第2話 探索者組合

 ダンジョン。


 数十年前に突如として世界各地の様々な場所に現れたそれは、詳しいことはいまだに解明されていない。現状だと一応、研究者の間では「この世界とは違う場所にある、いわゆる異界のようなものではないか」という仮説が一つの定説として流れはじめている程度。

 基本的には地面に穴が開くような形でその入り口があるものの、しかしその中の環境は多種多様、入ったダンジョンによって全く異なるものとなっている。

 ある場所は洞窟、またある場所は草原、あるいは別のところでは山岳や海──確かに地中に降りたにも関わらず、太陽や月が昇ることすら多々あるため、これはもう全く違う法則の働く世界なのではないか、というのが前述した仮説の根拠となっている。

 そんな、場所によってさまざまなダンジョンではあるが、それらに共通しているものがある。

 その一つが、人類に対して敵対的な生物──モンスターの存在だ。

 神話や伝説に登場するような怪物や、あるいは漫画やゲームなんかで見たことのあるような化け物、大きさも姿かたちも様々なそれら。様々な種類がいるモンスターであるが、その全てが共通してダンジョンに侵入した人間に対して確かな殺意を持って襲い掛かってくる。

 その危険度も上から下まで様々ではあるが、しかしどちらにせよ危険な存在であることに変わりはない。さらにこのモンスターは、ダンジョンをずっと放置していた場合その外まで迷い出てくることもあり、ダンジョン発生当初にはその内外にかかわらず多くの犠牲が出たこともあった。

 現在ではモンスターに対処するための技術というのも数多く開発されてはいるものの、モンスター自体の研究というのは大きく進んでいるとは言い難く、その生態が明らかになっていない種も数多く存在する。


 そんな発生した原因もその中で起こる様々な現象の原理もわからないことばかりのダンジョンではあるが、しかしこのダンジョンの出現という事件は確かに人類社会に大きな変化をもたらした。


 その最たるものの一つが、魔法技術マギテクスの発明である。


 魔法技術マギテクス。それは、ダンジョンで発見された新しいエネルギー──マナと呼ばれるそれを利用した、それまでの科学体系とはまるで異なる技術系統のことである。

 例えば何もないところから炎を呼び出したり、あるいは土くれを金属に変えるように物質を別のものに変化させてしまったり、なんの装置も使わずに人が空を飛べるようになったり……そういった、既存の科学においては不可能とされていたような物理法則に反する現象を引き起こすがゆえに魔法という名前を付けられたその技術は、人々の生活を一変させた。

 多くの技術が魔法にとって代わられ、あるいは魔法と既存の技術を掛け合わせた新しい技術が生み出されたり。またはマナに影響されたせいかダンジョンの中でだけとれる特殊な素材であるとかモンスターから取れた素材であるとかを使った新しい道具が生み出され、そうした中で新たな需要が生まれ新しい産業がおこり。


 そうした変化は、当然エンターテイメント業界にも大きな変革をもたらすこととなった。

 魔法を演出として使ったテレビ番組であったり、または総合魔法格闘技のような魔法の使用を前提とした格闘技、ダンジョン産の素材を使った道具を作ったり魔法を使っていろいろしてみたりする個人の動画配信などなど。

 そんな数々の新しく生まれたエンタメの中でも特に人気を博したものが、ダンジョン攻略配信と呼ばれる動画群である。

 インターネットの動画配信サイトで個人・企業問わず投稿されているそれは、その名の通りダンジョンを攻略する姿を動画として配信したものだ。

 ダンジョンに潜り、時に危険なモンスターとの戦闘を繰り広げ、また別の時には貴重な素材を見つけたり、トラブルに巻き込まれて大変な目に遭ってみたり。

 ダンジョンを攻略する人のそんな姿を見るという娯楽は現在、多くの人々の間に広まっているのである。



「というわけで、探索者組合に到着っす! いやー、楽しみっすね、センパイ……じゃなくって、ステラちゃん!」


 彼らの通う高校からほど近い場所にあるとある役所にも似た内装の施設の中、ミウが満面の笑みでそんなことを言う。

 彼女その言葉の先には、死んだ魚のような目をした女性の姿があった。


「その呼び方、やめないか……?」

「じゃあ元の名前で呼んだ方がいいっすか? あと口調」

「ごめんステラでお願い。……お願い、いたしますわ」


 酷く屈辱的な声音でそう言ったその女性は、この役所の受付のような雰囲気の場において非常に目立つ格好をしていた。

 その身にまとっているのはフリルのたっぷりとついたゴシックロリータのドレス。

 さらりと流れる銀色の長髪は、毛先に進むにつれてくるんくるんと大きく縦に巻かれる、いわゆる縦ロールになっており。

 何より、その舞踏会から飛び出してきたお姫様だかお嬢様だかわからないような恰好に見合わない、胸部を覆う軽鎧に手足を守る武骨な金属製の手甲と脚甲。

 そしてダメ押しに、長身の彼女の身の丈を超える長さの大きなハルバードを背中に担いでいる。

 目が死んでさえいなければ美女と形容されたであろうその容貌と丁寧に手入れされているように見える銀糸の髪、そしてドレス姿だけを見たならばどこかのお嬢様と見紛うその女性は、あまりにもどんよりとした空気を醸し出しながら足を引きずるようにミウについて歩いていた。


 そう、賢明なる人ならもうわかるだろう。

 ステラと呼ばれる彼女……正確に言えば、彼は。

 ミウの提唱した罰ゲームによって、バッチバチのお嬢様風ドレスで女装をさせられているソラであった。

 しかも罰ゲームを提唱した時点では単に女装するだけだったはずなのに、興が乗ったのかなんなのか、お嬢様言葉で喋ることを強要されてもいた。

 さらに言うのならば配信用の名前としてステラと名乗ることを強要されていた。

 それは単なる罰ゲームと言うには、あまりにも無体な状況だった。


「生き恥……知り合いに見られたら死んでしま、しまいますわ……くっ、ころせぇ……」


 丁寧に化粧された顔を真っ赤に染め上げながら、ソラはそんな敵に捕まってしまった女騎士めいたことを口走る。

 少しでも身を隠したいのだろう、両手で体を抱いて身を縮こまらせているその姿はしかし、堂々と歩くよりもむしろ目立っている。

 そのことに彼の言葉通り、その恥じらいっぷりはこの姿を他の知り合いに見られてしまっては本当に恥で死んでしまうかもしれないと思わせるものだった。

 そしてソラのそんな姿にご満悦と言わんばかりに笑うミウと、その二人の後ろで笑いをこらえながら何やらタブレット端末のような機械を操作しているリクト。二人はいたって普通な高校の制服姿であるせいで、そんな二人に囲まれた一人だけドレス姿のソラは、より人目を惹く形になってしまっている。

 そんな彼ら三人組が今いる施設がどこかといえば、それは最初にミウが言った通りである。


 彼らは、探索者組合と呼ばれる組織の受付事務所に来ているのだ。


 探索者組合。それは読んで字のごとく、探索者と呼ばれる人々の支援のために組織された団体である、が。それでは探索者とはどういうものであるか。

 端的に述べるなら、ここでいう探索者とは「ダンジョンを探索・攻略しそこから得られる成果物を売却したり、あるいは主にダンジョンに関連した様々な依頼を解決することで金銭を得る人々」のことである。

 探索者組合とは、そうした探索者たちのためにダンジョンに侵入するにあたっての所在証明(主にダンジョン内で行方不明になってしまった場合のためのもの)の手続きを含むダンジョン侵入・帰還時の諸々の事務仕事や成果物の買い取り、ダンジョンの難易度の決定及びその基準に則って探索者がどの難易度までのダンジョンに潜ることができるかの実力の審査、薬品含む消耗品や武装などの販売、探索者向けの依頼の斡旋あっせんやその他の手続やらなにやら諸々、探索者として活動するにあたって必要となる様々な事業を請け負っている組織なのだ。

 そういうわけで、彼らが今いるその施設を軽く見まわしてみたのならば、剣や槍などの武器を持ったいかにもこれからダンジョンに潜りますと言わんばかりの人々がいるのがわかるだろう。中には鎧姿の人や、明らかにコスプレ染みたゲームや漫画でしか見たことのないような服装の人がいることもわかる。

 そう。彼らは皆、ダンジョンにこれから侵入する、あるいはもうダンジョンから帰還した探索者たちなのである。


 そしてそんな施設にいるソラたちも。

 より正確に言うのならば、高校の制服姿で全く武装などしていないリクトとミウを除いて、ドレス姿ではあるがきっちりと武装しているソラが。

 これからダンジョンに侵入しようと、そういう話になっているわけだ。


「……うん、よし。準備できたよソラ、ミウ」

「おっ、やっとっすかリクト先輩!」


 あいも変わらずどんよりと重たい空気を発するソラを尻目に、ニコニコととても輝いているやり切った笑顔でリクトが顔を上げた。

 そして彼がもう一度タブレット端末をタップすると、ひゅるりとその端末が宙に浮いてソラの周りをくるくると回り、そのままソラの顔の横に浮かんで静止する。


「あとは画面のそこ……そう、その配信ボタンを押したらカメラ用の子機が射出されて配信が始まるから」

「ほほー……配信画面ってこんな感じになってたんすね。ほらほらステラちゃん、ちゃんと聞いてるっすか?」

「はいはい聞いてる聞いてますわよー……」


 この端末はマギテクスドローンと呼ばれる機械で、映像を録画したりあるいは端末を通じて動画配信サイトなどにリアルタイムでアップロードするためのもの。すなわち、ライブ配信したりするための動画配信者御用達の配信機材の一つだ。

 このマギテクスドローン、よくよく注意して周りを見てみたならば探索者の中に同じようなもの(形式やメーカーは違ったりするが)を持っている人をちらほらと見かけるだろう。特に、鎧だとかコスプレだとか、そうした目立った格好の探索者たちはほとんど全員が持っているといってもいい。

 彼らはダンジョン配信者であり、これからダンジョン配信を行う、もしくは終えて戻ってきた人たちというわけである。


「んじゃ、準備もできたし。ステラちゃん、行ってらっしゃいっす!」


 そして今現在絶賛女装中のソラ改めステラも、これからその仲間の一員となるのだ。


「やっぱやめない?」

「やめないっす。あと口調」

「やめませんこと???」

「罰ゲームでしょ、はやくして。ほらほらほら」


 当然嫌がっている彼は抵抗しているが、しかし他二人がそれを許すはずがない。

 ノリノリの二人に無慈悲にも背中を押されて、ダンジョン侵入申請用の待機列に並ぶこととなってしまう。

 最後の抵抗と言わんばかりにステラは列に並びながらも恨みがましく二人を睨む。が、睨まれた当の二人はグッと親指をつき上げたサムズアップで答えていた。


「はぁー……ま、負けたものは負けたものだし、ことここに至ってはもうしょうがないことですわね、と!」


 そんな二人を見て諦めたようにぼやいた彼は、パン、と一つ自らの頬を張った。

 彼は羞恥心を吹っ切った……というか、吹っ切ることにしたのだ。

 どうせもう逃げられないのだから、それならもう思いっきりやり切ってしまった方がいい。その方が恥ずかしくないし、何より楽しいだろうと考えたからだ。


「やってやりましょうダンジョン攻略配信。なぁに、男は度胸、何でもやってみるものです! 楽勝ですわよ、なんせわたくし強いですから!」


 だから胸を張って、ステラはむん、と気合を入れる。

 いきなりそこそこ大きな声を出したので周りからの注目をさらに集めてしまうが、しかし今の彼にそんなものは関係ない。羞恥心は捨てた。捨てたのだから関係ないのだ。

 だから、後ろでけらけらと笑っている二人のことだってもう気にすることはない。後でどっちもぶん殴るという決意だけしておけばいい、と、彼は意識して二人を見なかったことにする。

 そして。


「どうせやるなら目指すはてっぺん! 完璧なダンジョン探索配信とやらを見せてやろうじゃありませんの!」


 ピッと天を指さして決意表明。

 こうして、彼のダンジョン探索配信が始まることとなった。



 ちなみにこの後、事務手続きの順番が回ってきたときに職員の人に「ここであまり騒がないでくださいね」と苦笑交じりに叱られたのは完全なる余談である。

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