第4話  おかしな女

 デートメルス公爵家の嫡男であるアレックスがマルーシュカと言う女と出会したのは三年ほど前の初夏のことだった。


「旦那様・・旦那様・・」


 待機中に呼びかけられたアレックスが振り返ると、貴族家に仕えるメイド服とするには随分と古びてくたびれたお仕着せを着た少女がにこりと笑って、

「これからスターペル商会のガサ入れをするんですよね?このままでいったら確実に失敗しますよ」

 と、言い出したのだった。


「スターペル商会で麻薬を取り扱っているという通報を受けて家宅捜索をする予定なんですよね?」


 アンバーの瞳に栗色の髪の毛をシニヨンキャップに詰め込んだ少女は、少し吊り目がちな猫のような瞳をキラキラさせながら問いかけて来るが、アレックスは無視を決め込むことにした。


「スターペル商会では美容品を取り扱っているのですが、淑女向けの痩身薬を今の時期は安く売り出しているわけです。これから暑くなる季節、肌の露出が多くなる貴婦人たちは、冬の間に蓄えてしまった脂肪に思い悩んでいるわけで、その悩みをスパッと解消してくれるスターペルの夢の薬(麻薬入り)をこぞって購入しに来ているわけです」


 淑女たちが痩身薬に夢中となっていることも知っているし、薬の成分に麻薬が含まれていることも調べが付いている。今日は大きな取引があるということで、家宅捜索の命令が下ることになったのだが、貴族女性が絡む案件となるため、情報部を統括するアレックスも駆り出されることになったのだ。


「今日はですね、ディアナ・バルケネンデ嬢が痩身薬に興味を持って買いに来る予定でいるのです。ディアナ嬢は取り巻きの令嬢を連れて訪れる予定でいるのですが、バルケネンデ家も、取り巻き令嬢たちのご両親も、改革派に属する人たちだという事を知っていますか?」


 アレックスは思わず少女の腕を掴んで引き寄せた。


「つまりは一体、どういう事だ?」


 背も高く筋骨逞しいアレックスに腕を掴まれても怯えた表情を見せずに、飄々と少女は答えた。


「聖宗会に良いように使われるところだったのですよ」


 フランドル帝国が国教とする聖宗教を周辺諸国もまた信奉しているのだが、こと、最近の聖宗会(幹部組織)の汚職と腐り具合が尋常ではなく、自分たちの既得権益を損なう発言をする信徒に対しては、問答無用で異端審問を行い、過激な拷問の末に死亡させるという恐怖政治のような形態を呈しているのだった。


 神を信奉する人々による残虐な行為に異を唱え、腐りきった聖宗教を改革しようと考える信徒の一派を改革派と呼び、リンドルフ王国の貴族の中にも改革派に属する貴族が軒並み増え続けているような状態だった。


 聖宗会としては改革派が気に入らないのは当たり前のこと。帝国では改革派への弾圧が繰り返されているのが現状で、リンドルフ王国へ逃げてくる亡命者が後を絶たない状態になっている。


 今のリンドルフ王国の国王フレデリックは柔軟な考えの持ち主であり、貿易で栄え続ける王国の勢いをそのまま維持するために、王国内での宗教の自由を謳っているのだった。


 だからこそ、リンドルフ貴族には改革派に宗旨替えする者が多いし、王国内では聖宗会教会も、改革派教会も同じ扱いとしているのだった。


「聖宗会としては、改革派をあくまでも悪魔に魅入られた人々と位置付けたいのでしょうね、麻薬の使用なんてまさにピッタリ!」


「なんてことだ・・」


 アレックスが落胆した声をあげると、目の前の少女は励ますように言い出した。


「今日はダイエットに興味がある気に入らない令嬢たちを血祭りにあげる日だったわけなので、店の対応に出ているのも詳しい事情を知らないバイトだけ。店側としては、麻薬入りの薬を好んで使う改革派の令嬢たちに対して、バイトが個人的(・・・)に薬を用意したと主張するでしょうし、バイトが全てをかぶる形で幕引きをすることになるでしょう」


「とすると、スターペル商会は聖宗会と深い関わりがあるということか?」

「オーナーは、隣国アントウェルの出身だなんて言っていますけどね、帝国訛りがあるので帝国人なんじゃないかなと私は思っています」


「君は一体なんなんだ?」


 年の頃は14歳、まだ15歳にはなっていないようにも思える少女が、まるで現役の諜報員のようなことを口にしているのだ。その顔立ちはリンドルフ人らしい特徴を捉えているけれど、まさか、他国からの間諜ということになるのだろうか?


 アレックスの緊張など物ともしない様子で、少女は肩をすくめて言い出した。

「私はしがない下働きの人間ですよ」


 古びたお仕着せ姿の少女は、人の出入りが激しいスターペル商会の方を見つめながら言い出した。


「上の人間に嫌われているもので、今回も、わざわざガサ入れ予定のスターペル商会に行って痩せ薬を買って来いと言われたんです。私が購入している間に、貴方たちが突入をして、見事、麻薬を購入中の私が逮捕されるという寸法です」


 どうやら少女は他国の間諜ではないらしい。何処かの貴族家に仕えていて、その家の主人に相当嫌われているのだろう。確かにこれほど聡明な下働きであれば、どこかで出る杭となって煩わしく思われていたとしても納得出来るのだが・・


「君の言う上の者って言うのは誰なんだ?」

 アレックスは問いかけずにはいられない。今回の家宅捜索が周知の事実だとするのなら、王国にとっても大きな問題になるのは間違いないことなのだから。


「それ以上の情報は」

 少女は手のひらを差し出しながら言い出した。

「有料です」


 少女は自分の手の平をピラピラ動かしながら言い出した。

「ちなみに、麻薬を扱っているだけあって、ガサ入れ予定の店舗には抜け道が三本あるようです。私はそのうちの地下道の出入り口二つまでは知っているので、更に追加料金を払ってくれるのなら、そちらの方も教えてあげます」


 凶悪犯罪に手を染めている人間は、自分たちが逃げるために地下に穴を掘って、知り合いの家などを出入り口とするのは良くある話。それが良くある話だったとしても、疑問が大きくなるのは仕方がないことだろう。


「なんでその出入り口を知っているんだ?」

 アレックスが驚きの声を上げると、

「あそこの商会、地元住民の間では滅茶苦茶評判が悪いんですよ」

 と、少女が言い出した。


「近隣住民の噂話と、出入りする人の様子を見れば大体わかります。私、一度見た人の顔は忘れない性質なので」


 結局、金貨三枚を払って出入り口の場所を教えてもらったアレックスは、秘密の出入り口を出入りする従業員の尾行を続けることで、麻薬の精製工場(痩身薬の精製場所)を特定することに成功した。


 リンドルフ王国では麻薬の売買は禁止されている為、スターペル商会の摘発を行い、麻薬成分が混入された痩身薬の危険性の告知と破棄を促す内容のものを新聞でも連日掲載することになったのだった。


 ちなみに、スターペル商会の後には帝国の影があるという事にして、聖宗会の関与は否定。宗教が絡んだ一連の騒動を、帝国との問題にすり替えることに成功したのだった。


 ちなみに問題のすり替えを勧めてきたのはくたびれたお仕着せ姿のマルーシュカであり、

「国が宗教問題に関わっても碌なことがないですよ」

 と、彼女は断言したという。

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