第8話 いつか勇者になる少年 ★テリー、天使との邂逅
「容赦ないな。食う訳でもないのに倒すなんて……」
やっとのことで命の危機を脱したぼくに、信じられない言葉が掛けられた。倒さなければ食われる、ギリギリの抵抗だったぼくを責める言葉だ。とうてい同じ『ヒト』の言葉とは思えない。
けど、言った相手を見たぼくは、納得した。彼女は『ヒト』じゃない。本能的にそう感じた。
彼女は、絹糸みたいに繊細で、綿あめみたいにふわふわした、太陽の光みたいな眩しい黄金色の髪をしていた。瞳は空を映した碧眼だ。どんな令嬢よりもきめ細やかで、きれいな白い肌まで持っている人間離れした美しい姿を、ぼくは礼拝堂の天井画で見たことがある。
「てっ……てんし、さまっ……」
宗教画だけの存在だと思っていたけど、本当にいたんだ!? だけど、天使さまは正しい行いをして死んだ人を案内するって聞いたよ!? ぼくは死んでいないし、連れていかれるわけにはいかないから!
だって気付いたんだ。騎士たちが、王子の僕をこんな森に置き去りにして、殺すなんて命令にしたがう相手なんて、一人しかいない。ぼく以外の、王に成り代わる権威をもつ人間の命令だ。色んな嘘で、ぼくを追い落としたアイツだ!! そんな悪いやつをそのままにして、天使様に連れて行かれるわけにはいかない。
「ぼく、は、いかないんだからっ!!」
必死で叫ぶと、天使様はなんだか不機嫌な顔でじっとみつめてきた。それから訳の分からないことを呟いたと思ったら、急に何か思いついたみたいにニヤリと笑い掛けて来る。その顔が、あまりに天使様らしくない、人間くさい表情で、ぼくは混乱した。
ぼっ
混乱したまま棒を振り回してしまったぼくの一撃が、天使様のきれいな額を打った。
手応えはなかったけど、ちゃんと当たったところは見ていた。戦闘中は相手のささいな動きからも目を放すことなんてない。だから、間違いなく彼女を打った。なにも悪いことをしていない、武装もしていない、ただの女の子の姿の天使様に、ぼくが攻撃をしてしまった!!
しかも、彼女の頭は跡形もなく消し飛んだんだ。それなのに、瞬きする間も無くもとに戻った。
「あたまがっ!!! うわぁぁぁっ、無くなったのに、なくなってないぃぃぃっ!!」
混乱しているところに、さらに信じられないことが起こって、ぼくは久しぶりに困惑のままわめいた。父上にいつも「人前では常に冷静さを忘れるな」って言われてたけど、ムリだよ! だって、そもそもヒトじゃないよね!?
「きっ……気のせいじゃないかなぁぁあ? わたしはこの通り何も変わってないし。何も起こってないんじゃないかなぁ?」
けど、彼女の焦った言葉や顔はヒトらしすぎる。ひきつった笑顔でパタパタ両腕をふりまわす子供じみた動きは、どこか可愛らしい。
愛らしく慌てる動きを見せていた彼女が、ふいに静止した。「かいじゅう」「しこう」なんて難しい言葉をブツブツ良いながら、いかにも悪巧みしてそうに、ニヤリと笑ってる。これ、多分本人は気付いていないんだろうな。絶対に悪人にはなれないやつだ。
分かりやすすぎて、逆にほほえましい悪巧みの様子をじっと観察してみた。すると、こちらの視線に全く気付いていない彼女が、満面の笑顔をぼくに向けてくる。よっぽど自信のある企みが出来たのかな、って期待して待ち構える。
「わたしは『てんしさま』じゃないけど、助けられるよ」
「ぼく、を、助けてくれるの?」
意外な悪巧みだった。けど、なにか企んでいるって分かってるのに、嬉しい。
混乱と、好意がまじって、なんだか彼女が気になり始めたぼくに、彼女が小首をかしげる。
「そう。峡谷は魔獣がたくさんいるから、襲われない離れた場所に行こ? 一緒に」
「いっしょ、に……」
ヒトじゃない彼女。けど、とっても可愛らしい彼女。何もなくなったぼくに「一緒に」って言ってくれる、唯一の彼女。
「ありがとう!!」
ことわる理由なんてない。冷静に取り繕うのに、また失敗したなと思いつつ、ぼくは弾んだ声で答えていた。
「これから一緒だね」
ぼくの答えに、彼女も嬉しそうに微笑みを浮かべる。
気付けば、ぼくは父上の亡くなった後、初めての笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます