第11話 いつか勇者になる少年 ★テリー、魔王を聖女に推す


 ただ一人の全知全能の神を祀った白亜の神殿。俺たちの王国では、領主館のある町に必ず一つは建造されている。このパルキリウスも例外じゃない。


 町にたった一つ在る神殿。そこは、俺が幼い頃に幾度も足を運んだ王都のものに比べれば、規模も装飾も控えめで、祈りの場として最小限の機能だけしかない建物だ。けれど「聖女」として望まれ、務めることになったガルシアの護りとしては、絶大な効果を発揮してくれる。


『峡谷は魔獣がたくさんいるから、襲われない離れた場所に行こ? 一緒に』


 ひとりきりで、魔獣だらけの樹海に置き去りにされた俺に、『一緒に』と言って手を差し伸べてくれたガルシア。彼女は今も10年前と寸分違わぬ「天使」と見紛うばかりの美しさだ。太陽の光を宿した眩しい黄金色の髪は、絹糸の様に繊細で、芙蓉の花弁の様に柔らかな曲線を描く。澄み渡った青空を映し取った碧眼は愛らしく潤んで輝いているし、どんな令嬢よりもきめ細やかな白い肌が彼女の全てを引き立てる。だからガルシアは、城で見掛けたどんな貴婦人よりも美しかったし、今もそれは変わらない。


 本人は全く気付いていないみたいだけど、この町の男どもが彼女を見る目は、どれも欲にまみれていて、俺は幼い頃から気が気じゃなかった。誰かが清らかで優しい彼女を傷つけるんじゃないかって。


 だから俺は傍で睨みを利かせるために、とにかく戦って戦って鍛えて鍛えて、ひたすら強くなることに邁進した。けど、どれだけ俺の腕が立つようになったところで、ずっと彼女に張り付いているわけにはいかない。どこかで絶対に隙が生まれて、誰かが接近するチャンスを与えてしまう。そこで役に立ったのが、彼女の能力だ。


 まれに生まれる魔法を使える人間は、持つ魔法が癒しの力であれば神官や聖女として神殿に務めることが出来る。攻撃の力ならば魔導士となって、領主や王家に仕える兵団や、冒険者に所属して身を立てることが出来る。


 ガルシアの能力は、自分の身を治すだけの限定的な癒しと、稀有な動物の言葉を理解する力だった。だから俺はその力を神殿に宣伝し、彼女を聖女として売り込むことにした。もちろん、この町の神殿に所属しているのが女性ばかりだと下調べしたうえでだ。そこは抜かりない。そして彼女は見事、神殿に務める「聖女」として受け入れられることになったのだ。聖女は神に仕える尊い神職だ。その役職を冠した者は、退任するまで夫や恋人を持つことは出来ないし、神が祝福を与える清浄さを損なわないために、彼女らに手を出さないのは男たちの不文律だ。そしてその信仰を固く守るのが、常に危険と隣り合わせの兵士や冒険者で、この町の大半の男のことになる。



 昨晩から加わっていた大型魔獣討伐団の任務を完遂した俺は、疲労で重くなった身体を引き摺りながら真っすぐ神殿を目指す。


 いつもより歩く速度が遅いせいで、最近うるさく付きまとう女たちに囲まれてしまった。実力行使で、いくらでも振り切ることは出来るけれど、幼い頃に叩き込まれた紳士教育の知識が静止をかけて来る。なので、俺は鬱陶しく思う気持ちを前面に押し出して見せるのだが、女たちは全く動じる素振りも無い。


 頭上で小さな鳥が揶揄うみたいにひと鳴きすると、なかなか進めない俺を置いて、真っ直ぐに神殿の方向へ飛び去って行く。きっとガルシアに今の俺の状況を伝えるんだろう。


 鬱陶しい人垣に囲まれながら、やっとの思いで辿り着いた神殿の前にようやく待ち望んだ姿を捉えると、心臓がドクンと大きく跳ね、引き摺るほどに重かった身体に熱が回って疲れが吹き飛んだ。


 咲き乱れた、春の柔らかな色合いの花々に、中天に差し掛かる陽光が降り注ぐ。その中に、さっき俺の頭上を通り過ぎて行った小さな鳥と戯れながら、儚げで嫋やかな少女が語りかけている。


「あのね、年頃のヒトのお嬢さんは、その冷淡な様子も、クールで格好良いわぁ~~! なんて盛り上がっちゃうみたいよ?」

「ぢぢっぢちゅ ちゅぴぴっ ぴぴゅちちちぢゅ」

「目の付け所はいいと思うわ。だってテリーは町一番の腕前で、一番の稼ぎ頭なんだから」

「ぴーぴゅーぴぴ ちちぢっぢぢぢちち」

「それはナイショなのよ」


 鈴を鳴らすような愛らしく響く声に、緩む頬を隠しきれない。すぐにでもそばに行きたいけれど、もっと彼女の声を聴きたくて、邪魔をしない様そっと彼女の視界から逸れて近付く。


「何が内緒なの?」


 鳥との語らいがひと段落したのを見計らって声を掛けると、彼女は大慌てで振り返りながら1歩あとじさった。


「いつの間に背後に回ったの!?」

「ぼんやりしてるガルシアは、やっぱり俺がしっかり見てないとだめだね」


 凄い力を持っている彼女は、実はとてもうっかりしている。最初に出会った時も、混乱していた俺が手加減なしに彼女を攻撃してしまい、出来たキズを一瞬で治してしまった。ぐちゃぐちゃになっていた気持ちが一瞬で凪になるくらいの、物凄い魔法だった。けれど、それを強引に誤魔化そうとしているのは子供の俺でも見抜けるようなお粗末な様子で。


 心底あきれてしまうと同時に、凄くて、可愛らしくて、とてもうっかりしている彼女を、助けなきゃと強く思ったものだ。


「正直、勝てる気がしないわ……」


 年恰好もそう変わらないはずの彼女は、いつも年長者ぶって俺よりも上を行こうとする。町を探して旅をした時も、魔獣が現れた時も、俺よりも先へ行ってカタを付けようとする。だけれど、いつまでも被保護者扱いなんてしないでほしい。


 俺だって、自分よりも大切で、護りたい君のために随分と頑張って来たんだから。


「ガルシアを傷つける奴は、俺が排除するから問題ないよ。ね?」


 なんだか落ち込んだ様子のガルシアを安心させようと傍に寄り添って、微笑んで見せる。


 一緒に付いて来てしまった女たちが「きゃぁっ」と騒ぎつつ、彼女に胡乱な視線を向けるのが許せなくて、つい強めに睨み付けてしまった。俺の睨みは、魔獣相手でも威嚇として通用するから、向けられた方は随分恐ろしい思いをしただろう。事実、ひと睨みした後は、女たちは大人しく離れて行った。けど有象無象の女たちに怯えられたところで、ガルシアにさえ危害が無ければ気にしない。


 そんな薄情な気持ちが漏れてしまったのか、心優しいガルシアが頬を膨らませて、俺を下から睨み付ける。


「ちっがーう! 一番やばいのは、そう言うテリーだから!!」

「わかった、わかったよ。もぉ、ガルシアには叶わないなぁ」


 このうっかり者の彼女を護るためになら、どんな苦境を跳ね除けることだって苦にならない。


 すべてを失った俺が一番欲しかった言葉を、彼女がくれたから。


『一緒に』


そのひとことを、俺はずっと胸に抱き続けるだろう。

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