第14話 討伐隊参戦への険しい道! 一番の敵はやっぱり勇者


 テリーは、わたしの討伐隊参加を意外なほどあっさりと認めてくれた。


「だって、気になるんでしょ」


 床に転がった、あともう一息で取付完了だったドアノブを見ていた虚無の表情とは打って変わり、こちらに顔を向けたテリーはふわりと微笑んでいた。


「俺はガルシア専用で動くから」


 どうやら、わたしの討伐隊同行は認められ、テリーも参加するようだ。


 こんなにあっさりと話が通るとは思わなかったが、それはわたしだけの考えじゃなかったらしい。コワモテ髭面の大男が、目に見えてほっとした表情となった。その背後に立つ、落ち着いた熟女のはずの聖女長がぽっと頬を赤らめた意味は解らないが。「言われてみたいわ~」なんて聖女長の口元が微かに動いている。


 個人の裁量で活動するソロの冒険者は、自分の技量に見合った仕事を受け、成功すれば中間手数料マージン無しで全ての報酬を受け取れる。一獲千金を望める仕事だ。けれど、失敗すれば稼ぎは無く、運悪く死んだり、障害の残る怪我を負っても、それまでと諦めるしかない。領主に雇われた領兵らが、一定の俸給しか受け取れない代わりに、戦えなくなった時の保証を受けられるのと比較すれば、過酷な仕事だといえる。


 だから、ソロの冒険者として活動するテリーは、町を守る戦いに参加する義務なんてない。だからギルド長は彼に依頼するしかない。受けるかどうかはテリー次第だった。


 対してわたしが聖女として所属する神殿は王国の管轄組織だから、その王国の一部である領地を守るのは義務となる。とは言え、まだ成人していない「設定の」わたしを生死に関わる戦地へ連れて行くには、身内の承認が必要となるのだ。今の場合、わたしの身内はテリーだけなので、彼の承認が必須だ。と云うか、ギルド長も一目置くパルキリウス最強を謳われるテリーを、領主だって知らないわけは無いし、敵に回したくは無いだろう。だから、わたしたちの意志は最大限尊重される。


「よかった! 2人が加わってくれれば未来は明るい!!」


 ギルド長が、喜びもあらわに大股でテリーに近付き、手を差し出して握手をしようとする。けれど、テリーはそれを無視しつつ、素っ気なく「期待されても困る。俺が動くのはガルシアのためだけだ」なんて言っている。そしてわたしも期待されても困るのだ。


「言っておきますけど、わたしは攻撃魔法なんて使えないし、動物とお話しできるだけのか弱いイキモノですよ」


 破顔するギルド長には申し訳ないが、ヒト形態を保ったままで行使する攻撃の威力など微々たるものだ。かと言って、本来のわたしの攻撃は人前では見せられないし、なにより臆病なテリーに見られるわけにはいかない。とすれば、わたしはただの「お話し」だけが得意なヒトの娘だ。わたしに代わる「魔王」が現れたなら、対抗するには物凄く心もとない戦力なのだ。


 けれど、困惑するわたしをよそに、聖女長は「わかっておりますよ」と呟きながら、町の人たちが讃える聖母の微笑を向けて来る。


「ガルシアの『お話し』の能力はとても素晴らしいものです。あなたは隠している様だけれど、魔に憑かれた鳥や動物とも語り合うことが出来るでしょう? 謙遜しなくとも、私は聖女たちや町の人々から報告と一緒に感謝の言葉も受け取っています。何度も。町に迷い込んだそれらが、ガルシアの説得を受けて消えるところを見た、と」


 聖女長の善意の言葉に、わたしは背中を伝う冷たい汗が止まらない。どうやら気付かないうちに色々見られていたらしい。彼女はこちらの焦りに気付かず、滔々と語り続ける。


「能力をひけらかさず、奢らず、ひっそりと人々を護るあなたは、とても尊い聖女の中の聖女です。神殿のみんなも、ガルシアの奥ゆかしい性質を知っているから、知らぬふりをしているだけです。本当のあなたの凄さは、皆わかっておりますよ」


 祈りを捧げるように両手を胸の前で組んだ聖女長の言葉に、彼女の隣に立つギルド長もウンウンと頷く。彼女の言う『魔に憑かれた鳥や動物』とは、魔獣を指す神殿の者の言い方だ。瘴気との融合は『魔』に憑かれた結果だと思われているらしい。ならば瘴気の塊でしかないわたしは『魔』そのものと言うことになる。聖女だけど。


 それにしても、なんてことだ! こっそり魔獣を吸収したところを見られていたなんて! しかもテリーの前で暴露するなんて、臆病な彼が暴れ出したらどうしてくれる!?


 わたしの危惧をよそに、テリーはと言うと、片手を額に当てて「はぁー」と大きく溜息をついている。


「わたし、そんな凄いモノじゃないですよぉ。間違いじゃないですかー? きっと」


 怯えるわけじゃなかったテリーの反応にちょっとだけ安心しつつ、誤魔化しを試みる。ほんとテリーの前で止めて欲しい。それに、説得なんてしてない。偶然飛び込んできた魔獣は恰好のおやつだもの。追い返したりせず、美味しく吸収しちゃってるだけだから。


 あわあわと言い訳を更に続けようとしたところで、隣にやって来たテリーに片腕で頭を抱え込まれた。そして、そのままわたしの顔を引き寄せて、自分の胸に押し付ける。話そうとした言葉は途切れて「ぐぇ」って異音が喉から漏れたけど、おかまいなしだ。


「ガルシアのことは俺が一番よく分かってるから。参加は2人行動が条件だ。他の奴が傍に寄るのなら、俺はガルシアを連れてどこかへ行く。町には住ませてくれた義理もあるから守りはする。けど、俺にとって最重要はガルシアを護ることだ」


 なんだろう、テリーがとても我儘だけれど頼もしい。けど弱気なテリーがここまで言ってくれるのに、ずっと永く生きてるわたしが黙ってるのも情けないよね。


「わたしもっ! テリーと2人の方が都合がいいです。あんまりヒトが多いと、どんな巻き添えがあるか分かったものじゃないし。のびのびヤれるもの!」


 ガッチリわたしの頭をホールドするテリーの腕を引っぺがし、「むふん」と鼻息荒く宣言してみせる。

 どうだ!言ったぞ、と充実した気持ちのわたしに対し、テリーは再びわたしの頭を抱え込み、今度は腕に力を加えて自分の背後に回そうとする。


「テリー、頭がもげるわ!」


 ゴルディア峡谷の大熊魔獣並みの筋力がありそうだ。こんな馬鹿力でヒト型の華奢な頭を引っ張られたら、本気でまずい。


「あらあら、お兄さんは相変わらずガルシアいもうと想いね」

「想いって言うか、重いタイプだな」


 わたしの鬼気迫る抵抗に気付いていないのか、聖女長とギルド長は苦笑混じりの言葉を掛けて来る。そんな悠長な場面じゃない、靄で出来てるわたしの首は限界が近いから!


「出立は明日。日の出の刻限に町の障壁の『樹海門』前だ」


 ギルド長がそう告げると、2人は話は終わりとばかりに、そそくさと家を出て行った。


 一方こちらは、まだ終わってはいない。テリーは、わたしを2人から隠すように、頭を抱えたまま背後にひねった格好で静止している。「よかった、下手に誰か近くにいるとショウタイが知れる危険が」などと「小隊」の言葉を出しつつブツブツ呟き、討伐へ思いを馳せているみたいだ。つまり、抱え込み攻撃は続いている。


「テリー! も・まずいって、もげ――」


「「あ」」


 一瞬、とれたけど。すぐにくっ付けた。



 ――気付かれてないよね?

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