第8話 署内にて

  高山市内に入ったのは14時頃を回っていた。

  捜査本部のある高山警察署に挨拶を終えて情報提供を受けたものの、捜査は依然として犯人の目星を付けることができずにいた。警察は旧態依然としているようで人間の犯人を追い求めている雰囲気が感じられた。もちろん、彼らからは妖精のことはそちらにお任せしますとも受け取れる回答もあり、それに仁科は満足して大いに頷いていた。

 法律制定後、妖精に対しての取締りを行うと必然的に妖精人権センターという市民団体よりメンドクサイクレームが入ることも多くなった。警察としては只でさえ正常と異常の双方の市民団体から指摘より難癖までを処理しなければならないから、新たな火種は御免被りたいと言った感じもある。


 人間の対応は人間が、妖精の対応は妖精が、と役割分担をして卑弥呼が高山警察署の中を自由に飛び回り、署内で働いている妖精達からこっそりと人間に見えない位置で話を聞き回っていた。


「こんにちは、サトリの卑弥呼です、ちょっと教えてください…」


 妖精語でそう話しかけてはヘッドセットを外させたり、電源を切らせたりして廊下の端でコソコソと話を聞いてゆく、署内の噂から周辺の治安事情まで、業務に関わっている妖精達は人間をしっかりと見ているし、書類内容を覚えていることも多い、もちろん話せない内容は難しいが、妖精同士であれば意外と会話は弾んでいく。


 各課の妖精達を順番に尋ねて、最後に刑事課と生活安全課にちょうどいた妖精を手招きして彼女たちを呼び寄せた。

 

「そういえば最近、妖精の保護を求める通報があったわよ」


 刑事課所属の妖精が思い出したように言った。


「ああ、あったわね。確かパトカーと妖精局保護課が現場に行ったけど誰も居なかったってやつでしょ?」


 生活安全課の妖精もそう相槌をする。高山署は生活安全課と刑事課は隣通しで仕切りもないから、相互にツーカーの中だろうと卑弥呼は思った。


「そんなことが…。念のため、いつ頃の話なのかしら?」


「確か今捜査している殺人事件の2つ目が起きてから数日過ぎた土曜日の話よ。妖精が関わってるって言われて、夜勤の私も現場へ臨場することになったの、妖精局にも通報はしたけど現着が遅くなるから対応を願いたいって言われたのよね」


「それは、ごめんなさい。妖精保護課にはカチコミ入れておくわ、で、現場に妖精はいなかったの?」

 

 少し批判めいた口調に申し訳ないと謝る素振りを入れ、さらに話を続けてもらうように促していく。


「ええ、居なかったのよ。山間のダム湖畔にある公園なんだけど、事件の影響で防犯のために湖畔の街路灯も点灯されていたから危なくない範囲で飛んで見廻ってみたのだけど影も形もなかったわ。鳥かなんかと見間違えたのかもと考えて、一緒に行った巡査から通報者に聞いてもらったら間違いないって言われて、証拠の妖精の映った動画を見せて貰えたわ」


「確かに飛んではいたのね…、でも、山間部で夜間に飛ぶ妖精なんて命知らずもいいところよね…」


 妖精は飛べる、これは間違いないことだが、実際、外で飛行をする場合には制約が多いのが現実だ。30センチほどの妖精にとっては、空は危険地帯である。鳥類などの野生動物、ドローンや航空機、また、高圧電線や鉄塔など、上げればキリがない。速度は出せても気候や風力そして気圧によって変化するし、それに羽を制御しているのは生身の身体なのだ。

 

 特に夜の山間部が怖いと卑弥呼が言ったのは、妖精の天敵とも言えるフクロウの活動時間だからである。


「あの凄く気味悪かった動画でしょ?」


 生活安全課の妖精が両手をブラブラさせて幽霊のような仕草を見せる。


「そうそう、気味悪かったわよね、怖くて2回目は一緒に見てもらったのよね」


 刑事課の妖精が羽を震わせて体をブルっと震わせる。


「どういうこと?」


「映像には妖精が何かを喋っている音声が入ってるように思えて念のために情報提供をして貰ったの。解読しようと所のパソコンで見たのだけど良く分からなかったのよね。でも、その妖精の姿がお化けみたいで、気味悪いというより、不気味だった。あ、映像は保存されてるから見てみる?」


「是非見たいわ、あ、相棒も呼んでいいかしら?」


「人間さん?構わないわよ、その奥の椅子で待ってて、タブレット持ってくるから」


「私はパス、あれ気持ち悪いし、それにもう課に戻らないと。もし何かわかったら私も連絡するわね」


「ありがとう、お願いします」


 刑事課の妖精はタブレットを取り飛んで行き、生活安全課の妖精はそう言って課から手招きをしている巡査の元へと飛んでいった。

 

「仁科、聞こえる?」


「すみません、ちょっと通信が来まして。はいはい、仁科ですが今の話は興味が沸くね」


 捜査本部で会話中だったと思われる仁科が中座して応答してくる。どうやら卑弥呼たちの会話も聞きながら、捜査本部の人達とも話をしていたらしい。毎度毎度と厭らしい仁科の癖だと卑弥呼は呆れかえった。


「盗み聞きかしら、毎度毎度、ド変態の所業ね」


「そっちがマイク入れっぱなしだっただろ、でも、色々聞いてくれてありがとう。すぐに向かうよ」


「そっちはいいの?」


「うん、まぁ、羽については収穫はなかったかな」


「あら、そうなんだ。もう少し楽しんでくればいいんじゃないかしら?妖精でも見ることできるのよ?なんなら感想だけでもお聞かせするわ」


「結構、すぐに行く」


「はいはい、待ってます。刑事課の近くにあるソファーあたりに居るわ」


 通信を終えて刑事課近くの自販機前にあるソファーの背もたれへと卑弥呼が腰を下ろしたときのことだった。


「おい、妖精、お茶」


 実に古風な響きが聞こえてきた。まったくもって意味が分からずその発言元の人間が立っている方向へと顔を向けると、人相が悪く坊主頭で警察制服を着た男の両目が卑弥呼をじっと見つめていた。


「この署の方?」


「なんだ、お前…、ああ、サトリか」


 卑弥呼の制服でようやく分かったようで、中年男性は興味を失ったように視線を外した。その脇を先ほどの刑事課配属の妖精がタブレットを持ちながらこちらへと向かってくるが、突然進むのを止めて飛び止まり、その中年男性に声を掛けた。


「あ、吉原課長」


「あずさか、なんだ、タブレットなんぞ持ち出して、あ、あとお茶な」


「お茶は了解です、タブレットは映像を見て頂こうと思いまして、上杉さんの許可は貰ってます」


 ちらっと視線の先には少し軽そうな感じの細身の刑事が1人、スマホで誰かと楽しそうに話しながら書類を眺めている姿が見えた。


「ったく、上杉の野郎はサトリの相手も務まらねぇのか。まぁ、いい。見せるのは例の動画だろ?、俺も一緒に見てやるよ」


 卑弥呼の隣のソファーに腰かけた吉原刑事課長がタブレットを受け取り、タッチパネルを手慣れたように操作していく。


「いい人なんですよ、吉原課長」


 隣の席へと飛んできた刑事課のあずさと呼ばれた妖精がそう言って嬉しそうに笑った。


「そうなの?お茶なんて頼んでくる人間はドラマ以外で見たのは初めてよ、サトリでやったら検挙もんだわ」


「ふふ、みんなそう言うの、でもね。法律施行前から私達が色々とこき使われていたり、怒鳴り散らされて当たられた時もね、その途中で、いきなり大声で「おい妖精、お茶」の文句で呼んでくれて助けてくれたの。私達と話せるようになってからは親身になってくれるし、ケガをして廃棄されそうになった妖精を保護して奥さんと共に自宅で一緒に暮らしてるのよ」


「正義の人みたいね」


 妖精達の間で正義の人とあだ名される人がいる。違憲判決を出して妖精に道を切り開いてくれた最高裁判所裁判官のことだ。妖精達はその人を名前で呼ばず、敬意を込めて正義の人と称していた。


「ふふ、そうですね。今だってきっと私に重たいタブレットを持たせたくなかったんですよ。誤解されやすいですけど、ああんな性格の人なんですよ」


「あずさ、なにをぶつぶつ言ってる?それよりもこのデータの中に入ってたよな?」


「課長、壊さないでくださいね。今見に行きますから」


 慌てて飛んでむかっていったあずさが直ぐに画面を見て真っ青な顔で何か指摘をした、すると吉原課長の指先が慌ただしくタッチパネルを駆け巡っていく。それを見て不安になった卑弥呼だったが、ふと妙な気配に気がついて視線を折り返し階段の方へと向けたのだった。

 

 真っ赤な目をした妖精が1人、こちらを妙な視線で覗き込んでいる。


「え?」


 驚きのあまり卑弥呼の視線が釘付けになった。

 視線に気がついたのだろうか、その妖精もまた卑弥呼に視線を向ける、やがて互いの視線が交わると、互いに相手が敵だと同族ではない認識した。黒目のない真っ赤なだけの眼をした妖精、まるで絵物語から抜け出してきた悪魔の手先のようなガーネットのような瞳を持つ妖精が無表情で卑弥呼を捉えている。


「動くな!」


 そう言い放ち腰に装備している妖精専用の特殊警棒を引き抜いた卑弥呼が体を丸めて力むと座席を両足で蹴り上げる。羽と体を水平に合わせると弾丸のように目標に向かって一直線に飛んだ。今の妖精にはあのような特殊な目をした妖精は存在しない、国内でもそのような妖精の登録はされていない人間とそっくりの作りをした妖精しか存在していないのだ。


「大人しく縛につけ!」


 特殊警棒を振り上げて相手の直前で高度を上げて飛び上がると一気に標的へ降下していく。

 妖精剣術の相手を一撃で地面へと落としていく技の1つで重力と体重とを合わせて盛大に叩きつけようとするが、相手の妖精にも素早い動きがでた。同じような形状の妖精用特殊警棒を持っておりその一撃を受け流して交わした。


「‥‥‥」


 妖精語ではない独特な言葉とも音とも聞こえる声に卑弥呼は驚いた。間違いなく同族の部類でない妖精であることは確かであった。


「てめぇ!」


 受け流された反動のままに体を捻り回転を掛ける、そして羽を煽って遠心力を使い体勢を整えると再度、上昇して特殊警棒を相手へと撃ちつける。だが、これも先読みをされたかのように受け止められた。相当な訓練を積んだ相手であることは確かだ。


「畜生!もう一発!」


「まったく、ソレ振るってるとチンピラ並みに質が悪いんだもんなぁ。ストライク用意よし」


 ヘッドセットのスピーカーから仁科のやんわりとした嫌味と訓練時に聞きなれたコードが聞こえてきた。

 卑弥呼の体はそれに素早く反応する。鍔迫り合いのようになった状態から相手を力づくで押し出すと駄目押しに蹴りを叩き込んで後ろへと押しやった。もちろん卑弥呼も相手の妖精から遠ざかるために後ろへと下がる。


 次の瞬間、ボン!、と大きな音が階段に響く、相手の妖精を小さなネットが包み込み、網の部分がエアバックのように全体的に膨らむ、そしてボールのように地面へと落ちては跳ねて、腰の拳銃を引き抜いて卑弥呼へと構えていた吉原課長の足元へと転がっていった。

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