第1話 始まりは罰ゲーム

 一筋、銀閃が走る。


 岩肌の目立つ荒野の中、飛ぶように走り回る影が一つ。

 それは、手に持った長柄の武器を走り回る動線の中央にいる人物に叩きつけるように振り回しながらも、一瞬も足を止めることなく縦横無尽に土煙が立ち上る荒野を駆け回る。

 嵐のように叩きつけられ続けるその刃を、時に手でさばき、あるいは時に皮一枚でかわしながら中央の人物はにやりと口角を上げた。


「セーンパイ。全然あたんねっすよー?」

「うっ、せえなバァカ! 牽制だよ牽制! わっかんだろうが!」


 その人物、ダークブラウンのボブヘアーを高い位置で結い上げた素手の──正確には、素手にバンテージのような布を巻きつけただけの──少女の小馬鹿にしたような言葉に、駆け回りながら長柄の武器……ハルバードを叩きつける少年が苛立ちを隠さない語調でそう返す。

 その間も攻め続ける少年ではあるが……しかし、少女にはその攻撃は一度もかすりもしない。一見しただけならば少年が押しているように見えるかもしれないが、その実優勢にあるのは少女であるのだろうということが如実にわかる状況である。

 その証拠に、少年が攻撃するために近づく瞬間に少女は毎回反撃をするような素振りを見せてはパッとそれをやめている。つまるところ、この状況で遊んでいるのだ、彼女は。


「センパイ、やっぱその武器向いてないんじゃないっすか? いつもみたいに剣使ったらいいのに」

「うっせえこれでもハルバード……っつうか長柄武器もスキレベはBだよ! なのに当たんねえのがおかしいだけだっつの!」

「えー、これでB評定取れるんすかぁ? 探索者の技能試験って実はめっちゃ甘いんですかね?」

「お前がおかしいだけだろが、よ!」


 言い合いながら、しかし手も足も止まることはない。

 振り下ろされたハルバードを手でさばき、直後に回転しながら振りぬかれた足をハルバードの柄で回しながら流し、その勢いのままに殴り倒すように振り下ろされた石突を半身で避けながら掌底を繰り出してはそれも顔を傾げることで避け──そうした攻防の応酬が止むことなく繰り返される。

 二人の戦いは、どちらも相手の癖を知り尽くしたように攻撃を一つも受けることなく──少女は当てられるときに当てていないこともあるが──そうやって、かれこれ十分は続いていた。


「このままじゃらちが明かない──かっ!」


 吐き捨てるように言うと、少年は少女から大きく距離を開けるように飛びのいて距離を開ける。

 そして、一言。


「『炸裂explosione』」


 そう囁くように言葉にした瞬間、


「えっ、ちょっ──」


 少女の足元が突如として爆発した。

 それは規模こそ小さいものの、人ひとりの対する殺傷力として考えるのであれば十二分な威力を持っているであろう魔法技術による爆発。少年が容赦のかけらも見せずに使ったその魔法に──


「──いきなりっすね、センパイ!」


 ──しかし、少女はかすり傷一つも負うことはなかった。


 土煙の中から光の筋が飛び出してくる。

 それを目で追えば、少女の拳と足が淡く輝いていることが見て取れるだろう。

 さらによくよく見るならば、淡く輝いているそれが幾何学的な模様を描いていることがわかるかもしれない。

 さながら、そう。魔法陣のように。


「センパイの方から使ったんだから、こっからは魔法アリアリっすよ!」

「言ってろ、お前魔法はそこそこ苦手だろ!」


 その応酬を契機に、先ほどまでとは戦闘の形が様変わりした。

 攻め続けていた少年は退き続け、それを先ほどまでは待ち構えるだけだった少女が追いかける形。

 しかし少年はただ逃げるだけではなく、先ほどのように爆発を起こし、あるいは光の矢を飛ばし、またあるいはその場に光の刃を作り出して足止めをしながら、地面のみならず空中を駆け巡っている。

 それを追いかける少女は多彩な魔法こそ使わないものの、少年の使う魔法をすべてその拳と脚で殴り砕き、蹴り砕きながら同じように空を駆け追い回し続ける。

 妨害アリアリの空中鬼ごっこ。そう形容すべきそれは、しかしあまり長い時間は続かなかった。


「つーかまーえた……っす!」


 ほどなくして、少女が少年に追いついたのだ。


「おっまえ、やっぱその目ずるくないか……!?」

「ずるくないでーす、割とよくあるタイプでーす、というかほぼ補助効果ないっすー!」

「見えてるだけでもだいぶずるい気がするんですけど!?」

「本当に見えてるだけなんでセーフっすね!」


 徒手空拳で届く範囲に、彼女は少年を捉える。

 そこからは一方的な展開だった。

 彼女が放つその拳を、蹴りを、あるいは掌底をかかと落としを肘打ちを膝蹴りを、少年は懸命にハルバードと自身の体で受け流そうとするも。


「ぐっ……!」


 雨あられと降り注ぐ攻撃全てをさばききることはできず、ついに少女の拳が少年の体に突き刺さる。

 上を取った少女の振り下ろすようなその拳に、少年は地面に叩き落され。


「これでとどめ、っす!」


 背中を強く地面に叩きつけられた少年を追って、少女が空を蹴って迫る。

 そしてそのまま蹴撃を少年に叩きこむ──


「『射出shoot』!」

「甘いっす!」


 ──瞬間、少年が最後のあがきとばかりに魔法による反撃を試みるも、少女はそれを軽く体をひねることで躱し。


「マジかぁ……」

「マジっす。んじゃ」


 一つ、にこりと笑って。


「今度こそ、とどめっす!」


 倒れこんだ少年に、とどめの拳を突き落とした。



『Battle ended:Winner Miu Akagi』





 無機質な声の響いた荒野。

 そこに、先ほどまで戦っていた二人とはまた別の少年が現れる。


「おつかれ、二人とも」


 にこにこと楽しそうに笑うその少年は、二人にそんな言葉をかけた。

 その言葉に「うー」とうめくような声だけ上げる少年と、「いやー楽しかったっす!」とこちらは笑顔で返した少女。

 そんな二人を見て「わー、腐ってるなーソラ」とことさら楽しそうに言った少年は、何やら荒野の一部、空中の何もないところで何かの操作をするように手を動かした。

 その次の瞬間、先ほどまで乾いた風を感じられるような荒野だった空間が突如として解け、その風景がどこか無機質な、機械的な部屋へと様変わりする。


 この部屋は、シミュレーションルームと呼ばれる場所。

 すなわち、ホログラム技術などの技術によって部屋の中を様々な環境を疑似的に再現することができる、そんな機能を備えた部屋なのである。

 先ほどまでの荒野もこの部屋の機能によって疑似的に再現された環境だったのだ。


「これで312戦89勝223敗だね、ソラ! いよっ、良い負けっぷり!」

「うっせえよリクト! 俺がミウに負けるのそんなに面白いか!?」

「正直めちゃくちゃおもろって感じ」

「は~~~~~~~~こいっつぅ!」

「センパイセンパイ、私もセンパイをぼこぼこにできてめちゃくちゃ楽しいっす!」

「うっせ~~~~~~~こいつらぁ~~~~~~」


 リクトと呼ばれた少年が、倒れこんでいるソラと呼ばれた少年をからかう。そしてミウと呼ばれた少女がそれにけらけらと笑いながら乗っかって、さらにソラをからかうように煽った。

 あまりにも自然に行われるその所業に、ソラは苛立ちを隠せない様子で、うめき声をあげ、それを見た二人がさらに笑い声をあげた。

 そこだけを切り取るならばいじめか何かかと思われるような光景ではあるものの、しかし三人の間に怒ったり意地悪そうに笑ったりということはあっても険悪な雰囲気が漂うことはない。三人とも、あくまでも自然体でそうしたやり取りをしていた。


 ソラ──緑原みどりはら空良そら

 リクト──青柳あおやなぎ陸人りくと

 ミウ──赤城あかぎ美海みう


 彼ら三人は都内にある高校に通う高校生であり。

 そして、何かといろいろなことをやるときに集まっている三人組である。

 三人とも特に共通の部活動であるだとかそういうものに所属しているわけではないが、しかし気が合うのだろう。あるいは単純に付き合いが長いということもあるかもしれないが、三人で行動することが多いのだ。

 端的に言うのであれば、友人三人組と言っていいだろう。

 

 そんな彼ら……というよりソラとミウがなぜシミュレーションルームで戦っていたかというと。


「で、センパイ。約束は覚えてるっすね?」

「忘れた」

「今日はMMMA総合魔法格闘技の模擬試合で一番負けた人が勝った人の言うことを一つ聞く。だったね、ミウ」

「知らん」

「その通りっすリクト先輩!」


 そういうことである。


 MMMA──Magitex Mixed Martial Arts、日本語で総合魔法格闘技。

 その名の通り、魔法技術の使用も許可されている総合格闘技のことだ。

 格闘とは言うが魔法だけでなく武器などの使用も可能となっており、魔法技術の発明以降、試合風景の派手さや魔法技術と物理戦闘技術の併用による駆け引きの深さなどでもって、そのほかの様々な格闘技を抑えて世界各国で人気が上昇している競技である。

 今三人がいるシミュレーションルームも、MMMAを学校の部活動でできるようにと(なお用途はそれだけではない、というか学校側としては別の使い方がメインではあるが)彼らの通う高校に備えられた設備なのだ。


 つまるところ。彼らはMMMAで罰ゲームをかけた試合をしていたわけである。


「っつうかそもそもちっさいころからずっと総合魔法格闘技やってんだからさぁお前さぁ。本腰入れてやってないような素人の俺としては、お前が勝ってもそういう罰ゲームはなしでいいんじゃないかなって思うんだけど」

「いや素人て。センパイ、本腰入れてやってないっていうのはともかく、私から勝率三割取っておいてそういうのは良くないっすよ。ってか、これ言うの何回目でしたっけ?」


 往生際悪く不貞腐れるように言ったソラに、ミウが呆れたように返す。

 その言葉の通り何回も繰り返されたであろうそのやり取りもいつものことなのだろう。事実、先ほどリクトがソラの勝敗数を数えていた通りの回数、似たような光景が繰り返されているのは想像できる。

 ちなみに勝率で言うと三人の中で一番高いのがぶっちぎりでミウ。ソラ相手では7:3で勝っていて、リクト相手だと9:1の勝率。次がソラで、ミウ相手には先ほど上げた通りで、リクト相手だと6:4で勝ち越している。一番勝率が低いのがリクトだ。

 そんな一番弱いと言えるリクトは、二人を見ながらまたやっていると言わんばかりに肩をすくめ、そして表情を満面の笑みに変えてソラの肩を叩く。

 そして。


「でも、今日は僕にも負けたじゃん?」


 とてもいい笑顔でそう言い放った。


 その言葉を聞いた瞬間、「おああああああぁぁぁぁぁぁ……」などと奇声のようなうめき声のような、なんとも形容しがたい音でのどを震わせながらソラが崩れ落ちる。

 それは、あまりの自分の不甲斐なさに悲嘆にくれる哀れな少年の姿だった。


「いやー、今日は珍しくぜんっぜんいいとこなかったすもんねセンパイ。地力自体はリクト先輩よりも高いのに」

「いやー、今日は作戦がめちゃくちゃ上手くはまっちゃったからなー。僕もMMMAは全然本腰入れてないどころか、ソラよりもやってないんだけどなー。今日は勝っちゃったからなー!」


 しかも、哀れなその姿を見て慰めるなどということをするはずもなく、二人はにやにやと笑いながらそんな追い打ちをかける。まさしく死体蹴りである。彼らが言葉を発するたびに、「うっ……うっ……」という力ない声がソラの方から聞こえてくるのは、きっと気のせいではないだろう。

 なお、ソラが勝っていた場合は逆に二人を煽り倒していたであろうから、実のところ同情の余地はあんまりない。少なくとも、以前同じようなことをしてソラが勝った時は二人を弄り倒していたという事実が存在する。諸行無常である。


 そうして小動物のように震えながらうめき声をあげるソラを見ながらひとしきり笑った後、ミウがパン、と一つ手拍子を打つ。


「じゃ、今日の罰ゲームを発表するっすね!」


 その言葉に、隣で笑っていたリクトはにこやかに、項垂れていたソラは死んだ魚のような目で、ミウの方に視線を向ける。

 その視線を受けて、ミウは大仰に一つ頷いて。


「センパイには、ダンジョン配信をしてもらうっす! 女装して!」


 そう宣言した。

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