無価値の英雄

「そのロープで槍と手首を繋いで、この森に向かって槍を投げた。そうしたら、一直線に槍はこの森に飛んだよ。ロープで繋がれたオレを連れて、ね」

『なるほど。しかし、そもそも、オマエは何故、それらの武器が使われる事を悲しんだのだ? 随分苦労したようだが、悲しいからと言ってそこまでの事をする理由が分からぬ。我はそのような人間を知らぬ』

「ま、それが出来る位の身体に恵まれたから、ってのはあるな。両親に感謝しなきゃな。オレは両親の顔をあんまり覚えてないんだけど。オレが小さい頃に死んだ両親に代わってオレを育ててくれたのはじいちゃんとばあちゃんだった。そのじいちゃんとばあちゃんがいつも聞かせてくれたのがジュラ、あんたの事だった」

『どういうことだ?』

「じいちゃんとばあちゃんの名はヨキとアーチ。若い頃冒険者だったじいちゃんとばあちゃんは、いつも楽しそうにあんたの話をしてくれたよ。だからな、ジュラの武器が酷い哀しみを生んでいるのがとても辛かった。オレがここに来たのはこの話をあんたに聞かせて、二度とジュラの武器が生まれないようにしてくれと頼む為さ」

『そうか。では、その槍は我に刺していけ。その願いを叶えよう。代わりに昔、ヨキが置いていった斧を持って帰るがいい。ヨキとアーチに見せてやるがいい』

「あぁ。ありがとよ。じいちゃんとばあちゃんの墓に供えてやるよ」

 そう言うと青年は槍を構え振りかぶって「抜けないようにその身体でずっと掴んでいろよ!」と言いながら、ジュラの幹に突き刺した。

『イテッ』と、その時小さく思念波を漏らしたのはマデオだった。


「ん、痛かったか?スマン」青年は素直に謝ったが、その思念の声の軽さに違和感を覚えた。「今の、ジュラ、あんたか?」

『ちがーう。今のはオイラ、マデオだ。ジュラと一心同体の友達だ!』

「マデオ?一心同体?」

『おっと、しまった。懐かしいヤツラを思い出してしまって、つい、油断した。ってか、ジュラ、今、その小僧が槍を刺したトコがオイラのいる場所らしい』

『そうなのか。覚えておこう』

「ん?じいちゃんとばあちゃんの話には出てこなかったぞ、マデオなんてヤツ」

『マデオなんてヤツ、とはなんて言い草だ!生意気な!まぁいい。いたんだよ、オレも、オマエのじいちゃんとばあちゃんがここに来た時に!」


 そこからは、ジュラとマデオと青年で懐かしい話に花を咲かせた。その楽しさはジュラの森の高度を普段より高くさせる程だった。

 すると、ジュラは自身の頭上に今までに感じた事の無い気配を感じ取った。

『今日はおかしな事が続く。我のずっと上の方に何やら妙な気配がある』

『ん? あぁ、これはオイラと似たような存在だな。刺さった槍がアンテナになってるのか、良く分かる』

「上?ここよりも高い空の上?アンテナ?存在?なんだ、それ」

『フライバイだな。この星の重力を利用して速度を上げようとしてるのさ』

『何を言ってるのか分からぬぞ』

『オイラはこの星とは違う星の人間に作られた道具なのさ。宇宙を旅してこの世界に辿り着いた』

「マデオが何を言ってるのかさっぱり分からねえ」

『オイラは遠い世界で作られた道具なのさ。この星の資源を調査して報告する為に作られた道具なのさ。その資源を効率よく採取できるような生物がこの星にいれば、その生物を奴隷にして資源を採取させて、この星の資源を根こそぎとっていくつもりの人間が、オイラの生みの親って訳だ』

『言っている事の半分も分からないが、歓迎すべき事でないのは分かる。そうだったのか、マデオ』

『ま、もうそんなつもりは無いけどな。何もない宇宙空間を旅してきて、ジュラ、オマエに会って意思や意識や命ってスゲーいいモノだと思ったし、そして、おい、ヨキとアーチの孫、オマエの名は?』

「……ジュライクだ」

『ジュライクのやって来た事を聞いて、人間の生み出した道具の哀しさとそして、ジュライクの行動の尊さを知った今、オイラの生みの親の命令に従う事の馬鹿馬鹿しさを痛感してるのさ。今、こうやって話してる間に、空の上のアイツにはこの星は無価値な星だと信号を送っておいた。ま、しばらくは今のヤツみたいなのがまた来るかも知れないが、この星は無価値だと送り続ける事にするさ』


「ふー」

 城の屋根に座っていたジュライクは大きくため息をついて、立てていた上体を倒し仰向きに寝転んだ。

「ジュラの枝と葉が邪魔で今、空は見えないけど、空の向こうのずっとずっと先にも人がいて、ヒデエ事を考えてるとか、あるのか……。とんでもねえな」

 ジュライクはボソリとそう呟いた。

『そうかも知れぬが、ジュライク、オマエはこの世界を救った英雄だ』

「ははっ。ありがとよ。遠くの誰かに無価値を主張する英雄か。そして、この世界の誰にもそうは思われない英雄か」

『誇れ、ジュライク。この世界の人間は誰一人としてオマエを英雄だとは知らない。でも、オイラたちはこれから何千年もそれを覚え続けてる』


 ジュラの枝葉が風もないのに揺れている。

 闇の中で少し上がったジュライクの口角は、視覚でしか彼の微笑みを知る事が出来ない者には伝わらないが、そうではない二つの存在には温かい満足がそこにある事を知らせた。







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無価値の英雄 ハヤシダノリカズ @norikyo

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