第56話 帰路

「そうですか、それで黒竜……レイリィはリラ殿とディレにしか懐かないと」


 不満そうにリラを見送ったアルバーンに、事の話をするのと共に、レイリィを飼う事を伝えるために、リラとディレは再びリセッタのいる術師寮の病室を訪れていた。


「……みたいです。ドルンクさんには相変わらず怯えていましたし」


 リラが肩に乗る黒い塊をつつく。「きゅうん?」と不思議そうに首を傾げるレイリィ、ディレはそれを持ち上げて撫でながらリセッタに近づける。


「きゅうう……?」


 怯えてはいないものの、それ以上興味を示さない。リセッタが手を近づけると、ディレの手から急いで抜け出すと、小さな翼を羽ばたかせてリラの髪に潜ってしまった。


「……私はそもそも動物にあまり好かれませんので……気にしていません。それに。シャルティがいますし」


 悲しそうな表情を隠すように、窓の外を見つめる。身体を預けている白のベッドは、それを慰めるように軋んだ。

 彼女の愛馬シャルティは、リセッタ以外になつかない。二人は幼少の頃からの付き合いらしい。


「安心しろリセッタ、どうやら僕も好かれていないみたいだからな」


 部屋の隅で剣を磨いていたアルバーンがリセッタに言葉をかける。「好かれていない」とは、かなり表現が優しくなったものだ。

 アルバーンは、リラがノックをした際にドアを開けたのだが、レイリィは彼をみた途端、ディレの頭にしがみ付いてしまった。実を言うと、部屋へ向かう途中の誰よりも酷い反応だった。


「アル……」


 憐れむような視線をリラが向けるので、アルバーンは余計に凹む。

 しかし、ディレはそれ以上に、驚いていた。

 リセッタとアルバーンは、リラの選択に対して何一つ問わなかった。

 リラが語った話に「そうですか」と頷くだけだった。


「そんな目で見ないでくれ……そうだ、リラ、明日任務を預かった。これは騎士団と術師団双方の代表が行くことになっている」


 磨いていた剣を鞘に収めて、かけていた椅子から立ち上がる。

 リセッタが悔しそうに顔を俯けるが、仕方ない。怪我人を連れて行くほど騎士団は甘くない。


「レネゲイズに向かう。君にとっていい話だ」

「……村に?」

「陛下が彼らに計らいをと。いきなり君を連れ出してしまったからな、積もる話もあるだろう」


 リラの住んでいた村、彼女が幼い頃に逃げ込んだ、溢れ者の暮らす場所。

 なぜ『レネゲイズ背教者』と呼ばれているのか、それは王国の宗教に関連している。

 かつて世界に命を与えたろされる『女神ゼリア』。王国が魔法王国とよばれる所以でもあるその偉大な存在を崇めるゼリアス教。王国の民はその大半がゼリアス教徒であり、それが広く一般かしている。


 しかし、中には無宗教や、彼ら独自の神を信じる人々がいる。

 レネゲイズは、そのほんの一端だ。

 怪物の巣食う森の奥へと追いやられた彼らは、日々怯えて過ごしていたが、リラが来てからは結界でその心配はなくなっていた。

 それ故に、より孤立してしまったとも言える。


「皆んな大丈夫かな……」


 胸元をギュッと掴み、第二の故郷に思い馳せるリラ。

 あの場所はあの人の遺跡からも近く、あまりモンスターは湧かない。しかし、外から侵入してきた者にはどうしようもない。


「大丈夫だ、あの村には数人の騎士を置いて来ている。定期報告も問題ない」

「……よかった。うん、わかった。ありがとう」

「きゅぅぅうん?」


 髪から顔を覗かせたレイリィが、ペロっとリラの首すじを舐めた。


「ひゃッ!? ちょっとリィー! あ、ちょっと! くすぐったいって!」


 戯れ合う二人をディレは見守り、リセッタとアルバーンは微笑みながら視線を交わす。


「……騎士団長、任せました」

「ああ、今回は危険はないはずだが、わかった」








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呪術師リラと自動人形 夜風 @Lugne

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