第3話 ダンジョン攻略配信・小鬼の巣穴

「いつも頂点にキラキラ輝く一等星! わたくし、完璧で究極のお嬢様たるステラのダンジョン攻略配信が始まりましてよ~~~~!」


 夕暮れの茜が射す洞窟の入り口に、そんな声が響き渡る。

 これから洞窟に入っていく人、そして洞窟の中から出てきた人たちがなんだなんだとその声のした方向に目を向けると、そこにはお嬢様然とした、それでいてなんか余計なものがついているアーマードゴスロリドレス姿の女性……のように見える人物が、自信満々だと顔にでかでかと書いてあるようなドヤ顔で立っていた。


 言わずもがな、そこに立っていたのはダンジョン攻略配信をたった今開始したステラである。


 そう。吹っ切れて、本気でこの配信に臨むことにしたステラは自分の顔を改めて確認して、あることに気づいてしまったのだ。


 ──あれ、これ自分、めちゃくちゃ美人じゃね? と。


 だからこそのドヤ顔。だからこその自信。今の彼は無敵であった。

 そうしてドヤ顔のままににこりと一つ笑った彼は、そのままもう一度口を開く。


「はい、というわけで始まりましたわダンジョン攻略配信。これが初配信ですので皆さま初めましてですわね? わたくし、女装お嬢様のステラという者でございますわ。これからどうぞよろしくお願いいたしましすわよ~~~~~!!!!」


 彼のその口から出てきたのは声音だけは美しいソプラノの、実に堂々とした、もし隣に立っている人がいたならば耳をふさぎたくなるだろうくらいにやかましい声量の自己紹介だった。

 それはもう周りの人にとって迷惑であろうその声は当然のごとく周囲の目を引いたが、しかし彼は周りの視線が集まることなど一切意に介さない。

 それどころか、探索者組合では直前まで嫌だ嫌だと抵抗していたことなど全くうかがえないほどに自信に満ち溢れた様子で、ひそひそとステラを見ながら何事かを話している周りの人間の目を無視しながら、カツン、カツンと足音を立てて洞窟の中に歩を進めつつ話を続けていく。


「さて、始めたはいいですけれどもダンジョン配信ってこれ何を話せばよろしいのかしら。とりあえず今いるダンジョンと、それからわたくしの持っている装備類の紹介はした方がよろしいですわよね? あとレベルとかデバイスとかも……うーん、何から話しましょう」


 最も人の多い部分たる出入口近くを抜けダンジョンの外が見えなくなった通路を歩きながら、彼はそう言って少し考えるように首を傾げた。

 そのまま、とりあえずコメントを見てそこから何を話すか決めようということだろう、端末を見る。しかしコメント欄には何も書かれておらず、「まあ人が見てるわけありませんわよねぇ~……二人しかいないし。これあいつらですものね」とぼやいてすっと端末を追い払った。

 ここまでの間、自然に行われたその行為の中に一つ、彼の性別を知っている人物であれば違和感を覚える点がある。ぼやいた彼の声は当然、本来ならば男性の声のはずだろう。だが実際は、ダンジョンに入った第一声の時からそうだったが完全に女性のそれだったのだ。


 女装しているだけで本来は男性である彼が、完全な女性の声を出すことができるのは当然ながらからくりがある。

 そのからくりの元は、ずばり彼の首元。ゴスロリドレスにつけられたチョーカー、そこに刻まれた魔法が彼の声を男性のものから女性のそれに変換しているのだ。

 魔法式変声チョーカー、税込み17980クレジット。ミウのポケットマネーによる持ち出し品である。なんなら今ステラが着ているゴスロリドレスもミウが用意した物だったりする。ミウはこの罰ゲームに全力であった。

 なお、ステラのお嬢様メイクはリクトの女友達が快く引き受けてくれたのでそちらの手によるものである。リクトは当然として、ミウも諸事情あって少なくとも今は必要性を感じていないということもあり、人に施せるほどのメイク技術を習得していないのだ。


 そんな諸事情はさておき、そこそこ歩いてもほとんど変化のない通路を歩きながらステラは周囲をふよふよと浮かんで自身を追いかけるカメラに見せつけるように、担いだハルバードをくるりと回す。


「ではとりあえず、まずは一番目に付く武装から。とはいえ見ての通り、今持ってきている武器はこのハルバードだけで、防具は……まあ、基本的には軽鎧ですわね。別に特別な魔法効果とかはない、探索者協会の売店に置いてあった市販の安いやつですわ。ハルバードもそうです。

 ちなみにこちらのドレスは普通に私服ですわよ!」


 まあ、わたくしのものではなく知り合いの持ち物ですが、という言葉は口に出さずに、喋りながら自身の武装を指さしつつカメラに全身を見せつけるようにくるりと一回転。その際、ちょっとあざとくにこりと笑った顔をカメラに向けることも忘れない。

 カメラ映えをものすごく意識したその仕草。実際のところ、視聴者も二人しかおらずそれもリクトとミウなことがわかっているし、そもそもこの配信自体が罰ゲームであってやりたくてやっているわけではない。だから、正直に言うなら「これ実はあんまりちゃんとした配信をする必要はないのではないか」という考えが彼の脳裏をよぎったりはするが、それはそれ、これはこれ。やると決めたからにはこの配信も本気ですると彼は誓ったのだ。

 決して自分がめちゃくちゃ美人になっていることにテンションが上がっているとかそういうわけではないのである。

 まあ、そんな裏事情も置いておいて。


「そして、今わたくしがいるこのダンジョンですが……ああ、ちょうどいいところに」


 一通り装備を見せ終わった後、今度は現在いるダンジョンについての話をしようと改めてカメラに向き合うステラ。

 しかしその直後、彼は視線を洞窟の奥の方に移した。

 彼が目線を移した先、洞窟の暗がり。そこには一つ、小さな人影のようなものがあった。


「カメラにも映っておりまして? ええ、そうですわ、あそこにいるモンスターを見てもわかる通り──」


 彼の指さしたその人影のようなもの。

 それは、子供の背丈ほどの人型の生物だった。だがしかし、人間ではありえい姿をしていた。

 まず目につくのは、雑草を混ぜ合わせたかのようなくすんだ緑色の肌。

 そして次に目に入るのは、悪意を敷き詰めたような醜悪な顔と長くとがった三角の耳。

 手に持っている石を木の棒で括っただけの粗末な斧を振り回して、ゲキャゲキャと耳障りな声で鳴きながら遠巻きにステラのことを観察するその生き物は──


「──ここは、Eランクのダンジョン・小鬼の巣穴ゴブリンズネスト。つまり、あそこにいるようなゴブリンたちの溜まり場ってやつですわね!」


 ──ゴブリン。西洋小鬼などとも称されるそれは、探索者の間では最もメジャーと言われるモンスターの一種である。


「今回の配信ではとりあえずこのダンジョンを攻略しようかなって思いますわ! とはいえ実はわたくし、もうちょい上位のダンジョンをソロで探索することもあるので本当ならここの攻略自体は割と楽勝なのですけれども──」


 そのゴブリンに無造作に近づきながら、ステラはつらつらとそう話を続けていく。

 小柄であるとはいえモンスターであるゴブリンに対し、無警戒に近づくのは本来ならば危険な行為である。なにせ、モンスターとは人類に対し敵意を持つ生物の総称なのだから。


「ゲキャッ、ギャッ!」


 そして当然といえば当然。あまりにも無造作に近づいてくるステラに対し、ゴブリンは甲高い叫び声を上げながら手に持った石斧を振り回して襲い掛かってくる。


 だが。


「──とはいえダンジョン配信はわたくし初めてですので。とりあえず慣らしというか、そんな感じでここゴブリンズネストを攻略しようかな、なんて思ってますわ!」


 そんなことは知らんとでも言うように喋り続ける彼は、襲い掛かってくるゴブリンを歩く足と同じ程度に無造作な動きで一刀の下に切り伏せた。

 適当にハルバードを振るっただけのように見えて、その実返り血もつかないほどに素早く滑らかなその動きは彼の戦闘技術の練度をうかがわせるには十二分すぎるものだ。下手をすれば、この流れだけで動画が一つ作れるのではないかと考える人も出てくるだろう。

 しかしステラはその技量を誇るでもなく、その程度は当然と言わんばかりの自然体でそのままカメラに向き直る。


「というわけで、今日はバシバシ参りたいのですがー……あっでもその前にちゃんと回収はしないといけませんわね」


 そしてそのまま元の話に戻った……かと思いきや。懐から何かを取り出して先ほど切り伏せたゴブリンに向かってその何かを押し当てる。

 それはソケットのような差込口のついた機械を両端に取り付けられている、手のひら大に細長くカットされた透明度の高い宝石のような石だった。

 その石を押し当てられたゴブリンが淡く光りだすと、じわじわとその光が石に吸い込まれていき、光が完全にすべて移ったすぐ後にゴブリンの体がぼろぼろと崩れていって最終的に灰のようになって消え去っていってしまう。


 この石のような何かは、マナクリスタルと呼ばれる物質だ。

 そもそもの話ではあるが、ダンジョンに生息するモンスターは体内にマナを蓄えそのマナによって活動する。しかし死亡したモンスターはその体内のマナをつなぎとめることができなくなり、故にモンスターの死体からは緩やかにマナが大気中に散逸していってしまう。

 この時、探索者はこのマナクリスタルを使って本来は大気に散逸するはずだったマナを回収するのである。

 この石は周囲に拡散するマナを吸収・蓄積する性質がある。これを利用して、死亡したモンスターの遺体に押し当てることでモンスターの死体からマナが抜け出るのを早め、その抜け出たマナをクリスタルの中に回収するというわけだ。その際モンスターの体はマナが抜け出た時の衝撃に耐えられないためぼろぼろに崩れてしまう。今ゴブリンに起きた現象はこれである。

 この回収したマナは魔法技術を使うためのエネルギー源となるため、売却して資金にすることができる。ほかにも使い方はあるものの、探索者の主な収入源の一つがこのマナクリスタルを用いて回収されたマナだ。


「まあ、上層のゴブリン程度だと大したお金にはなりませんが……でもそのままにしててももったいないですものね」


 そんなマナクリスタルを懐にしまいなおすと、ステラは「それじゃあ」と気を取り直したように言って再度洞窟の奥に視線を向ける。


「そろそろ小鬼の巣穴ゴブリンズネスト攻略、再開いたしましょうか!」


 そしてそう宣言すると、また周りに気を払う様子もなく散歩するかのような気楽さで歩き出した。





 十数分後。


「うーん、終わってしまいましたわねーどうしましょ。取れ高がありませんし、このままではわたくしの配信、ぜんっぜん伸びませんわ……!!!!」


 ステラは、このダンジョンゴブリンズネストの最奥の広間で、ここの親玉と言うべきモンスターの遺体を前にそんなことをぼやいていた。

 ちらりと端末を確認すると、現在の視聴者は二桁に届くか届かないか。

 まあ告知も何もなしに難易度が低いダンジョンを、しかも無名どころか今日が初配信の人間が攻略配信したところであまり人が来るような気はしていなかった彼ではあるので仕方ないと言えば仕方ない。だがしかし、それでショックを受けないかというとそういうわけでもない。なんかこう、途中からは女装というキャッチーさにかれてもうちょっと来るかななどと楽観視しだしていたのでなおさらだ。ちなみにコメントも一切ないのでステラは割と本気でショックを受けていた。


「う、うおおおぉぉぉ……どういたしましょう、どういたしましょう! これここで配信終わったらマジでただただ罰ゲームで恥を晒してしかもそれがあんまりウケないっていう辱めを受けてる感じになってしまいますわ……! これはもうちょっとあれでして、なんかやるべきか!? ほかのダンジョンに参ります!? 今度はもうちょっと高難易度のところに行ったら話は変わるでしょうか……いやでも移動時間が虚無ですわ! え、じゃあなんか一発芸……一発芸ってなんでして!」


 焦りのままに頭を抱えながら、思っていることすべてが口から漏れ出ていくステラ。

 女装したお嬢様がこんな風に焦っている姿ははたから見ると面白いかもしれないが、そもそも見ている人があまりいないのでそこまで意味もない。

 そのままああでもないこうでもないと首を捻らせながら考え込むこと数分間、特に良い案がでなかったのかついに何の感情もない目で虚空を見つめ始めた頃。


「……悲鳴?」


 ぽつりと、突然ステラはそんなことを呟く。

 先ほどまでの何かを見ているようで何も見ていなかった視線は、今は広間の出口──つまり、ステラが通ってきたダンジョンの通路の方に向いている。

 その目は鋭く、何かが起こったのだと警戒しているのが誰の目にも明らかなほどに真剣な表情をしていた。


「突然すみませんが、少し走ります。何もなければ良いのですが緊急事態かもしれませんので。……画面に酔わないように、気を付けてくださいまし!」


 そして、そのままそんなことを言うと、姿勢を低くしてクラウチングスタートの姿勢をとって。


「では、参ります!」


 ドン、という爆発するような音で土を蹴りだし、目にも止まらない速度で走り出した。

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