第6話 とある魔牛君の災難
「マスターの裏切り者ーっ。他には従者を入れないって言っていたじゃないですか!」
「捏造するな。ウサギ従者は入れないと言っただけだ。それに仮に加わるにしても彼は神官なんだから、従者にはならないだろう」
「それはそうかもしれませんけど……」
神官なら魔法戦士か回復術者が妥当だろう。
とは言え正直なところ他の仲間を入れる予定は微塵もない。
セロン神官は謂わば保留にされたのにしょげた様子もない。聖剣に触っているのが本気で心地いいらしくリラックスの表情だ。
ウサギ獣人達の話は聞き及んでいるだろうから、どうせ駄目元と端から期待していないのかもしれない。そうなら断るにしても俺も気が楽だ。
「魔法戦士でも回復術者でも、私は勇者様の望む方でいきますからご安心下さい」
セロン神官が満面の笑みで言った。
嗚呼、駄目元ではなく合格確実って思っているタイプだった。これは良心が痛む。
「ええと、セロン神官はどうして急に俺のパーティーに加わりたいと思ったんだ?」
「それはですね、勇者様には聖剣があるからです。私のヒートを抑え込めるものに初めて巡り合えました。心から感激ですよ。勇者様の魔王討伐旅に同行してお力になりながら聖剣と共にいる。さすればヒートを気にせずいられます。つまり、魔王討伐、それこそが最早私の使命だと悟ったのです!」
めちゃ私情まみれだな。しかし彼のこの意志を前にすると魔王だとバレたらかなり危うい気がする。バレたらアウト。気を引き締めよう。
あと前途有望な若者の希望を打ち砕くような残酷は後味が悪いに違いない。断れないかもしれないとじわじわ思う。ブイとはまた別の厄介な相手だ。
人間領に来てから人間運がないな俺……。
「勇者様私はお買い得ですよ。回復魔法は最上級まで使えますし、攻撃も防御もそこらのドラゴンくらいなら対等に渡り合えます」
「えっ、ドラゴンと戦った経験があるんだ? よく生きてたな」
お見それしましたー。竜族は相当強いはずだ。召喚時に魔物椅子になってくれた魔牛族とはクランレベルで見るといい勝負だったと記憶している。因みに彼らは五大魔貴族のうちの二つでもある。
「実はお恥ずかしながら、もうオメガは嫌だ死のうと思って戦いに行って自棄で攻撃していたら、いつの間にか勝っていたんですよ。あの後からはヒート中に下手なちょっかいを掛けてくる相手もだいぶ少なくなりましたっけ」
「そ、それはまあ、ドラゴンを倒せる相手に無謀はしないだろう」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだと思う」
可愛い見た目によらずお強いのですねー。繰り返すが絶対魔王だとバレないようにしよう。
「あの、入れて下さった暁には私に聖剣持ちをさせて下さい!」
「へ? 聖剣持ち?」
「はい。常時触れていれば今日のような不測のヒートに対処できるので」
「なるほど」
やっぱりめっちゃ私情だな。まあ俺も人の事は言えないが。
ただ聖剣はブイの担当だから相談してもらって……っていや待て、パーティー入団を前提に話を進めてどうする。
「あ、あのさセロン神官、まずはカリフラ……じゃない神官長に話を通して許可が降りたら話し合いしよう、な? 俺も正直今のところは増員は考えていなくてさ。時間が欲しい」
「あ……そ、そうですか。そうですよね急になんて私は何て失礼を……」
「い、いや」
セロン神官は声を落として少しがっかりしたようだった。ご、ごめんなハムハム。
「マスター! ですよね、そうですよね、増員は想定していませんよね!」
反対にしょげていたブイは明るい声を出す。
「ところでもうヒートはすっかり平気か?」
「はい。お陰さまで。助けて頂いた上にこうして朝食まで振る舞って頂いて、本当に御馳走様でした。ありがとうございます。それじゃあそろそろ失礼しますね。神官長にも話をしてみます。ああ、あと私の事はどうかセロンとだけお呼び下さい」
俺が頷くと彼は品良くにこやかに微笑んで席を立った。持っていた聖剣を俺に寄越そうとしたから「それはそこのテーブルに!」とやや冷や汗で指示したよ。
セロン神官いやセロンが退室して室内は静かになった。
「ブイ、あんたも戻れば?」
聖剣も持っていけと暗に視線で促すと、彼は動かず逡巡したように小さく左右に視線を動かしてから顔を上げた。まるでさっきのセロンみたいに何かを決した表情で。
「マスター、今日にでも神殿を発ちましょう!」
「へ?」
それは俺にとっても利のある提案だった。
セレブも然りな快適さにすっかりだらけていて神殿の意向に従って滞在していたが、考えてみれば勇者パーティー仲間云々に耳を傾ける必要なんてないんだ。面倒を回避しようと慎重になり過ぎて逆に面倒を引き寄せていた気がする。
神殿の人間達と親しくなる前に出ていくのが最善だったのに、そんな当然の発想も浮かばなくなっていた。反省反省。
「ブイ、ありがとうな。大事な事を思い出させてくれて。そうだよな、うん、神殿を出よう」
「はいっ。では早速出立の準備をしますね」
俺もブイも元々身一つで荷物はなかったも同然だったからすぐに済んだ。荷物らしい荷物は聖剣くらいだ。
俺達は一応神官長にだけは挨拶をしていこうと相談して彼の部屋へと向かう。
神殿上部にある神官長の部屋の扉は少し開いていた。中からやや言い合いのような口調の声が聞こえてきて、何となく俺もブイもノックもできず仲裁しに押し入るのも気が引けて顔を見合わせた。
盗み見は良くないとは思いつつ他に良さそうな方法がなくて二人で隙間から覗いてみる。
「「…………」」
予想外にもそこで見たものに俺もブイも絶句。
そろーりと扉から離れて頭痛がするように額を押さえると、声を潜めてブイに話し掛ける。
「あのさ、俺の幻覚じゃないよな?」
「現実だと思います」
ブイも小声で応じた。
俺達が垣間見てしまったもの。
それは――セロンの前に神官長が土下座していた場面だった。
え、は、この中央神殿で一番偉いのは神官長じゃないんだっけ? セロンなんだっけ?
あ、珍しいオメガだから敬われて? いや違うか。なら一体全体何故にあの光景?
二人で顔に疑問符を浮かべていると、中から神官長の一際悲痛な叫びが漏れ聞こえてきた。
「後生ですからっ、討伐旅のような危険に首を突っ込むのはどうかお止めください! ただでさえ普段からヒヤヒヤなのですぞ! ご再考下さい――聖皇帝セロン様!」
え、今なんて? 聖皇帝って国は持たないが、確か世界各地の神殿を統括する者の身分じゃなかったか?
その権力はむしろ領土を持つ国家元首よりも大きいとも言われる。
計り知れないその高い聖魔法能力故に君臨し、言うまでもなく各国の神官長よりも身分は上だ。つまりは全世界の神官達を従える。だからこそ皇帝なんて言葉が使われているんだろう。俺の睡眠学習教科書にはそう書かれている。
勇者と同等に魔王の天敵だ。
血の気が引いた。何だって俺は自分の首を絞める方向にばかり行くんだかな……。
セロンはおそらく身分を隠して一神官をやっている。助けなければ良かったとは思わないが、関わったのは失敗だった。
「ブイ、挨拶は取り止めにして置き手紙だけして去ろう」
もうセロンに会いたくない。無難に去りたい。
「わかりました」
「一旦部屋に戻るか。ブイ、手紙書くの頼むよ」
筆跡から追跡されるのを避けるためにも、俺の痕跡はなるべく残したくない。
しかし俺の後に続いて歩き出していたブイは足を止めた。
「マスター、その……僕はほとんど読み書きができません」
「え……?」
日本の学生身分だった俺の感覚からするとびっくりする発言だった。
そうか、彼は食べていくのに必死で肉体労働に日々を費やしていたから、ついぞ文字を習ってこなかったんだろう。獣人の半数は識字できないと言われているからそれも珍しい身の上でもない。
だからこそ、契約時に騙されて不利な内容でも書面にサイン同然の拇印を捺してしまうケースがよくあるんだとか。
とりわけ労働契約や主従契約で。
ああそうか。ブイはだから俺をマスターにしたいのかも。
「あのさ、俺に仕えたいって頑固だったのは、俺は偽者でそっちは獣人なのに引け目があって本物とバレたくなくて、しかも俺達がお互いにその事情を把握していて対等な取引ができそうだったから、違うか?」
ブイは少し返答までに間を要した。言葉を詰まらせたからだ。俯き目を伏せる。
「理由の一部ではあります。そのような打算もありました。たとえ僕が仕える主人を望まなくても、いつか無理矢理酷い内容で誰かに隷属させられてしまうかもしれません。あなたと出会う前よりも酷い環境で生きていかなければならない可能性すらありました。僕は獣人ですからね。或いは、主人を持たないまま生きていけても、逆にそのせいで野垂れ死にするかもしれない」
「どうしてもという時は、アルファの力を使ったらいいだろうに」
彼はふるふると左右に首を振った。
「僕がアルファなのは亡き母以外、家族の誰も知りませんし、その家族も含め極力誰にも知られたくはありません。……セロンさんに悟られたのは意外でしたけど。あ、マスターは別ですよ」
セロンは真の正体がわかってみると、きっと頼めば他言はしないだろうって思う。彼も秘密の多い身の上だろうから。まあ仮に頼むとしてもそこはブイ本人の仕事だ。俺は関わらなーい。無駄に顔合わせたくなーい。
「周囲に獣人なのにアルファだと知られたら、危険分子だと思われて命を狙われるか、僕よりも上位のアルファの監視下に置かれてコキ使われるのが落ちです」
「……ああ、だから安全そうに見えた俺の従者になりたいってしつこかったのか。安心しろ秘密は守る。見張らなくても他言はしないよ。この先俺がいなくとも心配せず強く生きてってくれ」
「えっ、単に暴露が心配だから近くに居たいわけじゃありません。一番の理由は、救ってもらって、あなたに憧れたからです」
「あ、そうなんだ? へえー」
はっはっはっ照れるじゃないか。あれか、ヒーローに憧れるみたいな感じか?
勇者無理って彼の臆病な懸念は理解できる。
魔物討伐とかの功績も立てないうちは獣人勇者なんて世間から受け入れてもらえないかもしれない。現に聖剣の間での兵士達の態度が薄々それを物語っている。一般人はそこまで露骨ではないかもしれないが、どのみち嫌な思いをするくらいなら勇者を放棄すると、そう思っても不思議じゃない。
しかし、それは世界が許さないだろう。
そこは何と言われようと逆境の中からでもブイの努力で信用を積み重ねていくしかない。自分自身で道を切り開くしかないんだ。
そんなたゆまない努力と苦労とが皆に認められ愛される勇者になっていく堅実な階段でもあるんだろう……と、これが漫画ならそう言える。
実際ブイがどうなっていくかはわからないまでも、叱咤激励を込めて改めてそう言ってやろうとした矢先だ。
ドカーンベキベキッと物凄い破壊音がした。
つい今し方、俺達が歩いてきた方から。
神官長の部屋辺りから。
「な、何だ!?」
「行ってみましょう!」
セロンが怒って爆発したとか?
だとしたら聖皇帝怖~っ。
駆け付けると、やはり爆発のような音は神官長の部屋からだったようで、風圧か何かで大きく入口扉が廊下へと開け放たれていた。
「何事ですか長老いやカリフラワーいや神官長!」
俺の長い呼び掛けに反応してか、腰を抜かして床に尻餅をついていた彼は動揺のあまりすぐには言葉を発せなかったらしく、辛うじて肩越しにこっちを振り返ると部屋奥の窓際を震える指先で指し示した。
「マ、マスターこれは……」
「何だよこれ……」
そこに窓際はなかった。
そう、最早窓はなく、窓際だった部分は破壊されて空白になるか瓦礫になっていた。
一部の外壁がなくなり普段よりも明るくなっただろう室内で、庭草の匂いが濃く香った。
「神官長、セロンは!?」
彼の姿が見当たらず焦って問えば、シワ深い指先は今度は破壊され途切れた床を指した。
「まっまさか階下に落ちたのか!?」
慌てて駆け寄ると、何と奇跡的にもセロンは無事だった。
床の縁に両手を掛けてぶら下がった状態だ。ま、まあ十全に無事とは言い難いか。
「セロン頑張れ! すぐに引き上げる!」
「ゆ、勇者様……っ」
俺に気付いたセロンは泣きそうな顔で見上げてきた。眼鏡が少しずれているのが和んで笑いそうになったが、そこは堪えて腕を掴んで一気に引き上げてやった。
「一体この惨状はどうしたんだよ?」
「これは……魔族が」
「え?」
ギクリとした、刹那。
「――気を付けて下さいマスター! 空に何かがいます!」
同じく床の端まで駆け寄ったブイが切迫した様子で外へと目を向けている。彼の持つ聖剣が本来の主の感情の高まりに呼応して輝き始めた。
それもピンチだが俺は今、もーっとピンチな存在を視認していた。
見上げた空にはぬわぁーんと、魔牛族の男が一人。
宙に浮かびながら屈強な褐色の太い腕を組み、傲岸不遜に顎を上げてそいつが破壊したんだろうこの部屋を見下ろしている。
頭には魔牛族特有の二本の牛の角。色は黒。ファッションよりも鍛練重視で生きてきたようなまさにザンバラな黒い髪。鎧越しでもムキムキマッチョがよくわかる大きな胴体としっかりした体幹からくる姿勢の良さ。
そいつは上空の風に黒いマントを靡かせていて、薄暗い魔王城とは違ってこうして明るい空の下で見ると、男らしくてカッコ良い少年漫画の最強格闘キャラみたいだった。うおーっ憧れの筋肉!
俺が向こうに気付いたんだから、当然向こうも俺に気付く。
そいつは、ぱあああーっと瞳孔が横長の赤い瞳を輝かせた。一つ言うと、彼こそが俺に魔物椅子をしてくれた魔牛族のその当人だ。
確か魔牛族でも歴代最年少に若い頭なんだとか聞いたっけ。魔族の若いって括りが何歳くらいまでだかは知らないが、破壊的なまでの強さなんだとか。
しかしその話を聞かされた際、魔族の同僚達から絶賛されたのに、何故か本人いや本魔牛は俺の足元にも及びませんって額を地面に擦り付けて平身低頭した。そうされた。あれは謙遜って言っていいのかはわからない。顔色は褐色だから蒼白かどうか判別不能だったが肩とか腕とかは震えていた。
俺が「お前生意気だっ焼き肉にしてやるーっ」て殺しそうに見えたとか? 俺はそんなに暴君そうか? いや、魔王って普通はそんな理不尽で短気で気分屋で残酷でそのくせめちゃ強~な存在なのかもしれない……なーんてそこは今はどうでもいい。
重要なのは、何故にその魔牛族のトップが自らこんな聖なる所にいるのかって疑問だ。
ここに来て何度目かの嫌~~な予感がした。
「ようやく……ようやくうううっ、敵地での苦労が報われましたあああっ。ほんの微かな気配を辿って辿ってついにっ、とうとうっ、見つけましたぞーーーーっ! 魔王さ――」
俺は問答無用にブイの手から聖剣を引ったくり、聖剣からの抵抗を無言で耐えつつ跳躍して魔牛族の男に肉薄。片手でそいつの口を塞いで耳元に口を近付けて声を殺すようにして囁いた。
「――魔王って言ったら殺す魔王って言ったら殺す魔王って言ったら殺す!」
理解したかと目を向けて相手がコクコクと高速で何度も頷いたのを確認してから手を離した。物分かりの良い配下で良かった。
「今すぐ去れ。俺の正体がバレるわけにはいかないんだ」
「わ、わかりました」
「じゃ、ついでにちょっと芝居にも付き合ってくれ。やられたふりを頼む」
早口で言うや俺は聖剣を振るうふりをして密かに軽く掌で魔牛族の胸を押した。頼むから早くどこかに行けって意味合いと、元いた場所に方向的に戻るための推進力を得ようとしたんだが、掌底一突きにも満たなかったはずなのに予想外にも相手は空の彼方にぶっ飛んでいってしまった。
「え……いや、それはさすがに演技過剰……」
涙の尾が見えた気がしたからもしかすると演技じゃないのかもしれないが、うーん、いや、きっと見間違いだな、うん。
それでも方向的にはどうにか宙を戻りながら困惑して自分の手を見つめる。もしや、聖剣の抵抗に耐えて力んでいたからそのせいで加減を誤った、とか? だとしたら本当にすまん魔牛君! 死んでいない事を願うっ。
床に降り立つと、ブイとセロンと神官長がわっと歓声を上げて集まった。神官長のカリフラワー頭がもさもさして無駄に顔を押されるうぅ。
聖剣はそのどさくさに乗じてさっさと床に放り出した。
「勇者様あああ~っ、この老いぼれめは死ぬ前にド感激致しましたぞ~~っっ!」
「マスター! さすがです、聖剣一振りだなんて! かっっっこよかったです!」
「勇者様、うっかりヒートしそうなくらいに素敵でした!」
三者三様に称賛してくれるのは有難いが、抱き付かれて団子状態。
そんな中、神殿長が不思議そうにする。
「しかしながら、どうにも解せんのですが、あの魔族は当初は殺気ばかりを放っていたのが、勇者様が現れた途中からはいたく感激していたようにも見えましたな。あたかも捜していた最愛の主君に会えたかのように」
「ははははは! 憎き魔族の敵たる勇者をとうとう実際一目見てしまったーっと大興奮したんだろう、きっとそうだ!」
「なるほど、そういうものですな」
「そういうものそういうものっ」
不穏なドキドキで死ぬかと思った。神官長こんな時だけ鋭いのやめてくれっ。
「ま、まあとにかく皆大きな怪我もなかったんだし、良かった良かった」
俺に抱き付くセロンのもふもふ癖っ毛頭とブイのウサギ耳を同時に撫でてやる。神官長のもさもさカリフラワー頭はうっそこれが頭髪なのっ!?って弾力泡にも似た感触を頬擦りして堪能した。全部気持ちいいー。人体の不可思議と魅力は尽きない。
惜しむらくは、物音を聞いて駆け付けてきた他の神殿関係者にその光景をばっちり見られた点か。
よりにもよって俺がパンを施すように慈愛の眼差しで三人をもふっているところをさ。はは……。
勇者様はもふもふハーレムをしていた、と光の速さで伝わるだろう。ああぁ羞恥で死にそうっ。
他方、三人によって今の活躍もあっという間に神殿中に広く知られた。明日にはきっともう街中にも広まっているだろう。人の口に戸は立てられない。
魔族関係者とバレなかったのは結果オーライだが、人間達の間でも強いと知られる魔牛族を一撃で彼方に飛ばして撃退した俺を、勇者万歳と盛り上がってしまったのは失敗だった。
まあ、状況がどう変わろうと神殿を出ていく計画に変更はない。一休みしてから改めて神官長へと俺達は勇者旅に行きまーすと宣言した。
あの爺さん、また腰を抜かしたよ。
しかも何故かセロンを連れて行って下されーっと涙を浮かべて懇願された。
俺達が実はセロンの身分を知ってしまったのは向こうは知らないから、憐れなオメガ神官をどうかお頼み申し上げますと何度も何度もぎゅっぎゅっと手を握られてお願いされたっけ。その場にいたセロンは何だか微笑みが怖かった。
え? だが、さっきは危険な勇者旅だから駄目的な台詞を叫んでいなかったっけ?
盗み聞きしていたのは言えないから危険なのに大丈夫かと念のため尋ねたら、俺の強さを目の当たりにしてむしろ俺の近くにいた方が神殿にいるよりも身の安全が保証されそうだと素直に告げられた。
まあ、先の襲撃を思えばさもあらん……。
とは言え俺は魔王なのにな。知らないって気の毒。もしも俺の正体を知ったら腰抜かすどころか魂抜けそうだよな。
セロン本人からの強い要求って側面もあったと思う。正直聖皇帝の頑固なまでの決定に、部下である神官長が最後まで胃を唱えていられるとは思わない。たとえ、どうしてもと言うならおれの屍を踏んでいけーっと戦っても結局はセロンがサクッと勝つだろうし。
されど、彼らがどう望もうと俺の意思は無視できない。
聖皇帝なんかとパーティー組みたくない。
しかしでっかいハムスター君をバッサリ却下は無理だった。
俺は苦肉の策として、ここグロバール国内にいる間ならと条件を出してセロン達もそれに同意した。
旅の期間が未知数でもあるし、長々と聖皇帝が不在なのも神殿的にはまずいだろうからな。ブイはプイッと拗ねていた。
そうと決まれば、セロンには悪いがとっととこの国を出るように真っ直ぐ寄り道せずに国境方面まで向かってやるーっ。
聖皇帝様なセロン相手だと、下手に姿を消したらかえって全世界規模で捜されかねないからな。
とりあえず、同日のうちに神殿を出るのは成功したから一歩前進だ。
本人希望もあって聖剣はセロンに持たせた。彼は従者ではなく勇者仲間の回復術師として同行する。状況によっては攻撃役もこなしてくれるそうだ。心強い。怖い……。
聖剣管理をブイは最初自分の役割だと渋ったが、従者なら他にもっと仕事があるだろうし、持っててもらった方が俺のためにも自由に動けるだろうって諭したら考えを改めたようだった。
段々とブイの扱いをわかってきたのはいいのか悪いのか。そのうちセロンの方も手慣れてきそうだよ。保父さんってこんな気持ちだろうか。
そうして俺達は三人は神殿の皆に見送られながら門を出た。
「うおっほん、俺……じゃなくて、魔王は最終的な討伐対象だが、その前に我々は各地で報告が上がっている悪しき魔物達を倒さねばならないだろう。故に、しばらくは人間領から出る予定はない。宜しいか?」
石畳を歩く俺が畏まって告げると、二人から反対意見は出なかった。二人もそっちがまずは優先だと思っていたらしい。
俺の目的はこっちで帰還方法を探す事だから、魔族の地に帰ったら意味がない。不審に思われず留まれる理由があって幸いだ。
「よーしそれじゃあ張り切って偽、ああいやいや勇者パーティー出動だーっ!」
「「おーっ!」」
俺達は三人それぞれの拳を寄せてこつんと軽く打ち付け合った。
こうして俺の更なる苦労の日々は幕を上げたのだった。
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