第54話 共存

「陛下、ノクトルナ術師団長がお話があると申しておりますが」

「そうか、通せ」

「はっ」


 ドアの向こう側でそんな会話が聞こえて、目の前の大きな扉が開く。両脇に立つ衛兵が、居住まいを正して一礼した。


「ディレ、いくよ」

「……ん」


 ドアの開く風圧で、ローブの裾をはためかせたリラは、怯むことなく玉座の間へと足を踏み入れる。

 修復された天井は、応急処置の石材などで間に合わせのような出来栄えだが、そのうち本来の材質で再修復がなされるだろう。


 そんなあの日の余韻が残る部屋で、王は表情を和らげて口を開いた。


「どうした、ノクトルナよ」

「お話があって参りました」


 玉座の前まで歩いた二人は、その場に跪き、頭を垂れる。

 作法は幼い頃から教え込まれていたただろう、リラにとっては至極簡単なことだが、ディレにはこれが存外難しかった。

 ふとした時に、忘れそうになる。騎士団の敬礼ですら、まともに染み付いていなかった。


「黒竜のことは聞いておいででしょうか?」


 言外に面を上げろと伝えられたリラは、顔を上げて問うた。

 それに少しだけ目を見開いた国王が、食い気味に身を乗り出す。


「看守長から聞いたのか……ああ、聞いている。ちょうど、儂もそなたに問おうと思っていた。———それで、考えは?」


 当然といえば当然、王城をボロボロにした黒竜、その雛が地下に放られていたというのに、報告をしないのは処罰ものだ。

 それに頷きこそすれ、驚かなかったリラは続ける。


「……あの子のことは、私に任せていただけないでしょうか? 親が悪というだけで、散らせる命ではないはずです」


 面を上げることを許されていないディレも、思わず顔を上げて国王を見る。

 二人の少女の視線で訴えられた国王は、それが決め手か、或いは思うところがあるのか、握っていた杖を軽く撫でると、国王は目を瞑る。


「そなたに任せたとして、その竜が再び脅威になることはないと、保証できるのか?」

「いいえ」

「そなたの知識は儂も認めるところだが、怪物を飼えると、そう言うのか?」

「……わかりません」


 国王の真意を確かめる問いに、リラは首を振るばかり、それにディレは不安を覚えて隣で光る濃紺の瞳を見つめる。

 しかし、その光は曇ることなく国王を射抜いている。


「あの黒竜が、であることは承知しています。かつて、この国を滅ぼしかけたのが竜だと言うことも。……だからこそ、可能性を消したくないんです」

「可能性……?」


「竜と共存できる、そんな可能性です」


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