第3話

 「クロウさま、お夕飯ができました。……あら」

 夕飯の準備ができたマリアが男を呼びに部屋に入ると、男はベッドの上で身を縮こまらせながら寝ていた。静かな寝息を立てて、とても穏やかな寝顔をしていた。

 起こすべきかしら、それとも放っておくべきかしら。男の寝顔を見つめながら、マリアはそんな事を考える。男の寝顔があまりに穏やかなので、看病しているときは一切見ることのなかった寝顔だったので、起こしてしまうのはあまりに忍びない。でも、もう夕飯ができてしまったから、どうせなら一番美味しい出来立てを食べてもらいたい。そんなことをつらつらと考え、男の寝顔をジッと見つめていると。

 がーっ、がーっ、があっ!!

 「わっ!?」

 いつの間にか窓のところにとまっていたカラスが、大きく身を震わせて鳴いた。突然のことにマリアは驚き、思わず声を漏らしてしまう。そして、その声に男は起こされて。

 「……なあに、マリア。俺に抱かれにきたの?」

 ベッドの側で立ちすくんでいるマリアに、ぼんやりとしながらも甘い声をかけた。


 「なあんだ、やっぱりマリアも同じなんだね。イカレてなくて安心した。ほら、そこに立って、あとは俺がやって上げる。大丈夫だよお、全部俺に任せて」

 「ク、クロウさま…?」

 「ほら、おいでよ。抱かれに来たんでしょ、優しくしてあげるから……」

 「クロウさま、あの」

 「俺に処女膜破らせてくれるなんて、マリアは優しいねえ。緊張しなくていいよ、俺が全部やるから。マリアは気持ちいいことだけ感じておいて」

 「えいっ!」

 「???」

 「クロウさま!お夕飯が!できました!」

 「……分かったよお」


 男が目覚めたとき、マリアは男の部屋に居た。だから、男は彼女が抱かれに来たと思った。今まで、男と関わってきた者はずっとそうしていたから。男に堕とされた者たちは、快楽を得ようと男の元を尋ねていたから。

 マリアはイカレ女だが、いい女だ。きれいな色をしていて、今まで抱いた人間の中で一番美しい。それに、マリアは修道女だ。修道女は処女しか居ない。処女を抱いたとき、相手が痛がったのを男は覚えていた。だから、男ができうる限りの施しをして、優しく、それでいて気持ちよく抱いてやろうと思ったのだ。

 マリアをベッドに連れて行って、優しく頭を撫でで、修道服に手をかける。人間を抱くのは最初が肝心、怯えさせては意味がない。だから、相手が安心するように、先程のマリアのような蜂蜜みたいに甘い声を出して、マリアの服を脱がそうとした。

 そして、マリアに頭を殴られた。大して痛くはないが、どうして殴られたのか分からなくて、男は疑問を頭に浮かべる。抱かれに来たはずなのに、どうして殴るのだと。当のマリアは怒ったように頬を膨らませて、夕飯ができたと告げる。まるでリスが頬袋に木の実を詰め込んでいるような顔だった。

 どうやら、マリアは抱かれに来たわけじゃないらしい。男は残念がりながら、大人しく返事をした。


 「これ、全部マリアが作ったの?」

 「クロウさまに美味しく食べてもらえるよう、頑張りました」

 机の上には沢山の料理が並んでいた。どれもほかほかと湯気を立てていて、美味しそうな状態だ。男は初めて見る料理の数々に、その匂いにごくり、と喉を鳴らす。

 こちらにお座り下さい。マリアに案内された椅子に座り、男は用意されたフォークを取る。そして、マリアが座ったのを確認して食べ始めた。

 「尊き糧を。……あら、クロウさま。ナイフは使わないのですか?」

 食前の祈りを捧げたマリアは、料理にがっつく男を見て目を丸くする。男はナイフを使わず、フォークだけで食べていた。食べ方もきれいとは言い難い。

 マリアの言葉に、男は「やらかした」、と思った。偶に食事を与えてくれる人間が居るのだが、男の食べ方を見ると不快に思って追い出すのだ。追い出されるのは慣れっこだが、今、追い出されるとまずい。男は追われている身で、怪我も治ってない。もし追手に見つかれば、今度こそ死ぬだろう。

 慌ててフォークを置いて、男は立ち上がった。

 「ご、ごめん。俺、食べないから、だから追い出さないで」

 「まあ。なぜ?」

 男の突然の行動に、マリアは意図がつかめなくて尋ねた。マリアはちっとも男の食べ方を不快に思っていないから、急に「食べない」宣言をされてもわからないのだ。だから、尋ねる。

 「だ、だって俺の食べ方、きたないでしょ。見たくないって、だから、食べないから。追い出さないで、お願い、マリア。何でもするから」

 懇願する男を、マリアは優しい笑顔をもって答える。

 「でしたら、食べて下さい。クロウさまに食べていただきたくて作ったのです。わたしは、クロウさまの食べる姿が見たいのです」

 そうして、机越しに男の手を取り、強く握る。


 「わたしは、クロウさまがここに居てくれたら、とても嬉しいのです」


 神さまのような微笑みだった。

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