認するため。


 伯爵邸から直接家に帰らずに、改革派教会、または聖宗会派の教会に逃げ込むようなことがあれば、そこから事件の真相が明らかになることもあるわけだ。


 事情聴取も終えた使用人たちを一旦、家に帰らせる頃には日が暮れて、血を溶かし込んだように真っ赤に見える夕日がドンメルト川の向こうへと沈み込んでいくのを、ぼんやりとヨハンネスが眺めていた半刻後、


「ヨハンネス様!マリア、ソニア、カリナの三人組が毒を飲んで病院へと運ばれて行きました!」


 使用人がほとんどいなくなった屋敷に従僕の一人がヨハンネスに知らせるために屋敷まで慌てて戻って来たのだった。



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