第7話 いつか勇者になる少年 ★テリー、森に捨てられる


 突然、父上が亡くなった。


 いつも通り、ともに朝食を摂っている席で、突然胸を押さえてそれきりだった。使用人や、疎遠になっていた叔父上が現れて大騒ぎになっていたけれど、ぼくはワケも分からずオロオロしていた。


 そんな臆病で頼りない、ぼくの態度が悪かったんだろう。叔父上がぼくを強い口調と難しい言葉で責め立てた。それからは、あっという間にぼくのまわりから色んなものが無くなり、勉強を教えてくれる人も、世話をしてくれる人までも、1人のこらず居なくなってしまった。


 そのころには、ぼくの部屋は暗くて寒くて、なんにも物がない場所にかわっていた。


 母上はとうに亡くなっている。お兄様や、お姉様と呼べる者もいない。一人きりになってしまった、まだ8歳のぼくは途方にくれた。






 どうしてそこに居ることになったのか、理由は覚えてない。


 硬くて冷たい金属の扉のスキマから、いつものように差し入れられた硬いパンと、つめたいスープを食べたところまでは覚えている。けど、急に眠くなって気付いたら、ぼくの居る場所が変わっていたんだ。ガサガサでシミだらけの壁に囲まれた部屋じゃなく、木でできた粗末で小さな馬車ものの中だった。体中が痛かったけど、その理由はすぐにわかった。ぼくの乗った馬車は横倒しになっているし、外からは男の人たちの怒声と、獣の唸り声が聞こえて来るから。


 鉄格子がはめられた窓の付いた扉は、馬車が獣に襲われたときに壊れてしまったみたいで、大きく傾いた先に暗い森の景色が見えていた。


 理解できないことだらけで、あのときみたいにオロオロしていたぼくだったけど、獣と戦う男の人たちの途切れ途切れの声に、ぼくは体中が一気に冷えた。


「このまま捨てて行くぞ!! 殺して来いとの仰せだったが、この状況だ、間違いなく同じ結果になる。殺してから魔獣に食われるか、生きたまま魔獣に食われるかの差だけだ」

「子供ひとり、あっという間に食い尽くされるぞ! 俺たちは奴らの餌のあるうちに逃げるぞ! 退避! 退避―――!!」 


 壊れた扉の隙間から見えるのは、口々に叫びながらこちらに背中を向けて去って行こうとする騎馬の兵士。さらには、追いすがる馭者に剣を振り下ろし、見たことも無い獣の方へ蹴り飛ばす兵士の姿。


 だめだ!! ぼくもオロオロしていたら、こんな恐ろしいことをする悪い奴らの好きにされてしまう! そしたらぼくは、父上との約束が守れなくなってしまうんだ。父上がいつも言ってた「清廉であれ」って約束を。


 難しい言葉で、意味が分からないぼくに「悪いことをゆるさない、キレイな心を持ち続けようとすることだよ」って教えてくれたんだ。だから、ぼくは悪い奴らの望み通りにしないため、ここに留まるわけにはいかない!!


「ガウッ」


 馬車からそっと抜け出したぼくの背後から、鋭い鳴き声が聞こえた。その声に応えたみたいに、幾つもの獣の足音がぼくのまわりを取り囲む。


 狩られる恐怖に、足がすくみそうになった。けどぼくはオロオロしないって決めたんだ! 足元に落ちていた長い棒を拾って、必死に振り回せば、剣ほどの力は無くても獣を遠ざけることが出来た。それでも、ぼくのまわりに集まっていた6頭の見たこともない獣は、何度追い払ってもしつこく追い掛けてきて、噛み付こうとする。


 どれだけ時間がたったか分からないくらい走り続け、棒を振り回し、森の中をひたすら逃げ回った。頭はぼんやりしていたけど「悪いやつらの思い通りにしてたまるか」「食われてたまるか」と心の中で繰り返すのは止めなかった。


 遠くから、大人の男の叫び声が聞こえた。走りながら、その姿を見付けることもあったけど、そのころには、あちこちに転がる兵士たちは地面に赤黒い血溜まりに倒れて動かなくなっていた。


 ぼくは、6頭の獣に追いかけられ続けた。夜通し駆けに駆け、近付いてきた獣を棒切れで打ち据えては遠ざけた。なぜか獣の現れない陽の高いうちは、気を失ったように短い眠りに就き、起きてはまた駆ける。そんな事を何度か繰り返しているうちに、獣の1頭を倒すことが出来た。


 けれど、残る5頭はあきらめることなくぼくを追い続けて来る。だからぼくは生きるために必死で戦い――ついに、最後の1頭を倒した!!

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