第5話 清水 礼奈の憂鬱 (塩レナ視点)


 はぁぁ……まさか、初恋の人と高校で会う事になるなんて。しかも、背が伸びて、さらにカッコよくなってた。


「ねぇ、清水さん。聞いてる俺の話?」


「はぁぁ……来年は同じクラスにならないかなぁ」


「俺と?」


「はっ?」


 顔を上げると私の机の直ぐ目の前に、クラスの男子が立っていた。そういえば、なんか喋りかけて来てたな。


「いやさぁ。マジでめちゃくちゃタイプなんだよね。いつも、何考えてるの?」


 私が何を考えていようが、目の前の人には関係ない事だ。それに、初恋の人のことを考えているなんて、口が裂けても言えない。


「関係あります?」


「……いや、その。聞いただけって言うか」


「聞かないで」


「すっ、すみませんでしたー!」


 あぁ……やってしまった。余計な一言をまた、言ってしまった。折角、高校に入学したのに、私はこんな調子だ。



 



 昔の私はわんぱくな少女だった。人形ごっこやメイクごっこには見る気もせず、鬼ごっこやゲームが日課。


「フフフ、みーっけ! 缶踏んだっ!」


「見つかっちゃったー。アーーー! レナちゃんずる〜い。缶の位置ずらしたでしょっ!」


「——ず、ずらしてなんかないよっ! ちょっと風で……コロコロと転がっちゃったの。多分」


 こんな感じの日常だった。


 幼稚園から、小学校まで本当に元気な女の子。それもこれも全部、おじいちゃんのため。


 おじいちゃんは、死ぬ最期の時まで私が元気な姿を見たいと言ってくれた。だから私は目一杯、外で遊ぶ女の子の役を演じた。


 それほど、おじいちゃんの事が大好きだったんだ。

 

 おじいちゃんが読み聞かせてくれた、映画のお話が本当に好きだった。登場人物や情景、台詞、どれも素敵で私はその物語の虜だった。


 昔は映画のお仕事をしてて、脚本を書いていたらしい。けれど、ヒット作は一つだけ。


 その後もずーっと書き続けて、部屋には資料だけが残りつづけた。


 お母さんとお父さんは、そんなおじいちゃんにウンザリしてて、二人とも作品を見ようとしなかった。


 でも、あの子だけは違った。


「おじゃましまーす!」


 おじいちゃんの書いた作品を面白いと言いながら、ニコニコと読んだ。私はそれが嬉しかった。


 ある年の夏。おじいちゃんは死んでしまった。私は号泣して、その男の子も号泣してた。



 関 勘太郎。


 私の家の向かいに住んでる幼馴染みだ。彼は気付いてないかもだけど、私にとってのヒーローだった。


 彼はクラスの人気者で、男女問わず好かれていた。そんな勘太郎と小学校の頃はほぼ毎日遊んだ。運動会の時や、他の行事で私の家族が来れない時、関さん家族が一緒にご飯を食べてくれた。



 転機が訪れたのは演劇会の時だ。私は何故か、絶対にやりたくない、お姫様役に抜擢された。


 本番で緊張のあまり、台詞が全て飛んでしまい、お客さんからクスクス声が聞こえてくる。


「あっ、えっと……その」


 もうダメ……。無理だ。


「お姫様ー! さぁ、お手をお貸しください。ハハッ、勇者マサムネよ! 我の姫を救ってみろー!」


 魔王はアドリブで、何も出来ない私の事を助けてくれた。その後はなんとか、劇が終わって私は泣いていた。


「なーんで、泣いてるんだよ! こっこれは、困る//」


 どうやら、私は無意識に彼の胸に顔を埋めながら、泣いていたんだとか。


 それから、無駄に関くんの事が気になってしまった。おじいちゃんの作品を読みながら、キャラに私と勘太郎を投影させたりなんて事をしていた。

_________________________________________





 小学校6年生の秋。


 学校の放課後、クラスの仲良い男女で隠れんぼをする事になった。


「フフフ。まさか、私がこんなところに隠れているなんて、誰も思いもしないはず」


 絶対に見つかるまいと、今は使われてないグラウンドの用具室の奥に隠れた。それから、数十分——時間がどれだけ経っても誰も見つけにこない。


「礼奈ちゃーん! 居ないの〜?」


「全然ダメー。こっちも居ない。帰っちゃったのかなぁ?」


 どれぐらい、時間が経ったのだろう。なんだか、寒気もするし怖くなって来た。用具室のドアを開けようとしたら、何かの手違いでドアが開かなくなっていた。しかも、声も届かない。


「誰か! 誰か、開けて!!」


 どうしよう……このまま、閉じ込められたら、死んじゃう? 頭の中に、嫌な想像が膨らんできて、更に怖くなった。用具室は薄暗くて、だんだんと暗闇になってくる。


「怖いよ……お母さん、お父さん、おじいちゃん」


 こんな事になるなら、違う場所に隠れればよかった。


 ——その時。


 用具室のドアが開いた。


「居たー! 清水みっけた」


「勘太郎?」


「やっと見つけたよー。もう遅いし、帰ろう」


「……なんで、ここがわかったの」


「なんでって……うーん、全部探したからかな! あははっ」


 よくよく見ると、勘太郎の服には泥が飛び散り、手が赤くなっていた。


「ありがとう//」


「本当に隠れるの上手いなー。今度、俺にも教えてよ」


「うん//」



 この時から、関 勘太郎という男の子は初恋の人になっていた。

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