第5話  殺された婚約者

 アレックスの婚約者となるフレデリークが殺された。


 発見の経緯と遺体の状況をマルーシュカから聴取したアレックスは、早速、側近のブラームを連れてヴァーメルダム伯爵家に移動をすると、伯爵の屋敷は大騒ぎとなっていた。


 伯爵も伯爵夫人も混乱状態にあるようで、二人に代わって執事のヨハンネスがアレックスを出迎えた。


「小公子様にご挨拶を申し上げます。本日は主人との面会の予定は無かったことと思いますが、何用にて当家をご訪問されたのでございましょうか?」


 先触れもせずに訪れたアレックスに対して、フレデリークの死亡を伝えるつもりはないらしい。


「マルーシュカをこちらで保護したのだがね」


 銀幕を彩ったシルクハットを側近のブラームに渡しながら口にすると、あからさまにホッとした様子で、執事は小声となって言い出した。


「旦那様も、奥様も、お嬢様が殺されたと耳にするなり、マルーシュカ様がフレデリーク様を殺したの一点張りでして、私たちの話に耳を傾けようとしないのです」

「で、あるのなら、伯爵の元へ今すぐ案内してくれ」


 執事のヨハンネスは、一瞬、逡巡した後、

「小公子様を応接間にご案内してください」

 と、近くの侍従に声をかけ、自分は伯爵夫妻を呼びに向かったようだった。


 ヴァーメルダム伯爵家はタウンハウスの敷地内に聖女伝説が残る泉が湧き出ていることからも分かる通り、聖女の末裔と呼ばれる一族ということになる。


 遥か昔、この世が混沌の極みにあった時、人々を悪の道へと引き摺り込む呪いの塊が生まれ出た。この塊は後の魔王となるのだが、この魔王に愛を説き、人々に奇跡を起こしたのが聖女だと言われている。


 聖女の容姿は黒髪に金の瞳、金髪に黒の瞳と、様々言われているのではあるが、ヴァーメルダム伯爵家では聖女の容姿はヘーゼルの瞳に赤金色の髪だと伝えられているらしい。


 死んだフレデリークはヘーゼルの瞳に赤金色の髪を持つ美しい女性だった為、伯爵家では『聖女の生まれ変わり』として大事に育てていた。


 姉が聖女の生まれ変わりの容姿を持っているのに比べて、アンバーの瞳に栗色の髪の毛で生まれた妹のマルーシュカは、先代の女伯爵にそっくりだとも言われている。


 伯爵家当主であるジェロンは自分の母を憎んでいる為、母そっくりに生まれたマルーシュカも同様に憎んでいる。そんなくだらない父親の思いから、この伯爵家では明確すぎるほどの姉妹格差が生まれたことになる。


結局、ヴァーメルダム伯爵にとって、全ての悪きことは自分の娘であるマルーシュカの所為であるとしたいのだろう。


「デートメルス小公子様、今日は公子と面会の予定は無かったことと思いますが?」


 慌てた様子で応接室へと入ってきた伯爵もまた、フレデリークの死亡についてはシラを切り通すつもりであるらしい。長い足を組み直したアレックスが伯爵を睨みつけるようにすると、伯爵は蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。


 夫を追いかけて応接室へと入ってきた伯爵夫人は、顔を強張らせながらも笑みを浮かべながら言い出した。


「フレデリークに会いにきて下ったのですね!ですがあいにく、フレデリークは体調が優れないようで、小公子様にお会いするのは難しいかと・・」


「死んでいるから会うのは難しいと言うのか?」


 ギクリと体を強張らせる二人を見つめながら、アレックスは口を開いた。


「何でも妊娠していたのであろう?派手な男遊びをしているとは聞いていたが、まさか公爵家の婚約者である者に貞操観念が全くないとは思いもしなかった。伯爵家の教育方針はどうなっているのかと前々から疑問ではあったのだ」


「に・・に・・妊娠だなんてとんでもない!」

「妊娠を苦に自殺をしたのではないのか?」

「そうではありません!フレデリークは殺されたのです!」


 妻の発した言葉に、伯爵は観念した様子で項垂れると、

「姉妹仲が前から非常に悪かったのです、姉は公爵家の婚約者に相応しく品行方正だったのですが、妹のマルーシュカは手がつけられないあばずれで・・」

 頭を横の振りながら伯爵は絞り出すようにして言い出した。


「男遊びが激しいのは妹のマルーシュカの方なのです。更生も難しいため家に閉じ込めていたのでしたが、社交に励む姉が羨ましかったのでしょう。マルーシュカは姉のフレデリークに毒を盛って殺したのです」


 アレックスは見目麗しい、貴族女性であれば誰でも虜となるような美しい面立ちをしているのだが、蝋人形のようにピクリとも動かない小公子の表情に伯爵は生唾を飲み込んだ。


「ちなみに、私は陛下から直々に王都の治安維持を任されている。この治安維持を図るために貴族家への介入も許されている身なのだが、そんな私への偽証は、陛下への偽証と同じであるとわかった上での発言か?」


「う・・嘘じゃありません!」

 夫人は両手を握りしめ、涙をこぼし落としながら言い出した。


「あの子は姉であるフレデリークを恨んでいたのです!フレデリークを殺したのはあの子なんです!荷物を持って逃げ出したのが何よりの証拠よ!さっさとあの子を捕まえてください!お願いです!」


「ふーん」


 確かに伯爵夫妻、特に妻の方がマルーシュカが犯人であるとの一点張りで、他の意見は聞くつもりなど無いらしい。


「では、婚約者殿の遺体を拝見させてもらおうか」


 アレックスの言葉に夫妻は真っ青な顔で頷いた。

 泉にぷかぷか浮かんでいたというフレデリークだが、綺麗に拭き清めて着替えを済ませていたようで、まるで眠っているかのように寝台に身を横たえていた。


 フレデリークは長い爪を染めて綺麗に整えていたのだが、その爪の全てが短く切り揃えられている。胸元から首まで広がる皮膚の紅斑は死んだことにより血流が止まったことでピンクから紫色へと変色していた。


詳細な検査をしなければ、パラマリンの毒を飲んで死んだと言えば、そのように信じ込んでしまうだろう。


「執事殿、これはわざとやったことなのか?」

 扉の横に控える執事のヨハンネスを呼んで、綺麗に切り揃えられた爪を見せると、真っ青な顔をした執事は首を横に振った。


「私はお嬢様の手はそのままにするよう命じました」


 マルーシュカの言う通りなら、フレデリークの折れた爪や、残った爪の間に残る血肉が抵抗した証となるはずだったが。


「今すぐ、フレデリークの着替えを担当した侍女を呼んでくれ」

「わかりました」


 ずぶ濡れ状態のフレデリークの遺体を清めて着替えをさせたのは、彼女付きの侍女三人となるのだが、真っ青な顔をした彼女たちは一様に言い出した。


「奥様が綺麗にしたいとおっしゃられたので」

「爪が折れたままでは可哀想だと」

「このままではフレデリーク様が哀れでならないと言い出したので」


 伯爵夫人の意向に従って爪を短く切り揃えたと侍女たちは言い、その切った爪は使用人によって廃棄処分されてしまったということが後で分かった。


「私は哀れなフレデリークを美しくしたかっただけですわ!」


 涙ながらに訴えるカリス夫人をつくづく眺めたアレックスは、

「ブラーム、今すぐ伯爵と夫人の二人を逮捕しろ」

 と、即座に命じることにしたのだった。

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