来訪者

『おかしな事があるものだ』

 ジュラはマデオに言う。

『どうした?』

 マデオは応える。

『我らは現在空に浮いているな』

『あぁ。それがどうした?』

『それなのに、人間が一人、この森に入って来た』

 空を行く大地はジュラの根に掴まれている。その大地の上の生物の全ては根を通してジュラには知覚する事が出来た。普段はその全てを把握しようなどと思っていないジュラだったが、空中にある時に突然増えた一つの生物の存在は【おかしな事】とジュラに映った。

『また、ワイバーンライダーか?』

 マデオは訊ねる。

『いや、人間がたった一人でこの地に入ったようだ。この地に増えた生き物はその人間一人だけだ』

『それはおかしな事だな』

 そう言うと、マデオはジュラの根と同期し、その人間の足取りを観察し始める。ジュラとマデオは静かにその人間の動向を見守った。


 その人間は真っすぐにジュラに近づいてきた。ゆっくりと確かな歩みでジュラの森の中心に向かっていた。

 やがて、森が夕闇に飲み込まれ、フクロウの鳴き声が聞こえ始めた頃、その人間はジュラの根元に辿り着いた。集落に住む者はごく僅かとなっており、廃墟同然となった城の脇の根をよじ登るその人間を見つけ咎める住人はいなかった。その人間は城の最も高い屋根の上まで登るとそこに腰を下ろし「ジュラよ」と語りかけた。


『どうやってここまで来た、人間』

 ジュラは思念の波長を屋根の上の人間に絞って語り掛けた。

「あぁ、それを説明するには少し時間がかかるんだが、いいか?」声は低く、その影はがっしりとした体格だった。青年期の男であろう。

『構わぬ。話すがいい』

「そうか。じゃ、話すとするか。地上にはジュラの武器っていう物騒なもんがいくつかあってよ」その青年はすぐ傍にいる友人に語り掛ける位の静かな口調で話す。「その武器は正に一騎当千の力を平凡な兵士や冒険者に与えたんだよ。その力があまりにも強大なもんだったから、その武器を手に入れようと争いの元になったりもした。バカな話さ。武器そのものが争いを引き起こす原因になってたんだぜ。武器っていったいなんなんだよって話さ」

『ふむ』

「その武器はどうやら空を飛ぶジュラの森からもたらされたものらしいが、その真偽は定かじゃない。かと言って、ジュラの森に兵士や冒険者をその確認の為に送り込むのは、余りにも偶然に頼らざるを得なかった。ワイバーンライダーを擁する王国や集落は、何度かあった戦争で全滅してしまったしな。その戦争にもジュラの武器は使われたって言うぜ。まったく、何やってんだろな。人間って」

『そうか』

「オレはその超絶なジュラの武器が一方的な殺戮に使われるのも、ジュラの武器を使う者同士の超常的な戦いが行われるのも悲しくて仕方なかった。だから、オレはジュラの武器を集める事にしたんだ」

『集めたのか』

「あぁ。入りたくもない盗賊ギルドに入って、ジュラの外套って呼ばれる身を隠す装備を盗み、盗めるものは盗んだ。そして、時には持ち主との決闘で奪いもした。たぶん、もう地上にはまともに使えるジュラの武器は無いハズさ。壊れて朽ちたものくらいは残っているかも知れないが」

『武器を集める事と、オマエが空に浮かぶここへやって来れた事に関係があるとは思えぬ』

「あぁ、そうなのか。ジュラよ、あんたは知らないんだな。そう。武器をいくら集めても、ここに辿り着けるとはオレも思っていなかった。でもな、ジュラの武器を集めていた時に気が付いたんだ。ジュラの武器を一つだけ持っている時には気が付かないけど、いくつもまとめて持っていると、なんか、引っ張られてる感じがするんだ。そして、いつだったか、遠くの空にこの森を見た時、引っ張られてる方向は常にこの森なんだと気づいた」

『ほぉ』

「ジュラの武器の数々をどう処分しよう、コイツ等が二度と理不尽な兵器として使われないようにするにはどうしたらいいだろうと考えていたオレは、そいつらを直感のままに作り変える事にした」

『何に作り変えたのだ?』

「槍とロープ、さ」

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