第7話 厄介事は勇者パーティーだけに留まらない
「ところで、ブイは家に帰らなくていいのか? 何日掛かるかはわからないが、しばらくは家に帰れないだろうから、何か言っておいた方がいいんじゃないのか?」
神殿を出て街中を歩きながら、俺的には何気なく問い掛けた。するとブイは薄く翳りを帯びて笑って言った。
「僕が家にいてもいなくても、家族は誰も気にしたりしませんよ。僕も含めてもういい大人ですしね」
「え……あー、そ、そうか」
獣人族の一家にもそれはまあ様々な形のが存在するか。ブイは家族とは関係良好ではないんだろう。隣を歩いているセロンも話を聞いて何とも言えない顔をした。
「まあ、もしバッタリ会う事があれば勇者パーティーなんだって自慢しつつ、その時にしばらく家空けるって話してもいいってわけか。とは言えさ、俺達にお悩み相談とかあれば遠慮するなよ?」
「そうですよ、ブイさんの口から言いにくいなら、私も一神官としてご家族にお話を通す事もできますから」
「はい、二人共ありがとうございます」
むしろ本物の勇者だし、本来なら我こそはーって胸を張って帰宅したっていいのにな。獣人を取り巻く環境は外世界から来た俺だからこそ歪さがよくわかる。
セロンはさすがは聖皇帝様なのか、ブイに対して変な態度を取ったりはしない。そこは当初は少しだけ大丈夫かと心配していただけに安堵した。
だがブイが俺にくっ付いたり、逆にセロンがそうするとお互いに睨み合う。二人はもしかするとアルファとオメガの中でも人生全てがピッタリカンカンな運命の番たる二人かもしれないのに、不思議な関係だよな。まあ無言でバチバチやっている分にはいいか。聞くに耐えない喧嘩をされるよりはな。
そんな聞くに耐えない喧嘩と言ったが、まさにそれが五分後に勃発するなんて俺は全く想像もしていなかった。
ただし、喧嘩をしたのはブイとセロンじゃない。
「はんっ、一体どこをほっつき歩いてんのかと思ったら、そんなちんちくりん二人と遊んでたのかよ。いいご身分だなブイ!」
「ちんちくりん!? どこがですかっ! 口を慎んで下さいっ兄さん!」
「ああ? てめえ、口堪えすんのかよ兄貴のオレに! 少し見ねえうちに随分と偉くなったもんだな! いつもは小さく丸まって臆病な奴がよっ! あーあそうか、こいつらにいいところを見せてえんだな? ハハハハそうかそうか!」
「にっ兄さんいい加減にして下さいっ!」
そう。ブイと彼の兄だ。
偶然道端ですれ違ったんだ。俺は誰か知らなかったからぶつからないように素通りして、セロンもその通りだったんだが、すぐ後ろでいきなり声が上がって驚いて振り返った。
そうしたらブイがたった今俺が素通りした男に腕を掴まれていた。いちゃもんかって身構えたところで『兄さん』とブイが居心地悪そうな声を出したから相手の正体がわかったんだ。
ブイ兄は誰かに殴られてきたのか生傷を作っていて畜生って毒付きながらトボトボ歩いていたんだが、ブイを見た瞬間虫の居所がめっっっちゃ悪くなったらしい。
必要以上に力を入れて弟を掴んでいる。自分よりも弱い相手を見つけて喜んでいるように俺には見えた。俺もセロンも唐突な兄弟の再会とそこからのやり取りに、最初のうちは部外者が口を挟んでいいとは思わなかったから黙って聞いていた。
だが、腹の底がムカムカする。セロンも同じだったようだ。横で拳を握ったのが見えた。因みに聖剣は厚い布に包んで彼が後生大事に抱えている。元々鞘がないから抜き身なんだがそれだと危ないからな。もしも突発的にヒートになったら布を外して直接触ればいいと言ってあった。
オレンジ頭の弟とは容姿の似ていない灰色髪のブイ兄は、一緒に立ち止まって留まっている俺達をブイの知り合いと認識して侮ったような目付きで見てきた。兄弟二人の共通点は白いウサギ耳だけだ。
「な……二人共、人族か」
ここで初めて彼は、弟ブイがまさか獣人ではない者と親しげにしているとは思わなかったのか、俺もセロンも獣人ではないのに気付いてぎょっとして顔色を青くした。
俺達の身分がもしも貴族だったなら、と考えたのかもしれない。苦虫を噛んだような顔付きになった。きっと彼も小さい頃から人族から酷い目に遭わされてきたんだろう。
事情を知らないから断言はできないが、彼のまだ新しい傷も獣人を見下す人族が付けたのかもしれない。
同情はする。だが、だからと言って同じ獣人の弟を恫喝していい理由にはならない。これ以上ブイに辛い顔をさせるなんて容認できない。
ふう、天敵の勇者に情が湧いているだなんてどうかしているかもな。自殺願望はないはずなのに。
内心複雑なものを抱きつつも歩み寄ってブイを彼から離すと庇うように前に出た。
「なあ、あんたはブイのお兄さんなんだよな。どうして弟を邪険に扱うんだよ。いくら兄弟仲が悪くても限度があるだろう。言っておくが、ブイには凄い才能があるんだからな。後で泣きを見ても知らないよ」
「こいつに才能だあ? ははっ、その母親譲りの綺麗な顔でオメガ野郎みてえに媚びる事か? それならもう知ってるぜ」
「は……?」
耳を疑った。実の兄の口から出る言葉とは思えない。
一方、オメガを引き合いに出されたセロンは少し下を向いて静かに奥歯を噛み締めたようだった。せっ聖皇帝様がお怒りじゃああ~っ! 口は災いの元って言葉がよくわかる。ブイ兄よ、夜道には気を付けた方がいい。
「あああのっいいんですっ怒らないで下さいっ。兄とはこれが普通なんです!」
勇者であーると暴露されるとでも思ったのか、ブイは焦ったようにして俺と兄との間に割り込んできた。
人の家の事情はわからない。されど地球じゃ俺には弟妹がいて、少し歳が離れているのもあるんだろうがブイ達みたいに冷え込んではいない。生意気だが可愛い奴らなんだ。スキンシップも激しい方だと思う。撫で繰り回す。ぎゃはははと怪獣みたいな笑い声が絶えない家庭だ。
だから最初俺の主観だと小動物だけでなく弟属性もあったセロンに甘かったんだよな俺。家族に会いたくなった。まあ撫で繰り回すセクハラーって泣かれそうだからセロンにはしないがな。
「けど兄さん、不用意なオメガへの侮辱は感心しません。オメガになりたくてオメガで生まれてくるわけじゃないですし、オメガだから媚びるというのも偏見ですよ。素晴らしいオメガだって沢山いるんですから。大体、どこで誰が聞いているかもわからないんですし、万一雇い主の関係者にいたならまた酷く殴られかねませんよ。家族にまで影響が及ぶ可能性だってあるんです。どうか口を慎んで下さい」
おおーっ、この子ったら立派になって……っ。
オメガを庇うような発言までされるとは思わなかったのか、セロンはかなり意外そうにブイを見つめた。
「ブイ、やけに今日は饒舌じゃねえかよ。そんなにこの二人に情けねえ奴だと思われたくねえってわけか」
ブイ兄はケケケとせせら笑う。
「知ってるか? こいつはな、床にぶちまけた残飯ですら喜んで嘗めるようなプライドも何もねえ奴だぞ」
「な……!?」
床に残飯? それを、嘗めた?
衝撃に襲われ思わず絶句する俺を見て、ブイは羞恥と何かのトゲを一緒に飲み込んだような面持ちになって項垂れた。兄の言葉に反駁しないのは、事実だからだろう。
「ハハハハすげえ無様だろ? それも一度や二度じゃねえんだよな。駄犬だってもっとマシなもん食ってるだろうよアーハハハハ」
「……あんた、何が可笑しいんだよ。弟だろう? どうして笑えるんだよ」
おそらく子供の時分だろう。生きるためにそうするしかなかったんだ。正直そこまで劣悪な環境で育ってきたのが信じられなかったが、飢えて死ぬよりは余程いい。そうやって泥を啜ってでも生き残っていった先にもしかしたら破格な栄光があるかもしれないんだから。
現に、ブイは勇者に選ばれた。
この男は勇者なんだよーーーー!
本当ならどや顔でそう言ってやりたい。生憎と本人が望んでいないから言わないが。
俺もさ、今トンズラする勇気はないしな。だって聖皇帝にバレるの怖い。魔王にとっての勇者が表ボスなら、セロンは裏ボスかもしれないんだ。
「こいつの兄として忠告してやるよ、一緒にいたら、お前さんの頼んだ料理の皿まで卑しいこいつは嘗めるぜ?」
まさかそこまではしないだろう。
「ぼっ僕はそんな事はしませんっ!」
ほらな。
「さ、皿じゃなくて使ったスプーンならわかりませんけど……」
「そここそするなーッ!」
スプーンじゃなくスパーンと手でブイの頭を叩いてやった。コントか。ったく、ブイの肩を持つべきなのかわからなくなってきた。ブイ兄もドン引いている。セロンは……何で興奮気味に顔赤くしてるんだよ! 俺は暫しブイ兄から何故か同情的な目で見つめられた。
「ま、まあ、そうだったからって俺がブイから離れたりブイを見下したりする要素にはならない。むしろその生への執念に敬意を払うべきだ。そういう人間が時に世界を救ったりするんだよ。あんたは思いもしないだろうがな」
「マスター……」
堂々と言ってやった俺が理解できない異次元の相手かのような目でブイ兄は見てくる。
そんな彼はブイが俺をマスター呼びしたのに怪訝に眉を上げた。
「まさか、こいつを雇ってるのか? こんな奴を?」
「ああ。ブイは俺の従者だよ。こんな奴呼ばわりしないでくれ」
「一体いくらで雇ってるんだ?」
うん? いくら……?
俺は思わずブイと顔を見合わせた。
あー、考えてなかった。それ以前に結局はフェイク主従だし向こうの頼みだしで給料が発生するものだと認識していなかった。ブイからもその話をされなかったから失念していた。
加えて、魔王城でも神殿でも毎日食事が出ていたし不自由もしていなかったからお金の事なんてすっかり頭になかった。
そうだよなこれからは迂闊に魔族魔法だって使えないんだし、魔法で採ったり狩ったりした食べ物を魔法で調理したりもできないんだ。食事にも宿にも普通に金がいるんだよな。
正解は払っていない……だが、俺達の現状を赤裸々に語るのは避けたい。
「えーっと、月末に一括で出来高報酬だから、下限も上限も決めていないんだ」
「出来高? 下男をさせてるんだろ? 大体決まった仕事内容だろう下男に出来高なんてどういう……――まっまさか夜の奉仕を!?」
「にっ兄さん……っ」
「いやいやいやいや! 発想が突拍子もないなあんた! ブイもそこで意味深に恥じらうのやめろっ! あらぬ誤解の元だろうにっ!」
俺達は健全な主従なんだ。恋愛関係にあるならまだしも、互いの弱み的なものを中心にしている取引関係で、知り合ってまだ日も浅い。
「ブイの名誉のために言っておくが、そんなただれた関係じゃない」
ここで俺は空気を吸い込んだ。
「あんたは彼の兄だからこそハッキリ告げておくよ。このブイはな、ブイはっっ、――勇者っ」
「マスター!?」
「……の、従者だ!」
「な……に? なら、お前さん、いやあなたが噂の新勇者様なのか……?」
「ああ、そうだ。彼は勇者の俺のお眼鏡にかなった優れた従者なんだ。もう侮ったりしないでくれ。むしろ自慢の弟じゃないか」
「ブイが、勇者の従者……ははっ……」
彼はとても衝撃を受けたようで、ただ立っていただけなのに少しよろけた。
ブイ本人は「優れたラブリーな従者だなんて……!」と感動したように目を潤ませる。そこまでは言ってない。それでも兄の手前なのか得意気にしたりはしなかった。
俺の勇者宣言は決して大声だったわけじゃないが、近くを歩いていた人の耳には届いたんだろう、ざわつく通行人達からの注目度合いも高まってきた。
路上でパレード宜しく勇者フィーバーになんてなったら大変だし、これ以上人が集まってくる前に移動しよう。勇者として顔を晒していたくない。真実が露見した際のリスクがその分だけ上がるからな。映像記録魔法具に撮られでもしたら厄介だ。
「ブイのお兄さん、そういう事だから弟をしばらく借りていくよ。二人共、俺達の救いを待っている人達のためにも早く行こう」
後半の芝居がかった台詞と共に仲間二人を促して俺はやや足早に歩き出す。
幸い通行人の誰も好奇心で追いかけてきたりはしなかったし、有難い事にブイ兄も引き留めてきたりしなかった。
俺達に付いてもこなかった……大っぴらには。
彼はこそこそと俺達を尾行した。
今も付かず離れずな距離にいて、俺がわざと振り返ったりすると頭隠して尻隠さず状態なのにバレていないと思ってか懲りずに付いてくる。
「ええーとあのさ、ブイ。あんたのお兄さん、どうする? もう少し知らないふりしておこうかとは思うんだが」
「うう、ですよね。気付いていましたよね。煩わしい思いをさせてしまってすみません。兄の目的がわからないので、もう少し様子見をしようかと思っていました」
面目ない様子で肩を竦めるブイ。兄を尊重していると言うよりは負い目でもあるような扱いだよな。
ブイとは反対隣で悩んだようにしていたセロンが顔をこっちに少し傾けてきた。
「私もその方がいいと思います。こう言ってはなんですが、不用意に刺激しない方が良さそうです。……何か不埒な思惑があるのなら容赦はしませんし」
「不埒? ははっ何だそれ。勇者の寝込みでも襲おうって? あり得ないあり得ない」
「「笑い事じゃありません!!」」
二人から勢いも宜しく揃って言われてびっくりして背中を反らしたよ。だってさあ、魔王の寝込みを襲いそうなのはブイとセロンあんたらの方が余程ありそうだ。怖い怖い。
「それじゃ、まだ様子を見るで満場一致か。まあ様子見るって言っても俺達の行き先は変わらないがな。だから気にするなよブイ」
「そうですよブイさん。尾行されてようといなかろうと私達の使命には影響ありません」
「そう言ってもらえて気が軽くなりました。ありがとうございます」
微笑んだ彼はまだ少しは気にしているんだろうが、じきに俺もセロンも本当に何とも感じていないってわかるだろう。
密かに俺は機会があればブイ兄を耳激もふりの刑に処してやろうと決めた。
「とりあえず、最初の救済地に行くためにも馬車かテレポートできる場所を探しましょう」
普段は一般神官に身をやつして雑用までをこなしているお陰で、俺達の間では一番そつなく諸々を手配してくれるだろうオカンセロンの主導に俺もブイもこれ幸いと従った。
最短ルートで国境へって言う俺の目論見は実はとっくに頓挫していた。
実はセロンがさ、聖皇帝様がさ、神殿を出てから割とすぐにこう言ったんだ。まるで、予めそう彼の中では決めていたみたいに。
『ええと今更なのですが、私は魔王討伐の最後まで勇者旅にご一緒します!』
そう宣言したんだよ。耳を疑った。
『え、え、え? そ、それは何故だろうハムハム~?』
話が違う。俺は思わず冷静さを欠いてしまう程度には動転した。
『まだ神殿の誰にもこの私の意向を伝えてはいませんが、どのくらい掛かろうと構いません、私が責任を持って長旅になる旨を伝えておきますから。ですので勇者ヒタキ様、どうか末長く宜しくお願い致します』
歩きながら丁寧に頭を下げられただけだったのに、どこかの嫁さんが「不束者ですが」と三つ指をつく幻覚が見えて目を擦ったものだった。
ブイは据わった目をセロンに向けて『確信犯……っ。マスターの意見も聞かずに烏滸がましい……っ』なんてぶつぶつ垂れていたが、はたと俺と目が合うと一転して『マスターは承諾なんてしないですよね?』と眉尻を下げた懇願の眼差しになった。百面相ウサギ……。
『あのさ、そんな真似して本当に平気なのか? 最悪勝手するなって怒られて神殿を追放されたりは……?』
『起こり得ませんね』
セロンは余裕たっぷりに微笑んだ。モナリザの微笑みみたいに。そんな顔をすると普段はハムハムでもああ彼はちゃんと聖皇帝なんだなってストンと収まった。
『勇者様とブイさんは私の本当の身分を実はご存知なのでしょう? 知らないふりはもうなさらなくて結構ですよ』
『……何だそうか。はあー、気を遣って損した気分。何だよ水臭い、いつから気付いていたんだよ?』
『魔牛襲撃の折、あなたは私を捜しましたよね? 朝食後神官長に話をしに行くとは言いましたが、私が部屋にいるとは限らないのに、いるのを直前で見て知っていたかのようでしたから。ああこれは話を聞かれたのかな、と。神官長はそこに気付いてはいないようでしたが』
セロンさんよ、あの自分落ちるかもって切迫した状況下でそんな細かい点にまで鋭く気付くのがもうさ、凄いよ。
『旅の間、聖皇帝として必要なら遠隔で指示を出しますし、元々各神殿の皆々は優秀なのでしばらく私がいなくともそんなに不自由はしないと思います』
『な、なるほど』
考えてみれば聖皇帝を追い出せる相手なんていないだろうしな。何だかんだで神殿も実力主義な部分があって、その最たるものが聖皇帝だ。能力がないと選ばれないし務まらない。
『わかった。いいよ。セロンの気が済むまで同行してくれ』
『マスタあああー!?』
そんなわけで下手に、いや無下に断れず、俺は折れるしかなかった。だって聖皇帝怖い。勇者よ何故駄目なのだーっ聖なる能力者といると何かまずい後ろめたい隠し事があるのかーって不信感を抱かれたらたぶん、魔王ってバレる。危険。
青い顔で悲嘆に染まるブイとは裏腹に、セロンは嬉しそうにほっとして顔色を良くして破顔した。
だから俺は潔く疎遠になるのを諦めて、程近い場所から魔族被害に遭っている地を訪れていく計画に変更したってわけ。
どのみちこの人間領を隈無く探すつもりではあるんだ。俺の地球への逆転移方法を見つけるために。……何なら詳細は伏せて情報収集の手足として使ってやるのもありだろう。災い転じて福と成す、だ。ポジティブで行こう。
ブイはウサギなのにハムスターみたいにぷっくりほっぺでむっつりしていたが、こっそり『機嫌直せって。添い寝券二日分でどうだ?』と提案したら、即座に直った。
本当におかしな男だよ。そこまで添い寝にこだわるのはやっぱりウサギの獣人だからか? ウサギは寂しくて死んじゃうなんてホントかウソかわからない情報もあるくらいだし、誰かと一緒がベストなのか? 獣人の習性も中々に大変だよな。
て言うかさ、それ以前にどうして俺はブイの機嫌を取っているんだよって自分で思った。出会った当初だったなら喧嘩別れ、意見不一致の決別、渡りに舟、大歓迎~ってなっただろうに。
つるんでいるのが楽しい、心地いいなんて、俺は前例のないうつけなのかもしれない。
その後でブイ兄に会って
森の中にある小さな村らしい。その方面を通っていくと言う隊商の護衛をする代わりに道中での寝食の世話を頼んだ。
勇者とは明かさなかった。
そりゃあね、絶対しない。するわけがない。
二人にも勇者の隠れ世直し旅にした方が義賊のようで格好いいから勇者とは名乗らず旅をして行こうと言い諭した。俺の希望を二人は確かにそうだと喜んで呑んでくれたよ。この世界はここ五十年勇者というヒーローに飢えていたから、世直しヒーローという理想像が彼らの中ではキラキラして見えたんだろう。ふ、はははは、チョロい。
俺達は地味に荷馬車が宿代わりだった。寒くはなかったが薄い毛布と硬い床。無論雑魚寝だ。俺とブイはともかくセロンが苦もなさそうにしていたのは些か意外だった。
運搬荷物もあって荷台が狭かったから俺は二人に挟まれる形で眠ったが、不意打ちなくらいに温かかったからぐっすり眠れたよ。それは二人に抱き枕宜しく抱き付かれていたせいだって翌朝わかって複雑だったが。仮に寝首を掻かれたとしても全く気付かず昇天するルートだなって頭を抱えもした。
そんな夜二つを経て、荷馬車旅三日で目的の村に到着した。
実は途中山賊が出てきたものの俺達は見事そいつらを撃退。最寄りの街の警備隊に引き渡した。隊商の皆からはいつもその山賊達には苦労させられて通行料なんてのも払わされていたらしく、もうその不安がなくなったと大感謝された。お礼にと報酬の他に色々と旅に役に立つ品々をもらったよ。護衛として当然の仕事をしたまでなんだが、厚意だからと素直に受け取っておいた。
そんな彼らを見送って三人ぼっちになった俺達だが、実は三人ではないのを俺は知っている。たぶん二人も。
ブイ兄は何とここまで付いてきていた。
村の入口に立ち、されどまだ村には入らずに俺達は周囲の森を窺うようにする。
「兄さんは確実にあの木の陰に居ますよね。気配もお尻も隠し切れていませんし。ああもう本当にうちの兄がすみません」
「ブイさんから直接気付いているのをお伝えしてはどうでしょうか」
「そうしようかと思っていました」
二人は森を眺めて意見を交わしている。
一方、俺は重大な問題に思い悩んでいた。
確かに俺達は三人ではない。ブイ兄もいる。それで四人だ。
だがしかし、真実は――五人なんだ。
この村にはその周辺の森も含めた一体に頻繁に魔物が出ると言われていて、だからこそ救いの訴えが上がっていた。
それなのに、俺達は一度として姿を見ていない。
隊商の者達も不思議だと言っていた。だが山賊には遭遇したのでそう深くはおかしいと考えなかったようだ。
どうして遭遇しなかったのか?
――いるからだよ、より上位の魔族が。
それもこの辺の雑魚が恐れて息を潜めるような強力な個体が。そいつは俺を襲わないようにと命じているのかもしれない。
俺は魔王の気配を抑えているから人間領にいるような雑魚魔族は俺の正体を見抜けずに、むしろ人間だと思って襲ってくるのが普通なんだ。
なーのーにー、それが一切なかった。
不自然過ぎる。
いや、過保護過ぎる……!
こんなベタベタに魔王を崇め魔王を煩わせない事を信条とし生きている奴に、俺はとてもとーっても心当たりがあった。
わざわざ人として、いや、魔族としてさえ屈辱的な椅子までするような相手。
「ところで、ブイさんのお兄さんの他にも――招かれざる客が居ますよね」
「え? は? な、何がだいハムハム~?」
ぎくーっとなった俺の動揺をセロンは見逃さなかった。嬉しそうに頬を染める。
「やはりそうでしたか。勇者様は一万回惚れてしまうくらいにお優しいですね。わかっていて私達が無駄に緊張しないように気を遣って黙っていて下さってたなんて!」
ブイはわからないらしくキョトンとしているが「僕は一億万回は惚れてますっ」とよくわからない対抗意識を燃やした。いや一億万回て……。
「――魔族、居ますよね。そこそこ近くに」
セロン様ーッッ。
彼は俺が認めるのを待ってじっと見つめてくる。傍のブイは「魔族!?」と驚いて目を白黒。
「さすがだよ、セロンは。ああ、居るな。魔族が一人。どこかこの近くに」
この気配は――ミスター魔牛。君に決まりだあああっ!
神殿で俺が彼方に飛ばしてしまった憐れなあいつだ。
だがしかし、気配が漂うだけで位置を特定するには至らない。セロンもそこまでは無理なようだ。
とは言え、俺は魔牛本人を見たらわかるが。
だが良かった生きてて~。彼が暗躍してこの辺りの魔物をこの小石で転ぶと危ないから的な感覚でどこかにやったのは疑いようもない。
それくらい心配性で暑苦しい男なんだよな彼は。
だって一人で俺を捜しに来たくらいなんだから。
魔王城でもいちいち俺の進路に赤絨毯を敷いたりして甲斐甲斐しかった。眠る時には無駄に美声なララバイを唄いに来たから不眠症になりかけた。俺の退屈凌ぎには牛角輪投げを提案してくれて俺が輪を投げる間じっとしていた。シュールな輪投げだったなあれは……。俺の衣服にもきっちりアイロン当てていたし……ってあいつは本業は魔王軍の主要幹部ではなく主夫なのかっ!?
と、とにかく、そんな魔牛族の若き族長が姿を隠して俺の周りをウロチョロしている。それもこの森に入った昨日辺りから。
あいつが魔牛の姿で魔王様~なんて走り寄って来た日には俺は終わる。
望みの調査もできないままに魔族領に帰らざるを得なくなる。
そうなれば魔王城の雷は史上最高威力を記録するだろう。
セロンは小さく咽の奥で唸った。
「明らかに私達にロックオンしているのに、気配は曖昧ですし、接触してくる様子もないようなのですよね。何故でしょうか……」
「まっ、もしも魔族が現れたら、その時はその時だ。姿を現さないのは現すつもりがないからだろう。いつまでもここで突っ立って議論しても変わらないし、俺達は俺達のするべき事を先にしてしまおう。一旦村に入って魔物の話を聞いてみないか?」
苦しい俺の話題転換と言うか提案に二人は同意した。んで以てまたもやブイ兄への対応は保留となった。
村の奥へと進んで行くと、集会などをするんだろう村の広場が見えてきた。
たまたまなんだろうが村人達が集まって何やら話し合いが行われている模様。
広場中央で一段高い壇上に上がる一人の青年を見た俺は大きく咳き込んでしまった。ブイがハンカチを差し出してくれる。
「大丈夫ですかマスター?」
「あ、ああ、うん。ありがとう」
え、今見たものは何だろう? 変なのがいたー。
どうか俺の見間違いであってほしいと、そんな切なる願いを胸に秘め、俺はもう一度壇上の若い男を見やった。
褐色肌で黒髪の偉丈夫が逞しい体を傾けて村人達に熱心に何かを語りかけている。この距離じゃ何を話しているのかは生憎と聞こえないが、演説しているようだ。
くっはー! やっぱ魔牛君じゃんっっ!!
しかし角がないし魔族っぽくもない。
好青年にしか見えない。
人間に化けて何をやっているのかねちみはーっ!!
棒立ちになって愕然としていると、まだ遠かったが魔牛族長が俺に気付いた。いやとっくに気付いていて、さもたった今見つけたような顔をしたに違いない。
満面の笑みになって無邪気に手を振ってくる。牛なのに主人を見つけたワンコみたいだった。幻の犬尻尾がブンブンブンブン。
腕組みした仁王像みたいな雰囲気と顔付きはどこ行った! キャラ変し過ぎだよあんたっ!
「あああーっ、待ってましたあヒタキくんっ、ヒーターキーくーーーーん!!」
壇上から華麗に飛び下りて颯爽と、いや猛烈に駆けてくる。と、闘牛?
「……マスター、誰ですかあれ?」
「……勇者様、あの方はどちら様です?」
ブイとセロンからの視線が痛い。
嗚呼、どうか俺の旅路をこれ以上複雑かつデンジャラスにしないでくれ。
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