第9話 鍋
さて……一旦状況を整理しよう。
このマンションには、幼馴染みである清水 礼奈こと、塩レナ。さらには、初恋の相手、千歳 春こと神ハルが住んでいる。しかも、隣同士だ。これは、絶好のチャンスなのでは?
「いや、いけない。バカか俺は。浮かれるな」
すぐさま、自分自身を俯瞰し、まずは清水の看病をする事に専念した。買ってきた具材を切り分け、出汁を取り、最後に豆乳ベースの素を入れてぐつぐつと煮立たせる。
〜1時間後〜
「そろそろ仕上がりかな」
白濁のいいスープと匂いが鼻腔の奥まで、届いてくる。後は清水にこれを飲ませて、様子を見るか。
彼女の部屋のドアを軽くノックして、様子を伺った。
「清水ー。豆乳鍋が出来たぞー。食べるかー?」
「……」
返事が無い、寝ているのか? せっかく作ったけど、仕方ないよな。それにしても、千歳さん可愛かったなぁ……。今度バスケの練習試合とかあるって言ってたよな。見学とかしていいのかな?
——その時だった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。うわーーーーー、このタイミングは最悪だろ。清水を起こしても悪いし、宅配便とかだったら、適当に俺が受け取っておくか。
「はーい」
勝手に宅配便だろう。とか言う仮説を立てて、ドアを開いた。
「勘太郎くーん! 結局、鍋パーティー気になって見に来ちゃった!」
外には天使が立っていた。
「……ち、ちと、千歳さん?」
「私さぁ、料理作りすぎて余っちゃったし、お裾分けも含めて、鍋やりたいなーって。へへへ」
彼女はパック詰めされた容器を手に持ちながら、笑顔でそう答えてきた。
「それにしても、勘太郎くんの友達と部屋が隣なんて、気がつかなかったよー」
などと、千歳さんは言っているが、俺の頭の中は混乱が生じている。不味いな……非常に不味いぞ。千歳さんと鍋を囲みたい、ものすごく! でも、友達が寝ていて、実は病気です。とか……嘘すぎないか?
それに、清水が寝ている横で鍋パなんて、できる筈がないだろ! 断れ、断るんだ、勘太郎。お前は、断るべきだ!!
「あれ。何か、悪い事しちゃったかな……ごめんね。急に無理だよね」
千歳さんには申し訳ないが、ここは帰ってもらうしかない……勘太郎。お前は漢だ。常識的に考えて、清水の家に勝手に千歳さんを招き入れるなんて言う、愚弄はダメだろう。
「あれ……勘太郎。玄関空いてる」
後ろから清水の寝ぼけた声が聞こえてきた。
「えっ。いや、うう……礼奈はもう身体大丈夫なのか?」
清水は目を掻きながら、リビングへと入ってきた。寝起きだからか、表情が少しトロんとしている。えっと、どうしよう。
「あれ……お友達って、清水さんだったの?」
「ち、千歳さん……どうして、こんな所に?」
正面に神ハル、後ろに塩レナを挟んでいるこの状況。これがもしも、学校だったら俺は男子達に嫉妬の目で見られているだろう。いやいや、違う。そんなことじゃないんだ。
「ええっと。千歳さんとさっきバッタリ会って、足りない食材を届けにきてくれたんだ。彼女の家から」
これで清水は、納得してくれるだろうか。
「そうだったんだ……千歳さん、ありがとう」
千歳さんは、「えっ? そうなの?」とした表情をしているが、何とかその場を乗り切って、3人で鍋を囲むことになった。
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「清水さん、体調は大丈夫?」
「うん……もう平気だよ」
さすがの千歳さんだ。持ち前のコミュ力と手際の良さで、清水と直ぐに仲良くなり、俺では看病できなかった服の着替えなどもしてくれた。
「勘太郎くんは、ここに絶対居てね」
「はい」
躾を施された犬のように、正座しながら待つことにした。
千歳さんが清水の服を脱がしているシーンを想像するだけで、ちょっと反則ではないか? この扉を一つ潜るだけで……そこは、正に楽園だろう。羨ましい。
「あっ、ちょっお」
「ごめんなさい! 私……このタイプの下着は着け慣れてなくて」
「あっ // 苦しい」
おいおいおい……一体、何が起こってるんだ。鍋パーティーどころじゃないぞ。こっちが恥ずかしくなってきた。豆乳鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、平常心を保った。
「フーーーーー。なんとか、着替え完了したよ」
清水と千歳さんがリビングに戻ってきた。何だかもう、鍋の気分ではないが、やっと飯だ。
「「いただきまーす」」
とは言え、せっかく千歳さんも一緒なのだ。話を盛り上げないと。
「そう言えばさ、二人とも今度の中間テストは大丈夫そう?」
俺がそう聞くと、ニコニコと鍋を食べていた二人の表情が一変した。
「うん……全然、全然大丈夫」
「バスケの試合で忙しくて、あんまりかな」
この反応だと、二人とも勉強はあんまりって感じかな。っと言う事で、この場を借りて3人で勉強会をしようと宣言をし、二人とも賛成してくれた。
「それじゃ、来週の土曜日ね! 場所は、ファミレスで!」
俺はモテるために、彼女はウソのために、塩対応の幼馴染みと恋人ごっこが始まった。 @panda_san
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