第15話 魔法の使い方

「あ、あの、フリッツ様!」


 廊下に出て、大声でフリッツの名を叫ぶ。フリッツはすぐに振りむいて、カトリーヌのところへ戻ってきてくれた。


「マリアから聞きましたわ。わたくしのことを運んでくださったと」

「君が、気を失っていたから」

「ありがとうございますわ」


 マリアがカトリーヌを運べなかったとしても、他に頼める人なんていくらでもいただろう。わざわざフリッツが運ぶ必要なんてなかったはずだ。

 でも、フリッツが運んでくれた。


 本当に、覚えていないのが悔しすぎるわ……!


「それに、礼を言うのは私の方だよ」

「え?」

「君は、あの少女を……ロレーユの子を助けてくれた。ありがとう」

「……それは」


 フリッツに礼を言われて嬉しい気持ちもあるけれど、どこかもやもやする。

 フリッツのことが好きで、彼の役に立ちたいと思っているのも事実だ。ここへきたのも、彼のため。

 これから大義を掲げて、民衆に向けて話すのも、フリッツのため。


 でも……。


「わたくし、あの瞬間は、ただあの子を助けなきゃって、それだけしか考えていませんでしたの」


 何もしなければ、目の前で少女が死んでしまう。そして、自分なら彼女を救えるかもしれない。

 だから、自分が助けなくては。


 あの時、頭の中にフリッツのことはなかった。フリッツのために、ロレーユの少女を救ったわけではない。


「わたくしが、助けたいと思ったの」


 フリッツは黙って、じっとカトリーヌを見つめている。


「あの子が助かって、すごく安心しましたわ。それに、わたくしがあの子を助けたのだと思うと、嬉しかったの」


 離れに追いやられ、はずれ姫として扱われていたカトリーヌ。

 魔法なんて使えなければ、と考えたことは一度や二度じゃない。

 でも昨日、その魔法のおかげで、カトリーヌは少女を救うことができたのだ。


「それで、その……わたくし、思ったのです」


 頭の中が上手くまとまらない。なのに、どんどん口が動く。


「魔法を誰かのために使えたら、それは、とても素敵なことなのではないかと!」


 王家の血を示す神聖なもの。

 魔法のことは、ずっとそう思っていた。


 けれど元々、魔法が神聖なものとして扱われるようになったのは、人々の救いになったからだ。


「わたくし、ここへきて、自分もなにかやらなきゃ、と思うようになりましたの。そしてそれが、誰かを助けることに繋がったら、とても嬉しいことだと……」


 やっぱり、まだ頭の中がまとまっていない。でもフリッツは微笑んで、優しく頷いてくれた。


「その気持ちを、素直に言葉にすればいいんじゃないかな」

「え?」

「上手くまとまっていなくとも、みんなにもちゃんと伝わると思うよ」


 フリッツは一歩カトリーヌへ近寄ると、照れたような表情で話し始めた。


「……それと、一つだけ、聞いていいかな」

「なんなりと!」

「……君のことを、これからはどう呼べばいいだろう?」


 フリッツが目を逸らす。その頬は、少しだけ赤くなっているような気がした。


「なんとでも!あ、いえ、ちょっと待ってくださいませ、ええっと……」


 幼い頃は、カトリーヌ様、と呼ばれていた。フリッツが王家に雇われた家庭教師だったからだ。

 でも、今は違う。


 今のわたくしたちの関係って、どう説明すればいいのかしら。


「わたくしが、決めてもいいんですの?」

「妙な呼び名はやめてほしいけどね」


 くすっ、とフリッツが笑った。その笑顔に、鼓動が速くなる。


 今までのように、カトリーヌ様、と呼ぶ選択肢はもちろんあったはずだ。君、と呼び続ける選択肢だって。

 そんな中でフリッツは、新しい呼び名を決めたいと言ってくれている。


 わたくしと、新しく関係を築きたい、ってことよね?


「では、ええと……そうだわ!カティ、とお呼びくださいませ」

「カティ?」

「ええ。カトリーヌ、という名ですもの。一般的な愛称ですわ」


 それに幼い頃は、母親にそう呼ばれていたはず。

 とはいえ、物心がついた時には既に母は亡く、あまり記憶は残っていない。

 それでも、カトリーヌにとっては唯一の愛称だ。


「……カティ」

「はい!」

「顔色がまだ悪いよ。無理はしないように」


 そう言うと、フリッツは背を向けて歩き出してしまった。もうこれ以上、呼び止めることはしない。

 でも確実に、距離が近づいているのを感じた。





「よくお似合いですよ、カトリーヌ様!」

「……そうかしら」

「はい。第一王女なんて、敵じゃないです!」

「それはさすがに、言い過ぎじゃないかしら」


 性格はともかく、オリヴィアはかなりの美少女だ。いくら着飾ったとはいえ、彼女に勝てる気はしない。


「そんなことありません。カトリーヌ様の方が、ずっとお綺麗です」


 マリアは自信満々に頷き、カトリーヌの背中を軽く叩いた。

 姿見に映る姿は、確かに、いつもの自分とはまるで違って見える。


 集会のために、とアウリールから渡されたドレスだ。少々派手すぎる気もするが、遠目からも目立つだろう。

 鮮やかな青一色のドレスに、ヒールの高い靴。髪はマリアが丁寧に結い上げてくれた。


「私にとっては昔から、カトリーヌ様が一番美しい王女様ですよ」

「マリア……」

「だから、今日は嬉しいんです。それを、みんなに知ってもらえるわけですから」

「ありがとう。期待に応えられるように、頑張るわ」

「はい。私も、全力で応援していますから」


 目を合わせて頷く。ちょうどその時、扉がノックされた。


「準備、終わりましたわ」


 扉がゆっくりと開く。真っ赤な衣服に身を包んだアウリールが立っていた。


「行くぞ」

「ええ、行きましょう」


 今日、わたくしはこの人と……兄と共に、皆の前に立つのだ。

 アウリールの瞳を見ていると、背筋が自然と伸びる。彼の隣で、情けない姿を見せるわけにはいかない。そんな気分になるのだ。


「屋敷の前に馬車を待たせてある」

「はい」


 大きく深呼吸をして、カトリーヌは部屋を後にした。

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