第19話 その時の侍女たちは
フレデリークの専属侍女だったマリア、ソニア、カリナの三人は、それなりに厳しい事情聴取を受けた後、伯爵邸から自分の家へと帰ることになったのだが、
「ねえ、お腹空かない?」
「お腹すいた」
「食べてから帰らない?」
と言って、繁華街から少し外れた場所にある、客層が女性ばかりだといわれている食堂へ、三人揃って移動することにしたらしい。
「それにしても、お嬢様が死ぬなんて思わなかったわ」
「私もそれは驚いた」
「まさか死ぬなんてね!」
使用人を道具としてしか扱わないヴァーメルダム伯爵家では、例え、夫人や令嬢の専属の侍女となったとしても、ハンカチ一枚ですら下賜されることはない。給料もそれほど良いわけでもない伯爵家に勤める唯一の利点は、
「まあ!聖女の末裔と言われる伯爵家にお勤めなのね!」
と言われて、神聖な場所に勤める貴女は心清らかなのだろうと、勝手に思われて尊敬されることだけだろうか。
「お嬢様が、身分高き方とただならぬ恋をした!とか、意味不明なことを言い出す姿は滑稽だったけど」
「まさかね」
「そのまさかよ、ほんと」
三人は運ばれて来た料理を見下ろすと、大きなため息を揃って吐き出したのだった。
二人の侍女は、母と娘で取り合っていた元護衛のデルク・ルッテンが犯人だろうと決め付けているし、そのことについても、きっちり役人に主張している。
デルクは背が高く、顔立ちがやたらと貴族っぽい洒落た男で、女たちを魅了するような色気のようなものを常に醸し出していた。フレデリークの専属侍女である三人にも優しかったし、カリス夫人の専属侍女たちとも親しくしているようだった。
親しくすると言っても、時々、軽くおしゃべりをする程度のことで、時々、お菓子の差し入れをしてくれるデルクを見上げては、
「「「素敵!」」」
と、言ってはしゃいで、みんなで揃って感嘆のため息を吐き出していたのだった。
そんなデルクが、個人的にカリス夫人の部屋を出入りするようになり、
「「「ああ〜、色男デルクは夫人のお手付きになってしまったのね〜」」」
と、思ったし、そんなデルクを護衛にして欲しいとフレデリークがねだり出した時には、
「「「あの男はお嬢様の手には負えませんよ!!」」」
と、三人揃って思っていたものだ。
夫人とデルクの関係が怪しいとジェロン伯爵にフレデリークが告げ口をすることによって、デルクは夫人の護衛を離れることになったのだが、
「今日のパーティーでは、デルクが護衛に付いてくれることになったの!」
と、言い出したのが止葉の月に開催された王宮のパーティーでのことだった。
そのパーティーから帰って来たお嬢様の体に赤い花が散っているのを見て、
「「お嬢様・・遂にデルクと一線を越えてしまわれたのですね」」
と、思ったし、お嬢様のお腹の子供はデルクの子供ではないかとソニアとカリナは思ったのだ。
ただし、マリアだけは、
「お嬢様が尊いお方とか、小公子様よりも身分の高いお方と愛し合う仲になったと言っているのを二人は信じていないし、結局、お相手はデルクなんでしょって思っているのかもしれないけど、お嬢様が身分が低いデルクと一線を越えるとは到底思えないもの。きっと、本当に尊い身分の方と仲良くなったんじゃないかしら?」
と、いうように考えていた。
そのうち、フレデリークの月のものが遅れて、フレデリークが癇癪を起こすようになったため、
「「「あらあら、小公子様の婚約者のままだというのに、妊娠したのは流石にまずいのでは」」」
と、三人は一様に思ったが、フレデリークがストレスを発散しやすいように、マルーシュカに給仕の仕事などは任せるようにして、成り行きを見守るようにしたのだ。
そうこうしているうちに、護衛として雇われたデルクを夫人が解雇をしたらしい。
「「「まあ!これこそ悲恋じゃないかしら!」」」
引き裂かれた二人、お嬢様のお腹には子供が残されているというのに!この後はどうなってしまうのだろうか!
結局、デルクが解雇されて三日後に、お嬢様の遺体が庭園の奥にある泉で発見されることになったのだ。しかも、悲恋を嘆いての自殺、ではなく他殺だという。
「「どういうこと〜!」」
と、ソニアとカリナは思ったし、
「やっぱり父親は高位身分の誰かだったのよ!」
と、マリアは思ったのだが、最終的にお嬢様を殺した犯人は捕まるのだろうか?
三人がそれぞれスプーンを持って、この店特製のビーフシシチューを食べようとしたところ、
「おやおや!こんなところに別嬪さんがいるよ!さては、由緒正しきお屋敷勤めの令嬢様なんじゃないのかな?」
たまたま通りかかった男性が、三人の美しさを散々褒め称えだしたのだ。
「丁度、ビーフシチューに良く合うワインを届けたところだったんだよ。余ったワインだから美しきお嬢さんたちにプレゼントしてあげよう!」
と言って、給仕の女性にワイングラスを三つ用意させ、手際よくコルクを抜いたワインを三人のグラスに注いでくれたのだった。
「美味しいワインと食事を楽しんでね!お嬢さんたち!」
見るからに商人といった容姿の男は、ワインを親や親族に紹介しておいてくれと言って店を出て行ったのだが、こういうことは実は良くあることだったりする。
金持ちそうな令嬢の親もまた金持ちなわけで、令嬢が気に入ったと言えばそのワインを買いたいと親が問い合わせるわけで、意外なところから販路が拡大するなんてこともある。そのため、宣伝目的でワインを振る舞って歩くことはそれなりにあるわけだ。
「とりあえず、お嬢様の冥福を祈りましょう」
「そうね」
「そうしましょう」
フレデリークが死んだというのに、涙の一粒も溢さなかった三人組は、嬉々としてワイングラスを手に取った。
そうしてそのワインを口に含むと、三人同じように喉を掻きむしりながら倒れ込むことになったのだ。
アレックスの手配による見張りが付いていた為、即座に処置され病院に運ばれることになったのだが、三人は意識不明の重体。見張りが早急に対処しなければ、到底助かることが出来なかったほどの猛毒を口に含んだことになる。
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