第26話 暗雲
「で、どうだ? 東方からの客人の様子は」
豪雨が降り注ぐある日の夜、ラーハの中央に位置している城にある私室にてアストラル帝は果実酒を飲みながら問いかける。
その傍には腹心とも言え、アストラル帝の父の代から仕えている宰相のブラドがいた。
「はい。本人の腕もありますが、サムライの剣術を学べるという事もあり兵たちからは既に人気が出ているようです」
そこまで言うとブラドは少々眉をひそめつつ続きを口にする。
「風紀の面から言えば少々目に余る服装ではありますがな」
「ハハッ! 色々な意味で兵の刺激になっているようで何よりではないか!」
そう笑いつつアストラル帝はグラスに入っていた果実酒を一気に飲み干す。
「またそのような飲み方を……。お体を壊しても知りませんぞ?」
「多少の無茶は若者の特権だ。私室でぐらい目をつぶれブラド」
「それと事とは話が別でしょうに……」
その言葉に軽く笑いを返したアストラル帝は、椅子に腰かけると果実酒を再びグラスに注ぎながら思い出したように口にする。
「無茶、と言えば便利屋の事だが」
(ピクッ)
その言葉を聞いた瞬間、ブラドの深いシワが僅かに動く。
他人から見れば分からない程度の変化ではあったが、付き合いの長いアストラル帝には気づかれていた。
「件のサムライと一対一で互角の勝負を繰り広げたとか。まったく、便利屋の話は聞いてて飽きん」
だがアストラル帝は構わず話を続ける。
その話題に対しブラドはまるで悪さをした子どもを表する教師のように話始める。
「確かに力量がある事は多少は認めましょう。ですがそもそも戦士に対して真っ向から勝負する事自体が愚か。どのような条件だったかは知りませぬが、受けた時点で本来ならば負けでありましょう。そもそも奴は」
「いつになく力説するではないかブラド。便利屋に対して特別な何かがあると言っているようなものだぞ?」
「っ! ……」
しまった、という表情をするブラドは顔を平静な表情に戻す。
しかしアストラル帝はここぞとばかりに追及する。
「お前の便利屋に対する態度は妙だ。その腹に抱えているのは何だ? 我にはまるで……」
アストラル帝は一呼吸をおいてその言葉を口にする。
「罪悪感の裏返しのように見えるぞ」
「……気のせいでございましょう」
「そうか?」
「鉄は叩かねば鍛えられぬ。ただそれだけの事でございます」
「幾ら鉄とて力任せに叩けば、出来上がるのはただの鉄くず。それが分からぬお前ではあるまいに」
「……」
「まあいい。お前の事だ、何か深い事情があるのだろう」
「感謝いたします」
「だが、これだけは言っておくぞ」
そう言うとアストラル帝は皇帝としての威厳を出しながら、宰相であるブラドに忠告する。
「あ奴は今や帝国の発展に重要な人物である。お前が便利屋をどう思ってるかは知らんが、不和を生じさせる事体だけは避けよ」
「お言葉、肝に銘じまする」
ブラドのその言葉を聞くと、アストラル帝は再び果実酒を飲みつつ笑みを浮かべる。
「まあ確かに、お前も今の若者に何か言いたくなるのは分かるがな」
「流石にそこまで老け込んではおりません」
「フッ。冗談だ、忘れよ」
皇帝はそこまで言うと飲むのを止め、真剣な表情になる。
それを受けてブラドも、本来するべき話題に入り始める。
「例の件ですが」
「うむ」
「奴らの潜伏場所の候補を絞りました。現在は第四騎士団に候補地を絞らせています」
「ほう? クラウディアにか。あ奴には不慣れだと思ったが」
第一から第十二まで存在する帝国騎士団。
その中でも隠密行動が最も苦手そうなクラウディアが団長を務める第四騎士団を選択した事を意外に思うアストラル帝。
その反応を予想していたブラドは理由を答える。
「聞かれても情報を漏らす可能性は低いでしょうからな。……それに」
「ん?」
「彼女の方がいろいろと都合がいい」
「悪い顔になっているぞブラド。また我に内緒で何か企んでいるな?」
宰相として、帝国の暗部も知り尽くすブラド。
帝国のためであるならば、自分にも事の詳細を語らない事もある彼の行為をアストラル帝は笑って許す。
「よい。ただし失敗は許されんぞ」
「無論でございます」
「理解しているならいい。これ以上、奴らの思い通りにさせるなよ?」
それに静かに頷くと、ブラドは仕事をするべく部屋を後にした。
アストラル帝は再び果実酒を注ぎつつ、誰に聞かせる訳でもない言葉を紡ぐ。
「ブラドが動いている以上、事の収束は時間の問題。後はどのような結末になるかのみ。決め手は賢者か、騎士か、それとも別の誰かなのか。便利屋ならば面白い事この上ないが……」
アストラル帝はグラスを持ちながら窓の外を見る。
豪雨と夜の暗闇でよくは見えないが、眼下には築き上げ発展させてきた大切なものがある事をアストラル帝は嚙みしめていた。
「この帝国はそう簡単に崩せん。まして成果をかすめ取ろうとするコソ泥にはな」
アストラル帝は宣戦布告をするようにそう言うと、明日に向けて寝る事にするのであった。
一方その頃。
豪雨の中、『夕暮れ森』を馬に乗り駆け抜ける一群があった。
その中から一つの馬が、先陣を切って走る影に大声を掛ける。
「クラウディア様! お休みになられてください! 既に三日もろくに寝ていませんではありませんか!」
そう心配の声を上げるのは第四騎士団の副団長であるケインであった。
大柄であるが心配性な性格であるケインの言葉を、クラウディアは彼に負けないほどの大声で拒否する。
「駄目です! 必要であるならば何日であろうと寝ずに走り抜かねば! 人命が掛かっています!」
「ですが!」
ケインの心配の声を遮り、クラウディアは悔しそうに気持ちを吐露する。
「私は愚か者です! 軍務に集中するばかりに宰相様に言われるまでこの様な事態に気づかないとは! この上は働きを持って解決しなければ!」
そう言ってさらにスピードを上げようとするクラウディアであったが、ケインはそれを言葉で遮る。
「分かりました! ならば隊を幾つかに分ける事を具申します! そうすれば交代で休憩する事も出来るかと!」
クラウディアが決断した以上は止まらない事はよく理解しているケイン、彼女はその提案を聞いて少し考えて決断を下す。
「その意見を了承します! 振り分けは任せます! ですが!」
「クラウディア様の休憩は後回しに、ですね! 理解してます!」
「迷惑を掛けます!」
「いつもの事です!」
そう言ってケインはスピードを緩めて団員に隊を分ける事を伝達する。
その間にもクラウディアは馬を操りつつ、後悔の念に苛まれる。
「私が宰相殿やレーヴ殿のように賢ければ、もっと早くに気づけたかも知れないのに……!」
言っても仕方ない事だとはクラウディア自身も理解してはいたが、それでも彼女の責任感が自分自身を許しはしなかった。
思わずさらにスピードを上げそうになるが、これ以上は部下が付いて来れないうえに馬が潰れてしまう。
無茶をさせている部下と愛馬に心で謝罪しつつも、クラウディアは駆け続ける。
どうやら隊の振り分けが決まったようで、馬を止める部下たちを後ろ目に見ながら彼女は広い『夕暮れの森』を探索し続ける。
クラウディアはその元凶に向けて吐き捨てるように怒りを口にする。
「人さらいとは! どこまで卑劣なのですか!」
クラウディアの怒りの声を置き去りにして、一団は馬で駆け抜けるのであった。
帝国を覆う、暗雲。
それを晴らすべく動き始める者たち。
そしてある出来事がその明暗を分かつ事を、知る者は誰もいなかった。
「アクトが消えた?」
あとがき
今回のお話、如何でしたでしょうか?
アストラル帝とブラドの二人が久しぶりの登場をしましたが、物語は不穏な方向へ向かって行きます。
果たして先の展開はどのようになるのか?
乞うご期待です!
では是非次のエピソードでお会いしましょう。
面白いと思ってくれればそれで充分なのですが。
感想、レビューをもらえると嬉しいです。
意見等でも構わないですので、良ければ送ってくださいね!
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