第13話  公爵夫人の手口

 私が社交に出たのはデビュッタントのパーティーの一度だけなんだよね。


 先代の伯爵が亡くなって以降、下級の使用人扱いで無料働きをしてきたものだから、まともに接したことがある貴族女性といえば、母と姉しかいないのよ。


 母や姉は伯爵家でお茶会なんかもひらいていたんだけど、そういった時には部屋に軟禁されているし、表に顔を出すということなんか一度もしていないんだよね。だから、親族が集まっても挨拶一つしたことがないという、ある意味、異様な状況ですよ。


 最初は『次女は病弱で〜』と言っていた両親は、『次女は男遊びが激しくって〜とても表には出せないんです〜』という姉の悪意から来る発言に乗っかることにしたようで、いつしか私は、男を八股しているアバズレゆえに、将来的には修道院まっしぐらという評判をベッタリと貼り付けられることになったわけですよ。


 八股とは、八人も貴族とか平民とかの恋人が居るということになるようで、

「お嬢様が襲われでもしたら、長年伯爵家に勤める私の名折れとなるのです」

 と、言って、執事のヨハンネスが一人にならないようにしてくれたんだよね。


「マルーシュカお嬢様はどうしても、自分の役割が分かっておられないのです。誰かの目がないと仕事を放棄してしまうことが多いため、私の方で、お嬢様にはそれはきつい仕事をするように強制しておきますので」


 と、母とか姉とかには言っていて、特に私が庭の掃除に入る時には、自ら監視役としてひっついているような状態だったんだよね。


 噂を信じて、

「お嬢様〜、俺とも遊ぼうよ〜」

 なんて言い出す使用人も多かったんだけど、即座にヨハンネスがクビにしていたので、使用人たちはクビにされたくないってのと、関わり合いになりたくないっていうので、私に関わるようなことってほとんどなかったのよね。


 唯一関わって来るのはヨハンネスと料理長、この二人しか居ないような状況だった私がだよ?公爵邸でレディとして過ごすなんて無理だよ〜!と、思うわな!


 とりあえず、アレックス様はほぼ帰って来ないだろうから嫌味を言われることもないし、アレックス様の弟君は海外に留学に出ていて公爵邸に居ないし。


 アレックス様のお父様とお母様しか屋敷には居ない状況なんだけど、公爵様は忙しい方なので、私が顔を合わせるのって公爵夫人であるアレクシア様だけなのよね。


 このアレクシア様がとにかく、とっても変わった方だったのだ。


「マルちゃん、アレックスの側近であるブラームから、貴女が伯爵家で受けていた待遇については話に聞きましたよ」


 アレクシア様は亜麻色の髪をカールしたグレイの瞳の美女で、結婚していても問題ない年齢の息子さんが二人もいるとは思えない。


 甘いマスクに、蕩けるような声色の貴婦人のため、

「息子が二人しか居ないから私は娘が欲しかったのよ!これから貴女は私の娘も同然よ!仲良くしましょうね!」

 なんてことを言われた上で、ペット感覚で着飾らせて、買い物に連れて行かれたり、観劇に連れて行かれたりしたら、ウザイな〜と思っていたんだけど、そんなことにはならないらしい。


「貴女は市井に出て、立派に独り立ちをして生計を立てようと考えていたのよね?その為にヴィンケル商会に出入りをしていたのでしょう?デニスからも話を聞いたけれど、非常に優秀だったみたいね?」


 夕方に公爵邸に到着して、その日は与えられた部屋で食事を済ませて、入浴を済ませて就寝してしまった私について、アレクシア様は翌日には情報を整理して、私をサロンに招き入れたってわけ。


「貴女は自分で商会を立ち上げて商売をしたいと考えているようだったとデニスが言っていたけれど、そんな貴女に圧倒的に足りないのはマナーです」

「マナー!」


 それは私が七歳で手放したものですわ。


「えーっと、公爵夫人、どうやら私の生家であるヴァーメルダム伯爵家は没落を免れない状態に陥っていると思うので、私はこのまま爵位がなくなり平民になると思うのですけれど、だというのに、公爵夫人はマナーとおっしゃるのですか?」


 紅茶を口にしていたアレクシア様はにこりと笑うと言いました。


「真っ当な商人はマナーを熟知しているのです。それは何故かと言うのなら、マナーがなっていない相手を貴族たちは相手にもしないからです」


 そ・・そりゃそうかもしれないですけども〜!


「貴女は貴族家で不要となったドレスを使って、小物を作って販売することを始めているのでしょう?」


 私がヴィンケル商会に出入りするようになってから、執事のヨハンネスが母や姉が着なくなった古〜いドレスを私に渡してくれるようになったってわけ。


 普通、着なくなったドレスはお付きの侍女なんかに下げ渡したりするものなんだけど、母も姉も、使用人は道具も同じという人たちだから、ただの道具に何かを渡すだなんて絶対に考えないんだよね。


 それでヨハンネスが、下町に持っていけばお金になるかもって渡してくれるようになって。ちょうど、ヴィンケル商会が潰れた縫製工場を買い取ったところだったから、そこで行う事業の一つとして、使用済みドレスのリメイク事業を開始することにしたってわけで。


 まあ、リメイクって言っても、ドレスを解体して小物や帽子を作成したり、匂い袋を作ったりしたんだけど、結構な売り上げを叩き出すようになったんだよね。


「デザイン関係は全くのど素人なので、アイデアを幾つか言う程度のことしかしていないですよ?」


 なにしろ、お茶会中には軟禁状態の私ではあるんですけど、人を見ればその人の顔とか服装とか小物まで覚えている性質なので、どの色が今好まれているとか、どういった形なら売れるとか、そんなアドバイス程度のことなら出来たわけで・・


「貴族の流行はその後に庶民に降りていくので、庶民の流行を先取りするのは本当に簡単なんです。ですから、私が相手にするのは貴族ではなく庶民になるかと思うので、マナーは不必要になるかと思うのですが?」


「マルちゃん!甘いわよ!有力な商会の後には必ず有力貴族の後ろ盾があるってことを忘れたの?」


 大きな商会と取引するようになれば、その後ろの貴族との関わりも出て来るというわけで、確かにマナーは必須になるのかな?


「小さな商店で終わる程度ならマナーはいらないけれど、マルちゃんはうちの縫製工場を使っているくらいだから、大きな商売をしたいのよね?だとしたら、自分を高く売れるように努力しないと!」


「自分を高く売るですか?」


「体を使ってとかじゃないのよ?勘違いしないでね?」


 アレクシア様はにこりと笑って私の手を握りしめると言い出した。


「商売を成功させるためには、大きな実績と信頼づくりが欠かせないものよ?私が貴女に公爵家秘伝のマナーを教えてあげるから、貴女は公爵家と同等以上の人間になりなさい」


「公爵夫人が私の後ろ盾となってくれると言っているのでしょうか?」

「それはちょっと違うわね」


 夫人はアレックス様によく似たグレイの瞳をキラキラさせると、

「公爵家を利用して成り上がりなさいと言っているのよ?」

 と、いたずら小僧みたいな表情を浮かべながら言い出したのだった。

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