第30話 たった一度の弱音

  ラーハの近くにある林。

 特に名も付けられていない林ではあるが、ラーハ内では人気のスポットであった。

 しかし半年前程から凶悪なモンスターが存在していると噂が立ち、現在は帝国によって封鎖されている。

 それにも関わらず、迎えの騎士と共にレーヴはその林の中を歩いていた。


「……」

「……」


 話す事も無くただ黙って歩いている二人であったが、目の端でレーヴが何かを捉える。


「……仕方がない、か」

「何か?」

「いや何も。……しかし、そちらの騎士団長は大変そうだな」

「? ええ。クラウディア卿は騎士団長として大変な重責を負う方ですから」


 レーヴの突然の話題に困惑しながらも、騎士はそう答える。

 だがそれに対しレーヴはまるで悪戯が成功したような笑みを浮かべる。


「クラウディア卿……ねぇ」

「何か?」

「いや? クラウディアはその呼び方、相当嫌っていたはず。そう思ってただけだ」

「……」


 その言葉に騎士は思わず足を止める。

 レーヴは同じく足を止めると、まるで思い出話をするように語り始める。


「『自分はまだそんな呼び方をされる立場ではない』だったか? 自分の部下にも徹底させるんだからアイツの真面目さも相当だな」

「……何をおっしゃりたいのですか」

「別に? 特に意味のない、ただのお話だ」

「……そうですか」


 レーヴの言葉にそう答えると、騎士は再び林の奥へと進もうとする。


「ああ。一つだけ伝えておく事があった」

「まだ何か、ぐあっ!?」

「嘘を吐くならもう少し下調べにしてからにしろ」


 レーヴは騎士を名乗る男を火の魔法で大きく吹き飛ばす。

 短い悲鳴を上げて地面に倒れる男に近づく事もなく、レーヴまるで舞台に立つように語り始める。


「全く、下手くそな嘘に付き合うこっちの身にもなって欲しいものだ。そう思わないか? 王国の方々」


 レーヴの言葉に反応するように、木々の陰から次々に武装した兵士たちが現れる。

 その中の一人にはレーヴも見覚えがあり、若干驚きつつも話始める。


「わざわざ帝国にまで来るとは、よほど暇なのですね」

「フン! 舐めた態度は相変わらずのようだなレーヴ」


 そうレーヴを睨めつけながら答えるのは、王国時代の因縁の相手であるコンディであった。

 王国兵士たちに囲まれながらも、レーヴはまるで意に介していないように会話を続ける。


「まさか王国がこんな事までするとは、流石にすぐには想像できませんでしたよ」

「ほう? お前程度がどこまで理解出来ているか、聞かせてもらおうか。我らが何をしていたかをな」


 ニヤニヤとレーヴを見下しながら問いかけるコンディに、怒る事もなくレーヴは答え始める。


「誘拐された者の一部には職人という以外にもある一点で繋がっていた。それは元々王国出身、もしくはその縁者だと言う事だ。おそらく深く調べれば全員がそうなんだろう」


 アクトの祖父が王国出身であると言う事は、レーヴは以前に聞いた事があった。

 他の店も比較的新しい店、または若手が非常に多かったのを思い出しレーヴは犯人が王国の者である事を確信したのである。


「理由については想像するしかないが、どうせ帝国の成長ぶりに焦りを感じたから職人たちを誘拐して無理やり労力にしようという腹だろ? 伝統だ歴史だと言っているくせに、やっている事は強盗と変わらないな」


 呆れたように推理を述べるレーヴに対し、コンディは大笑いで答える。


「ハハハ! やはりレーヴ、お前は根本的に間違っている! 王国の偉大さを全く理解できていない!」

「どこか間違っていましたか?」

「ああ、間違っているとも。そもそもこれは誘拐などという野蛮な行為ではない。人材の救出だ」

「……」


 レーヴが黙り込むのにも関わらず、自己陶酔するかのようにコンディは語り始める。


「そもそも奴らは王国の人材だ。ならば我々の下で働くのが正しく王道であろう。これは奴らの幸せのために行っている事、誘拐などでは決してない」

「縁者やその子どもは知らないが、それ以外は自らの意思で王国を離れた人間だ。それを無理やり連れ戻そうとして、誘拐じゃないとは笑わせる」

「王国で過ごせる事以上の幸せなどある訳がないだろう。奴らはそれに気づくことが出来ない哀れな存在だ。貴様も含めな」

「その傲慢さが国を亡ぼす事を、なんで気づけないんですかね」


 その言葉に対してコンディはバカにするように笑い飛ばす。


「何を言っている。王国はこれからも繁栄を続ける。それは定められた事だ」

「……はぁ。もうそれはいいです。で? 主義主張はともかく、これだけの事をしておいて本当に王国の土を踏める。そう思っているんですか?」

「フン! 二代程度で築いた帝国が我らに逆らう事自体が身の程知らずではあるが、我々の行動を止めれるなどと考えられん。現に第四騎士団は見当はずれの場所ばかりを捜索しているではないか」

「……はぁ」


 コンディの言葉を黙って聞いていたレーヴはそうため息を吐く。


「貴様! 何だその態度は!」

「いえ? 知らないって事は人をここまで能天気にさせるものか、そう思いましてね」

「どう言う意味だ!」

「別に? その内に分かりますよ、その内ね」


 思わせぶりなレーヴの態度にコンディは顔を真っ赤にしながら部下に命令を下す。


「ええい! これ以上は無駄だ! こいつを捕らえろ!」


 その言葉を受けて、兵士たちはじわじわとレーヴを包囲する。

 コンディはその様子を見ながら不敵な笑みを浮かべる。


「貴様は幸福だ。これからはその一生を王国のために捧げられるのだからな」

「素直に奴隷扱いするって言えばいいでしょうに。アンタたちはいざ知らず、俺にとっては地獄以外の何物でも無いですから」

「何だと貴様!!」


 怒りながらレーヴにまくし立てるコンディを無視し、レーヴは現状を確認する。


(武装した兵士が最低でも五十人以上。予想より多いが、召喚できれば突破できなくはない。だがこんな任務に就く以上は手練れのはず。消耗と怪我は避けられないか)


 レーヴがそう考えを巡らしながら、ゴーレムを召喚しようとした時であった。


「貴様のような物分かりの悪い弟子をもって、さぞ貴様の師匠も墓の中で泣いているだろうよ!」

「……今、何て言った」


 一切の表情が消え、動きを止めるレーヴ。

 コンディはレーヴの様子にも気づかずに口を開き続ける。


「伝説の勇者と共に魔王を倒した魔法使いであるタクマ・サイトウ。その後は一人で研鑽を積んでいたが、何を思ったか貴様一人だけを弟子にし亡くなった。全く、王国に仕えればその功績は止まる事が無かっただろうに。師弟揃って愚かとしか」

「黙れ」

「……何?」

「それ以上、その汚い口であの人を語るな」


 言い返そうとするコンディであったが、レーヴのあふれ出す魔力に押され黙り込む。

 囲んでいた兵士たちもその迫力に思わず後退していく。

 そんな中でレーヴの頭の中では、師匠の言葉を思い出していた。



「儂は元々普通の学生じゃった」


 師匠の突然の言葉にまだ八歳のレーヴが固まっているが、彼は構わず話を続ける。


「それが何の因果かこの世界に呼ばれ、魔王と戦えと命令された。何もかもが手探りな状態で、死にかけた事も数えられないほどあった」


 レーヴは師匠のその言葉を黙って聞き続けていた。

 きっとこれは、師匠の最初で最後の弱音だと気づいていたから。


「そして必死になって魔王を倒し、ようやく元の世界に帰れる。そう思っていたが、待っていたのは帰れないという一言だけだった。儂がただ一人でいたのは、もしかしたらこの世界を許せなかったのかも知れんな」


 そう自虐的に笑う師匠に対し、レーヴは何も答える事が出来ないでいた。


「この世界で満足しているのは仲間との旅とレーヴ、お前に会えた事じゃ。もしそれが無ければ、こう言ってこの世から去ってたじゃろうな」


 師匠が次に言った言葉、それはレーヴの頭にこびり付いていた。

 もしかするとこの後、王国に仕えようとしたのもこの言葉が切っ掛けかも知れなかった。

 きっとレーヴが一生忘れない師匠の弱音は次の言葉で締められた。


「儂はこの世界に、来たくなどなかった」



「お前たちがあの人を語るな。お前たちにそんな資格があると思うな。自分たちで対処できなかった事を他の世界の人間に押し付けたくせに、誇れる物があると思うなよ王国!!」

「っ!! 何をしている! 早くコイツを黙らせろ!!」


 コンディの命令を受けて、兵士たちは再びレーヴへの包囲を狭める。

 だがレーヴはコンディを睨みつけたまま魔力を練り上げていく。


「もういい。時間稼ぎをするつもりだったが、徹底的にやらせてもらう。まだ試作段階だが、この際贅沢は言わない。手加減が出来ると思うなよ」


 そう言い終わると、レーヴの足元から黒い煙が吹きあがりその姿を隠していく。


「煙幕か! 包囲を緩めるな! 逃げ出す気だぞ!」


 その命令を受けて、王国の兵士たちは隙を作らないように集中する。

 しかし、煙幕が晴れるとそこにいたのはニメートルほどの人型のゴーレムが一体いるのみであった。


「なっ!? 奴はどこに消えた!?」


 コンディも周りの兵士たちも周りを見渡すが、人の気配すら感じ取れない。

 ただゴーレムが一体、そこに仁王立ちしているだけであった。


「逃げられたと言うのか! ええい、忌々しい!」

「コンディ騎士団長、どうなされますか」

「こうなっては仕方がない。王国に帰還する」

「了解しま……ん?」

「どうした?」

「いえ、ゴーレムが動いたような気が」


 部下にそう言われコンディがゴーレムを注視すると、確かに少しづつではあるが動いているようにも見える。


「ふん。どうせ不良品でも置いていったのだろう。打ち壊してくれる!」


 そう言ってコンディは己の武器である剣を振り上げて、ゴーレムに振り下す。

 だが、ゴーレムが突如信じられないスピードで振り下ろされた剣を右手で掴む。


「なっ!?」


 ゴーレムの動きは愚鈍。

 そのイメージしかなかったコンディと兵士たちはその速さに固まってしまう。

 そしてゴーレムはコンディのその顔面に左手を撃ち込む。

 悲鳴すら上げられずに大きく吹き飛び、大木にぶつかったコンディは混乱する中でしっかりとその声を聞いていた。


「動作同調、完了。透視魔法による視界確保、良好。魔力伝導良し。各魔法部品、平常稼働」

「そ、その声。レーヴ、貴様まさか!?」


 衝撃が体に痛みを与える中で、ゴーレムから聞こえて来た声にコンディは思わず叫ぶ。


「ゴーレムの中にいるのか!?」


 それに答える事もなくゴーレム、いやレーヴは動き始める。


「試作搭乗型戦闘ゴーレム『タロス』、これより殲滅を開始する」




 あとがき

 今回のお話はここまでとさせてもらいます。

 存在がチラついていたレーヴの切り札であるアレことタロス。

 その性能は次回の更新にて明らかになるでしょう。

 個人的に書きたかったシーンが盛り込めて、満足できるエピソードとなりました。

 区切りまであと少し!

 このまま突っ切って行きます!


 感想や意見などがあると、凄く嬉しいです!

 無理強いはしませんが、そこでしか語らない事もあるのでよければお願いします!

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