第55話 異色の三姉妹
「竜と共存できる、そんな可能性です」
国王、それにリラとディレ、そして、おそらく聞こえているであろう衛兵や、控えているはずの側近。
二人以外の誰もが、一度耳を疑う。そして、その声色に戦慄する。
彼女は本気だと。
ぽっと出の、今まで忌み嫌われていたはずの少女が、国王を前にして、とんでもないことを言って見せる。
その顔は、妙に清々しく、そして活き活きとしている。
「未来が不安なら、心配ありません、私の頼もしい守護神で、陛下の騎士には、『竜斬りのヴェイン』が持っていた、魔剣ドリムを元にして作った鎌があります」
そのリラに応えて、ディレは立ち上がる。
自身が背負っていた鎌を抜き、その刃を国王に見せる。
紅黒の輝きが、玉座の間を眩しく照らす。
「鎌、ララバイ……こっちが」
一回り得物を見せびらかすと、ディレは刀身の根本を回して、鎌を大太刀に切り替える。柄だった鞘から現れたのは、やはり紅黒の、しかし鎌よりも鋭い雰囲気を纏った刀身。
「ナイトメア……黒竜を斬ったこともある」
そう、何を隠そう、フランケルの乗り移った黒竜を刻んだのは、紛れもなくディレのこの大太刀だ。
純血晶と魔剣ドリムが親にして、その両刃をも上回る切れ味。
神匠すらをも驚愕させた、
「そなたに、自身が育てた黒竜を、いつか切らねばならないときが訪れるやもして、その覚悟はあるのか?」
「わかりません、覚悟なんて、ありません。———けれど、確信はあります、もうお祖父様のような過ちは犯さない、その確信が」
人々にとって不安要素であり、無作為に襲ってくるモンスターではなく、ある程度の知能を携えた
それをただの都合で殺すのなら、それは命を弄ぶフランケルと変わらない。
だからこそ、リラは訴える。
「……一つ、約束をして欲しい」
「はい」
「竜が健やかに育ったその暁には」
「……?」
「儂も背中に乗せてくれぬか?」
◇◇◇
国王との交渉が終わり、リラとディレは結果を伝えに看守長の執務室まで来ていた。
本来なら冷たい空気が流れるはずのその空間も、今だけは朗らかな風が吹いていた。
「……はははっそりゃあいい交渉になったじゃないですか」
「……それはそうかもしれませんけど、何というか、正直拍子抜けで」
そう、国王がリラに出した条件、それは、最悪の際の竜の討伐や、リラへの足枷などではなかった。
確かに、大変な条件を突きつけられるるよりは、よっぽどマシなのだが、それでもリラは納得がいっていなかった。
怪物を飼う。
異例の事態、それを、あんな簡単なことで済ませてしまっていいのか?
そんな不満のような感情が、リラから溢れ出している。
ディレはこういうとき、何といえばいいのか、相変わらず自身の薄い辞書を嘆いた。
それを知ってか知らずか、ドルンクが白い歯を見せて言う。
「まあまあ、本来陛下はああいう人なんですよ。それに、そんな甘々な条件で貴女に任せたってことは、それほど信頼なされているといいうことですよ」
「……そうでしょうか?」
自身なさげに、上目遣いでドルンクを見るリラ、おそらく無意識なのだろうが、ディレは何となく嫉妬して、ドルンクを睨む。
「怖いですよフィリア殿、私は別に何も思いませんよ、ちょっとグラっとこなかったといえば嘘にはなりますけど、嫁にドヤされますんで」
そう言って、左手に光る指輪を見せる。銀色に光るシンプルなそれは、幸福と永遠の象徴であり、同時に枷でもある。
とはいえ、これほど幸せな枷もそうないだろう。
などという、一般的な知識が抜け落ちているディレは、どういった意味でその装飾品を見せられたのか理解していなかった。
ディレが思ったのは、「グラっときた」というその一言についてだけだ。
リラの魅力に惹かれたのは大いに喜ばしいが、それを知るのは少ない方がいい。
かといって、リラのあの破壊力に、何も思わないのもそれはそれで苛立ちを覚える。
結局、ディレのわがままなだけだが。
「それはそうと団長さん、コイツ触ってやってくださいよ」
そうずいっとテーブルを滑らせたのは、黒竜が入った鳥籠、改めて竜籠だ。
「きゅうん」と怯えるように鳴いた黒竜、それに何故か、ディレの耳がピクンと反応する。
「今……ですか?」
「別にいいんですけど、いつ触るんです? 一応調教するってことになるんすから、いずれ籠から出すわけですし」
肩を竦ませてドルンクは戯けて見せる。
その視線は怯える黒竜に向けられて、リラを促す。
ディレも一緒になって見つめていると、渋々といった様子で、リラは籠に手を伸ばした。
「……っ」
恐る恐る、と言ったように、籠に指を入れる。異物の侵入に竜の雛はいっそう翼を縮めてリラから後ずさる。
逃れられない指先を見つめて、黒竜が顔を上げる。威嚇、と言うには頼りなさすぎる最後の抵抗虚しく、リラの指先は黒竜の鼻先まで到達する。
「……きゅう?」
すると、怯えとは別の鳴き方をした黒竜が、身体を持ち上げた。
「え……」
リラが怯む、雛はスンスンと鼻をヒクつかせて、今度はリラの指先を追い始める。
いつの間にか立場が逆転し、驚いたリラは指を引っ込める。
が、間に合わなかった。
「きゅうぅぅん」
「あ……」
思わずディレも声を漏らす。とはいえ、それも仕方ないだろう。
今の今まで怯え切っていた雛が、指に頬擦りをするのだから。
「お……? 団長、貴女、何者ですか? コイツ懐きましたぜ?」
「え……? え?!」
「な……」
頬擦りどころか指を舐め始めた黒竜に、ディレは言葉を失う。ありえない、あそこまで怯え、全てを嫌っているかのような視線を向けていたというのに。
リラの匂いを嗅いだ途端、この通りだ。
「ちょ、ちょっと……くすぐったいって……」
「きゅうぅぅうん!」
先ほどまでとは大違いの態度で、リラに甘える黒竜。
一体どんな心境の変化があれば、あそこまで手のひらを返せるのか。
舐めるなど、ディレですらしたことがないのに、あんな小さい動物に先を越されるなどとは。
いや、違うそうじゃない、自分は何を……
「まあ、貴女が規格外なのは十分承知してますんで、今更ですけど。それで、名前はどうするんですか?」
「名前?」
「はい、その黒竜のです」
「確かに」と呟いて、黒竜を見つめる。
そういえばそうだ、いつまでも「黒竜」や、「この子」と呼んでいてはわかりにくい。
ディレにでさえ、名前はある。
「クロ……とか?」
「そのまんまですね」
「ポチ?」
「犬じゃないんですから!」
「シュバルツ?」
「意味が変わってない!」
熟考(?)するリラが提案する名前を、ことごとくドルンクが否定していく。
とはいえ、流石のディレもこれには賛成だった。
まさか、ここまで名付けのセンスがないとは。
「……レイリィ」
ぼそっと、そんな名前を言ってみる。完全に自分とリラの名を足して割っただけの単純な名前。
犬の名前しか浮かばないリラの方向修正になればいいと思ったが、
「え……いい! ディレ、それにしてもいい?」
「団長さんより数倍はマシですね」
「……ん」
首肯して了承する、まさか自分の即興で決まるとは思わなかったが、リラがいいのならそれはディレの意志と変わらない。
頷くのは当然だ。
「リラ殿に、ディレクタ殿、それにレイリィ嬢か、いい三姉妹じゃあないですか」
「え……?」
うんうんと頷くドルンクに、不覚ながらもディレも賛同する。しかし、それに疑問符を浮かべたリラは、二人を交互に見て、硬直する。
「え、この子、女の子なの!?」
まるで雷でも落ちたような衝撃の色を浮かべるリラ、やはり二人を交互に見て、最後に黒竜、改めレイリィを見つめる。
疑うような視線を向けるリラに、ドルンクが籠をひょいと傾ける。
コテンと可愛らしく転げた黒竜の股が顕になり、その性別を物語る。
「ないですよね?」
「見せなくていいですよッ!」
今日一番のショックを受けたリラが、その後再確認をし倒したのは言うまでもなかった。
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