第12話 企ては頓挫の危機! 魔王は困惑する


 神殿でのお勤め終了時刻までにはまだ少し早かったけど、同僚の聖女や見習いのみんなに「せっかくが大変な討伐から帰って来たんだから、ゆっくりするといいよ」と、早上がりを許してもらえた。パルキリウスにやって来てすぐから、わたしたちは2人で町外れの小屋に住んでいるのだ。


 ちなみに「お兄さん」と言うのはテリーのことだ。街に来てすぐテリーから、当然の様にそう提案されてたわたしは首を傾げた。だって、幼体だったテリーより、300年前の「悲運の大聖女」とやらを飲み込んだわたしの方がずっとずっと前から存在しているはずなのに。けど、わたしの葛藤も虚しく、周囲はすんなりそれを受け入れていた。――何故だ。


 しかも、暮らし始めてすぐのテリーは、家事なるものが全くできないポンコツぶりだった。わたしは、これまで吸収した成体たちの記憶から難なくこなすことが出来たから、むしろ世話をしているのはわたしの方だったはずだ。世話をするたびムッツリと口角を下げるのが面白かったのに、あっという間に家事を覚えていったのは残念だったわ。


 家までの道のりを、テリーと並んでテクテクと歩く。すると、視界の端に入る彼の姿が随分と大きくなってることを改めて実感する。


「あんなに可愛かったのに、なんでこんなにデカく、ゴツくなってるのかしらね? もぉ」

「ガルシアを護るためでしょ」

「はぁぁ? わたしが守るから強くならなくたって良いんだってば」


 テリーを戦わせずして戦闘力向上を阻害し、魔獣おやつ絶滅を防ぐわたしの企ては、何故か全く上手くいかない。


「で? テリーは、大型魔獣を倒せたの?」

「意外とあっけなかった。あれなら何体だっていける」


 やめてよねーもぉぉ、との気持ちがこみ上げて、大きなため息が出た。仕方がない、大型なんて美味しそうなおやつをむざむざ消された報告なんて、明るい気持ちになるはずない。


「ガルシアは優しいね。魔獣にまで心を砕くなんて」

「へ? え! えぇ。そうね」


 危なかった。つい本心が駄々洩れるところだったけど、聖女っぽく勘違いしてくれて助かったわ。


 そうなのだ、心底不思議なことにテリーは大きな勘違いをしている。ヒトを救うどころか害することしかない瘴気の塊で、聖女まで飲み込んだのが『わたし』だったはずだ。それなのに、何故か清廉で神聖なものの象徴とも言うべき『聖女』なんて仕事を任されている。しかも推したのはテリーだ。間近に居るにもかかわらず、わたしの隠蔽工作が色々と成功しているから、こちらの本性に全く気付いていないのだろう。そこは、さすがわたし!――と、ほめておこう。


「ガルシア!?」

「へ?」


 テリーの大声にふと気付けば、我が家の扉の前だった。


「ドアノブ……」


 目を眇めてわたしの手元を指差すテリーに誘導されて、手を掛けているドアノブの場所を見た。


 そこにドアノブはなかった。


 何となく、手先から伝わる充足感。いや、金属の味わい。食べた。うん、無意識に取り込んでた。さぁっと血の気が引いて硬直したわたしをよそに、テリーが隣でフッと笑う気配がする。


「鍵が、壊れてたのかな」


 テリー! ナイス勘違い!! まさかのダイナミックな勘違いに、心の中で快哉を上げる。今回こそ、詰んだと思った。だってわたしはヒトじゃなってバレるわけにはいかないのだ。わたしが魔獣の頂点に立つほどの強さを持つって知ったら、きっと臆病なテリーは恐怖で加減が吹き飛んで、暴れ出すに違いないから。


 私の努力も虚しく、幼体のころとは比べようもないくらい戦闘能力を上げてしまったテリーだ。昔でさえ、3つ目魔獣の群れを殲滅してしまったくらい魔獣への忌避感や嫌悪、憎悪のある彼が、そばに居るわたしが魔獣に近い存在だと知り、混乱したら―――魔獣たちは絶滅の瀬戸際まで負い詰められるかもしれない。それに、わたしだって無傷では済まないだろう。


 テリーの無力化作戦がうまくいっていない今、断じて、彼に正体を知られるわけにはいかないのだ!


 だから、ここは全力でテリーのダイナミックな勘違いに乗っておこう!!


「そうだね! 鍵が壊れて、ドアノブが消えちゃったんだね。困ったね!」

「困ってるわりに、嬉しそうなんだけど? 本当にガルシアはうっかり屋だよね」


 くすくす笑うテリーこそ、うっかり屋に違いないと思うんだけど。まぁ、イイ感じに誤魔化せたので、今はこれ以上追求しない。永い時間を生きて来たわたしは、空気を読むのがうまいのだ! むふふん。


 大満足で話を締めくくったわたしだったけど、テリーがこっちをみて、顔を逸らしながら肩を震わせているのは何故だろう?

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