第14話 王家の血

 屋敷を出て、ひたすら走る。地震で混乱した人のせいで道は混雑していて、とても馬車を使えるような状況ではなかったのだ。


 走り慣れていないから、足はかなり痛い。一瞬でも立ち止まってしまったら、走ることをやめてしまいそうだ。


 でも、とにかく、走らなきゃ……!


 あとどれくらい走ればつくのか、現場はどんな状況なのか。

 分からないことだらけだ。だから、急がなければならない。


 わずかな時間が、命取りになるかもしれないんだもの……!





「ここだよ」


 息を乱して立ち止まったカトリーヌの背中を、そっとマリアがさする。

 前方に広がっているのは、酷い景色だった。


「……そんな」


 三方を山に囲まれた集落は、いくつもの建物が崩壊していた。怪我をして、地面にうずくまっている人もいる。


「こんなところが……」


 貧民街の奥をさらに進み、王都の中心からはかなり離れた。しかしそれでも地図上は、まだここは王都に位置するはず。

 そこに、こんな場所があったなんて。


「地図にはのっていないからね」


 カトリーヌの心を読んだように、フリッツが呟く。


「とりあえず、怪我人の救助と治療を!」


 フリッツが大声を出すと、ついてきていたシアンの団員たちが一斉に動き出す。


 わたくしにできることは、ないかしら?


 地震は既におさまっており、無事に避難できた人は建物から離れ、周囲に何もない場所に集まっている。


「土砂崩れの心配はない……のかしら?」


 きょろきょろとあたりを見回す。正直、暗くてよく分からない。団員たちが持ってきた松明はあるものの、周辺の様子までは見えないのだ。


 なにか自分にもできることを探さなくては、とカトリーヌが一歩踏み出した時、再び地面が激しく揺れた。

 闇を切り裂くような悲鳴が、カトリーヌの耳にも届く。


「落ち着いて、落ち着いてください!」


 フリッツが声を張り上げるが、悲鳴はおさまらない。その中には、幼い子供の声もあった。


 しかも地震の影響で、一つ、また一つと松明の火が消えていく。


 まずいわ、このままでは……!


「安心しろ!」


 アウリールの大声が響く。そして急激に、視界が明るくなった。


 顔を上げると、上空に大きな火の玉が浮かんでいる。それはまるで、夜に現れた太陽のようだった。


「あれは……魔法?」


 あまりにも大きい。しかも、松明の火はほとんど消えていたし、あれほど大きな火はなかった。

 アウリールは、火を操っただけじゃない。

 火を、生み出したのだ。


「……やっぱり、彼は……」


 カトリーヌや、他の王子とは魔法使いとしての格が違う。

 まるで建国史にのる英雄のような力だ。


 建国当時、強大な魔法を使える人々がいた。彼らは魔法で戦争に勝利し、文化を発展させ、国の支配者となった。

 それが、今の王家の始まりだ。


「……きっと、魔法でアウリール様に勝てる人なんていないわ」


 ロレーユの血を引いているからと王家が殺そうとした王子が、誰よりも王家の血を色濃く継いでいるなんて。


 周囲が軽くなったことで、だんだんと悲鳴が小さくなっていく。

 そして、揺れもおさまった。


「よかったわ」


 ほっとしていると、慌ててマリアに肩を叩かれた。


「カトリーヌ様、あれ……!」


 マリアが指差した場所には、蹲った少女がいる。足を怪我したのだろうか。両手が右足に添えられていた。

 そして彼女の頭上から、大きな土の塊が落ちている。

 このままでは彼女は土に潰され、死んでしまうだろう。


 悩んでいる暇も、迷っている暇もない。


 わたくしが、やらなきゃ……!


 カトリーヌにできるのは、土を操ることだけ。

 しかも、アウリールのような強い力はない。


 落ちてくる土の塊に手のひらをかざし、目を閉じて強く祈る。


「お願い、どうか……!」


 全身が熱くなる。身体の節々が痛くて、立っているだけでやっとだ。


「それでも……!」


 ぎゅっと閉じていた目を開く。土の塊は自然に反し、落下途中でその動きを止めていた。

 しかしこれも、長くは続かない。


「マリア!」


 カトリーヌの声に反応し、マリアがすぐに駆け出す。

 マリアが少女を抱えて安全な場所へ移動したのを確認して、カトリーヌは全身の力を抜いた。


 よかった。なんとか、あの子は助かったはずだわ……。


 立っていられなくて、カトリーヌはそのまま地面へ倒れた。

 するとすぐに、大きな音が聞こえる。きっと、先程の土が地面へ落下したのだろう。


 何も考えられなくなって、カトリーヌは目を閉じた。





 額に冷たい感触があって、カトリーヌはゆっくりと目を開けた。窓から差し込む朝日が、優しく室内を照らしている。


「カトリーヌ様!」


 泣きそうな顔をしたマリアが、ぎゅっとカトリーヌの手を握った。


「カトリーヌ様は魔法で少女を助けた後、倒れてしまったんです。そのまま眠っていたんですよ」

「……わたくし、どのくらい寝ていたの?」

「一晩です。大丈夫ですよ。集会の日は、終わっていませんから」


 安心してください、とマリアは微笑む。カトリーヌが考えていることなんて、マリアには全てお見通しのようだ。

 集会は昼過ぎからだから、今から準備をすればまだ間に合う。


「昨晩はあれから、どうなったの?」

「地震はあれ以上起こりませんでした。怪我人や家が壊れた方を避難させて……今もまだ、向こうに残っている人はいます」

「そうなのね」

「はい。でも幸運なことに、死人は出ませんでしたよ。怪我人は何人か出てしまいましたけれど」


 安堵のあまりまた全身から力が抜けそうになって、カトリーヌは慌てて目に力を入れた。


「マリア。身支度の用意を手伝ってくれるかしら。集会は予定通り行われるのでしょう?」

「はい。ですが、その前に……」


 マリアが話し始める前に、部屋の扉が開いた。


「無事に目を覚ましたようだね」

「フリッツ様!」

「体調は問題ないのかい?」

「はい、もう大丈夫ですわ!」


 疲労はたまっているが、それだけだ。


「それならよかった。じゃあ、また後で」


 そう言うと、フリッツはすぐに部屋を出て行ってしまった。

 名残惜しいけれど、仕方ない。


 今日はフリッツ様も、いろいろと準備がおありでしょうしね。


 カトリーヌも、のんびりしている時間はないのだ。原稿の確認もしなければならないし、時間があれば演説の練習もしたい。


「カトリーヌ様」

「マリア、どうかした?」

「カトリーヌ様をここまで運んでくださったのは、フリッツ様なんですよ」

「えっ?」

「私ではここまで、カトリーヌ様を運べませんでしたから」


 ここまで……って、あんなに長い距離を?

 馬車もない中、わたくしのことをずっと抱えてくれたの?

 ああもう、わたくしの馬鹿!どうして、全く覚えていないのかしら!


「わたくし、礼を言ってくるわ!」


 慌てて、カトリーヌは部屋を飛び出した。

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