第13話 新たな魔王の足音! そんなことより勇者の胃袋を掴むんだ


 さて、今日のわたしには、これから強敵と対峙する難しいミッションが課せられている。そう、テリーと言う名の強敵だ。


 本当なら強敵討伐から無事帰還したテリーを、ゆっくり休ませてあげたくはある。けれど、神殿から持ち帰った重要案件をテリーに伝え、承諾を得る任務が課せられている。つまり、交渉だ。これがあるから、先輩方は早帰りを許してくれた側面もあったりする。


 無くなってしまった玄関扉のノブを、疲れているはずのテリーが直し始めたのを横目にしつつ、心の中で「ごめんよー」と手を合わせる。追い打ちを掛けて負担を強いてしまった状態では、どんな交渉も上手くいく気がしない。


 ……仕方がない。今日の夕食は、テリーの好物「トマト煮込み」を作ってあげよう。


「うん。これは交渉をうまく進めるためのハカリゴトなのよ」


 例えそれが、わたしの意志に反して魔獣を排除し続けるテリーを養うことになろうとも、大事の前の小事! これは、魔獣保護のための一手に繋がる大切な過程であって――


「なにが?」

「うひゃあっ!!」


 気配もなく背後から声を掛けられて、背中がゾゾゾっと波打った気がする。微かに「ぅわっ」って焦った声も聞こえたけど、こっちは全身が心臓になったみたいにドキドキしているから、構っちゃいられない。


「ごっ、ごはんはテリーの好きなトマト煮込みなのよ! 何でも入れられて美味しく出来る、無敵の逸品よっ」


 トマトで煮込めば、こっそりわたしのを入れても色が誤魔化せる。つまり、テリーに気付かれずにわたしも満足な一皿に仕上げられるのだ。何を入れてるかって? それはテリーにはナイショの好物なのよ。


「トマト煮込みかぁ。うん、楽しみだな。ガルシアの作るのは、他では絶対に真似できない特別製だもんね」

「でしょ? わたしも満足な万能料理よね」

「うん。あれを食べ出してから、俺はとんでもなくスタミナが増えたり、筋肉が付きやすくなってるんだけど。ガルシアのお陰かな? もしかすると秘密のスパイスがあったり、とっても珍しい材料を使っている、とか?」

「お、美味しくな~れって最後に言うのが効いてるのかなぁ。あはは」


 言いながら、冷たい汗が頬を伝う気がする。今のテリーの言葉だと、こっそり足してる魔獣肉が、テリーを強化させているみたいに取れる。けどテリーのお皿には、ソレは入らないようにしている。


「ガルシア、知ってる? 煮込み料理は一緒に煮込んだモノ全部から旨味が出て、混ざり合って美味しくなるんだよ。煮込みは、全部が解け合うお料理だからね?」

「うん?」


 つまり、どう言うことだ?


 首をかしげつつ、ヒントを求めてこっそりテリーの表情を伺う。すると、微笑ましいものでも見るような視線に行き当たった。


 駄目だ、本当に意味が分からずお手上げだ。質問を重ねてみたくはある。けれど、ゴルディア峡谷最強の地位を築いた優れた直観が、聞けばとんだ藪蛇になる予感をひしひしと伝えて来る。


 どうしよう。


 ドン・ドン・ドン・ドン・ドン・ドンッ


「あ゛っ」


 激しく叩かれる扉の音と共に、テリーの絶望に満ちた声が響く。


 何事だと振り返れば、直し掛けていたドアノブが床に転がって、呆然とするテリーの姿があった。と同時に、外から扉を叩いていた犯人が、勢い良く飛び込んで来る。


「テリー! 助けてくれっ、大変なんだ!!!」


 眉間に皺を寄せた険しい表情で、髭面の老齢に差し掛かった大男が喚き散らす。たしかこのヒトは、テリーがソロの魔獣討伐活動をするために世話になっている、町の冒険者ギルドのギルド長のはずだ。その背後には、神殿の聖女を取りまとめる聖女長の姿まで見える。


「ガルシア、想定より早く事態が急変してしまいました。テリーさんに承諾はもらえましたか?」


 いつもは神殿を訪れる人々にやわらかな微笑を向け、聖母と崇められる聖女長だけれど、今は顔色を悪くして、縋る様な視線を向けて来る。聖女長の話を聞く限り、わたしがテリーと交渉しようとしていた案件が、予想外に早まってしまったと言うことなんだろう。その交渉内容とは――


「樹海の奥、ゴルディア峡谷から魔王が多数の魔獣を率いて、この町パルキリウスに迫っています。恐らくは、あと2日のうちに町を囲む障壁へ辿り着くでしょう。すぐにでも、討伐部隊を結成して向かわねばなりません。領兵、ギルド、神殿の総力を挙げて町と人々を護らねばなりません!」


 聖女長が必死の表情で、テリーとわたしに訴えかける。


 そう、今回は魔王まで現れた未曾有の危機とあって、聖女も魔獣討伐に駆り出されるらしい。臆病な上に、最近では過保護が過ぎるテリーなら、絶対に首を縦に振らない案件だ。無理に向かおうにも、日々力を増しているテリーを出し抜くことは出来ないだろう。だから穏便に、好物まで作って交渉しようとしていたのに、このヒトたちはなんて間の悪いことをしてくれたんだろう!


 しかも、わたしを差し置いて「魔王」だと―――?

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