第14話  公爵夫人の差配

「一ヶ月後にお茶会を開きますから、それをマルちゃんにとり仕切って貰います」

「はい?」

「私のことは公爵夫人ではなく、アレクシア様と言いなさい」

「ええ?」

「はい、私のことを呼んで?」

「え・・と・・アレクシア様」

「よく出来ました」


 アレクシア様はパチパチパチと拍手をすると、

「これで私がマルちゃんのことを名前呼びを許すほど可愛がっているということが決定しました〜」

 と、なんでもないような様子で恐ろしいことを言い出した。


「ヴァーメルダム伯爵家の悪意によって、次女である貴女の悪い噂が広がっていますが、それを一ヶ月後にあるお茶会で払拭することにします」


「えええ!」


「商売をするのなら、悪い噂なんてものは百害あって一利もありません。後に市井に降りたとしても、あばずれの元貴族令嬢より、家族から虐げられ続けた悲劇の令嬢の方が商売しやすいでしょう?」


「確かにそうですね」


「しかも、姉であるフレデリークは死んでしまったのです。文句の言いようがありませんから、こちらの都合の良いように噂を捻じ曲げていきましょう」


 姉も死んでいるけれど、両親も投獄中。確かに、公爵家のちょっとした後押しで悲劇のヒロインは完成してしまうだろう。だけれども、その悲劇のヒロインのマナーがダメとなれば、せっかく出来上がりかけた悲劇も喜劇へと変貌してしまう。


「アレクシア様、私、マナーを学びたいです!」


 今後の仕事にマナーは確かに邪魔にならないし、今のままのあばずれ設定でいるよりも、悲劇のヒロイン設定の方が良いのは間違いない!


「だけど、私なんかにマナーを教えても、アレクシア様に何の得もないような気がするんですけど?」


 なにしろ、公爵家を散々コケにしたフレデリークの妹だもの。今はまだ、姉の詳しい情報がアレクシア様まで回ってきていないのかもしれないけれど、姉の不義理がバレたら、夫人にそっぽを向かれる可能性だって大きい。だったら先に、情報を切っておいても良いかもしれない。


「姉こそが・・その・・異性の方と奔放に遊んでいたようで・・結局は、小公子様を裏切っていたんです。そんな不義理な婚約者の妹を保護するだけでも十分なのに、マナーまで教わってしまってはご迷惑だと思うのですが?」


「まあ!マルちゃん!これはお互いにウィンウィンの話なのよ!」


 アレクシア様はにこりと笑って言い出した。


「今後、アレックスにしても、クリスティアンにしても、息子たちがお嫁さんを連れて来たら、公爵家の嫁として教育をしなければならないのだけれど、フレデリークは文句が多かったから、こちらからの教育はほとんどやらなかったのよ」


 お姉様は何をやっていらっしゃるのだろうか?


「やる気がないから仕方がないと思って私も手を引いたのだけれど、やっぱり今後のことを考えたら、お嫁さん教育の練習は私にとっても必要となるわけ。そこで私はマルちゃんに教育を施して、忌憚のない意見を述べてもらうことで自分の教育方針を改善していきたいと思っているわけよ」


 忌憚のない意見って言えるのだろうか?不敬に問われそう!


「公爵家の嫁レベルの知識とマナーがあれば、マルちゃん、市井に降りようが、隣国に行こうが、何処かの王族に嫁ごうが問題ないわよ!」


「王族に嫁ぐことはないですけども・・」


 確かに、公爵家レベルの知識とマナーが私の糧となるのは間違いない。


「どうせ事件が解決するまでに時間がかかると言うのなら、無為に過ごすのは勿体無いわよ?」

「確かに・・」

「どうする?私の教育を受ける?受けない?」

「う・・受けます!」


 私はぺこりと頭を下げながらお願いした。


「色々と不出来なところが多くてご迷惑をかけるとは思いますが、アレクシア先生!どうか私にご教授ください!」


「まあ!まあ!まあ!嬉しいわ!」

 アレクシア様はその時、はしゃいで喜んだのだけれど、私はその後、この時の決断を死ぬほど後悔することになるのだった。



     ◇◇◇



 フレデリークの遺体は、王宮の敷地内にある聖教会の地下にある霊廟に一旦、預けられることとなったのだが、この霊廟には秘密裏に医師が派遣されて、地下にある小聖堂の一室で遺体の検死を行うことになる。


 聖宗教を牛耳る聖宗会は、異端審問の名の下、残虐非道な拷問を散々行なってきた歴史があるというのに、遺体にメスを入れる検死については、神への冒涜として絶対に許さない立場を取っている。


 聖宗会から離脱して聖宗教を正しき道に戻そうと考える改革派としては、死した体にメスを入れる行為は問題かもしれないが、どうして死んでしまったのかという死の原因が究明されることで、今後、人々が死なない為の標となるのであれば、神もお許しになるだろというスタンスを取っている。


 リンドルフ王国は宗教の自由を謳ってはいるが、国教は聖宗教であるし、王家として聖宗教を敬い信奉している。建前上はという形になるため、リンドルフに派遣されて来た祭司長に対しては、金と女で買収しているような状態となっている。だからこそ、あまり目くじらを立てて改革派を排除しろだの、異国の宗教は国内に入れるな等と言い出さない。


 王宮の敷地内にある古びた聖教会には祭事を行う時にしか足を運ばないため、地下で何が行われようとも見向きもしないのだ。


 フレデリークが運び込まれた次の日の夕方に、アレックスが聖教会の地下を訪れると、報告書をまとめていたベイル医師が、にこやかな笑顔を浮かべて立ち上がる。


「やあ、寝取られ小公子殿、昨日はご活躍だったようだね?婚約者が亡くなって落ち込んでいるのかい?今日の夜にでも一緒に飲みに行ってあげようか?」


「・・・」


 アレックスは無表情のまま、ベイルの端正な顔を見つめると、表情筋をぴくりとも動かさないまま大きなため息を吐き出した。


 ベイルは代々王室の典医となってきた歴史があるエムデン子爵家の三男であり、医療が発達した嘉廣国に十年留学してきた医師となる。


 先王が腹部に腫瘤が出来る病に罹った際に、それを外科的手術で治したのがベイルであり、公には言えないが、どうしても病を治して欲しいという王侯貴族や金持ちなどが、大金を積んでベイルの元を訪れる。


 体にメスを入れるのは悪とする聖宗会の教えに表面的には従いながらも、自分が助かる手立てがあるのならと藁にも縋る思いで王国を訪れる。


 リンドルフ王国には至るところに聖女伝説が残されているような場所でもあるため、

「聖女の慈悲に触れたのかもしれません」

 と、体調が回復した人々はそんなことを言って誤魔化しているらしい。


「それで?腹の中に子はいたのか?」

 木製の丸椅子に座りながらアレックスが問いかけると、茶を淹れに行ったベイルが振り返りながら問いかけてきた。

「やっぱり自分の子については気になるものか?」

「バカを言うな」


 婚約者であるフレデリークについては夜会のエスコート程度しかしたことがない、そもそも、まともに話したことすらないだろう。母の差配で『婚約者』となった女になるが、都合が良かったから受け入れただけなのだ。

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