第25話 女サムライ、帝国にて

  集まった多くの野次馬は、予想以上の激戦に盛り上がりを見せていた。

 ほとんどがレーヴの勝利を予想していたが、コザクラの戦いぶりを見て応援する者も出てきていた。


「『一刀・飛燕』!」


 コザクラは近づいてくるゴーレムに魔力を込めた斬撃を飛ばして牽制しようとする。

 だがレーヴは大盾のゴーレムでそれを防ぐと、構わず突撃させる。


「くっ!」


 先ほどのダメージが残っているのか、コザクラの動きが鈍ったところにゴーレムの巨大な拳が襲いかかる。


「痛っ!」


 体を捻って直撃を避けたコザクラであったが、肩には掠った後がくっきりと残されていた。

 痛みを堪えるコザクラであったが、その内心はと言うと。


(もっと! もっと痛めつけて欲しい! 更なる高みに連れて行って欲しいでござる!)


 傷を負うたび、痛みを負うたびに喜びを噛みしめていた。

 そして皮肉と言うべきか、その度に刀を振るうのが速くそして鋭くなっていった。


(っ! まだ動けるのか!?)


 そして一見試合を上手く運んでいるように見えるレーヴであったが、この状況に焦りを感じていた。


(予想以上に粘られた。このまま続くとこっちが魔力切れになる)


 人間、いや生物である以上は出せる力に限界がある。

 それは魔力に関しても同じ事。

 ゴーレムが傷つくたびに魔力による修復を行い、さらに四体を複雑操作。

 レーヴが鍛えているとは言えど、それは大量の魔力の消費と疲労の蓄積が要求された。


(もう一体出す余裕は……無いな。頭が追い付かん)


 ゴーレムの数を増やそうにも、同時に複雑な操作をするならばレーヴでも四体が限度であった。

 自動操縦にすれば幾らでも出せる事は可能ではあったが。


(自動にした瞬間に距離を詰められて斬られるだろうな)


 レーヴも含め魔法使い系列が攻撃を受けたら脆いというのは常識である。

 元々後方支援が役割である彼ら、あるいは彼女らが攻撃を受けざるをえない状況になってる時点で負けは見えているのだから。

 魔法による障壁も出せるには出せるが、鉄を切り裂くコザクラの力量を見れば焼け石に水なのはレーヴにも分かっていた。

 つまり、詰められたら負けが確定しているレーヴにとっては一瞬の油断も許されない状況であった。


(現状で拮抗してる以上は一体を引っ込めてから別のゴーレムに、という訳にもいかないしな。……使うか? アレを)


 店の工房でひっそりと待機しているゴーレムの存在が、レーヴの中で過る。


(アレなら現状を突破して致命打を与える事も、理論的には今の段階でも出来るはず)


 だが同時にレーヴにはアレを使う上での不安材料も頭の中で渦巻いていた。


(だがアレはまだ試作段階、戦闘実験どころか起動実験もやってない。性質上、俺にどんなデメリットがあるか分からん)


 ぶっつけ本番で試すか、それとも温存か。

 レーヴは四体のゴーレムを操作しつつ悩んでいた。

 だがその所為か、それとも疲れか。

 若干ではあるがゴーレムの動きに雑さが生まれた。


(! 好機!)


 そして、コザクラはそのチャンスを見逃すほど温いサムライではない。

 見つけた一瞬の隙をぬってコザクラは一度引くと、刀を仕舞い居合の体勢に入る。


「! しまった」


 コザクラを引かせた事に唇を噛みしめるレーヴ。

 そしてコザクラの魔力が練られていくのを見て、勝負を決める気である事を察する。


(初撃より鋭い攻撃が来る。鉄の方もだが下手したら大盾の方も斬られる可能性もある)


 機動力が乏しい四体では、今からコザクラに追いつくのは難しいと判断したレーヴは、とにかく密集させ少しでも隙を埋める。


(そんなタイプには見えなかったが、負けたら何を言い出すか分からん。……迷ってる暇はないか)


 そう決断するとレーヴはアレと呼称しているゴーレムを呼び出す召喚をし始める。


「……行くでござる」


 だが、それよりも速くコザクラが動き始めた。

 一歩、また一歩とまるで跳ねるように移動するコザクラ。

 そしてそのスピードは、一歩踏み出すたびに増していくのであった。


(ヤバい!)


 それを見てレーヴも直感で危機を察すると、アレの召喚を急ぐ。

 そして何かを召喚しようとしているのはコザクラにも察知できていた。


(そうでござる! 拙者の奥義を受け切って、耐えた時! その瞬間こそが拙者のこの欲望が満たされる時!)


 徐々にスピードを上げていくコザクラは、四体のゴーレムの横を通り過ぎていった。

 そしてその四体のゴーレムは気づかない内に両断されていた。


(やられた!?)


 その事は誰よりも魔力で操作していたレーヴがいち早く気づいた。

 四体に注いでいた魔力を召喚魔法に回し、スピードを上げる。

 一方でコザクラも、斬るために一度落としたスピードを再び上げていく。


(さぁ! 凌いでみせるでござるよ便利屋殿! いや! 主!)

(間に合うか!?)


 コザクラの奥義とレーヴの奥の手の召喚。

 どちらが速いか、決まる瞬間であった。


「それまで!」


 審判であるクラウディアは割って入り試合を止めたのは。


「な、何故止めるのでござるか騎士殿!」


 当然目的が果たされるかも知れなかったコザクラは急停止して抗議の声を上げるが、クラウディアは頑として譲らない。


「これ以上は試合ではなく殺し合いになりかねません! よって審判の権限において引き分けとさせてもらいます!」

「……まあ、妥当だな」


 レーヴは半分以上姿を現していたアレの召喚を中止、野次馬の注目が試合を止めたクラウディアに向いている隙に工房に戻した。


「そ、そんな……」


 レーヴの戦意が薄れたのを感じ取り、コザクラは座り込んでしまう。


「……武器を振るう者として心情は察しますが、試合である以上はここまでが限度かと」


 クラウディアの声も聞こえていない様子のコザクラは限界が来たのか徐々に意識を失っていく。


「お、おい!」

(ここまで来て目的を果たせないとは。……本当に。……本当に)


 薄れゆく意識の中、心配するレーヴを見つめながら彼女は。


(最っ高の放置プレイでござる! やはり拙者の目に狂いは無かったでござる!)


 彼女、コザクラはどこまでもブレなかった。


(また戦いましょう。我が主)


 そう思いつつ、コザクラの意識は完全に途絶えたのであった。



「コザクラ様は大丈夫でしょうか?」

「ん? まあクラウディアがすぐに医師の所に運んだし、大丈夫じゃないか? 初撃以外は急所も避けてたしな」


 その翌日の朝の便利屋にて、開店の準備を始めながらレーヴとイヴはそんな会話をしていた。

 レーヴの方も久しぶりに多くの魔力を使ったので少し頭痛はしていたが、少なくとも寝込むほどでは無かった。


「便利屋殿!」


 だが、そこに現れたのはあちこちに包帯を巻きながらも元気そうに駆け寄るコザクラであった。


「……」

「コザクラ様。もう歩かれても大丈夫なのですか?」


 ポカンとしているレーヴの代わりにイヴがそう聞くと、コザクラは笑いながら答える。


「全然平気でござるよ! 医師にも驚かれたでござるが、骨折もしてなかったでござるしな」

「いや、それなりの実力者でも最低一週間は寝込む怪我だったぞ? どうなっているんだサムライの体は」


 実際のところはサムライ云々ではなく彼女の嗜好によるところが大きかったが、そんな事を知るはずもないレーヴは真剣に考え始める。

 そんなレーヴにも聞かせるようにコザクラは嬉しそうにある物を見せる。


「今日来たのはこれをいち早く見せたくてからでござる!」

「これは……帝国の滞在許可書ですね」

「ん? あ、ああ。しかも長期のだな。短期はともかくこっちは滅多に発行されないはずだが」


 見せられた許可書を見ながら二人が話し合っていると、コザクラは仕舞いながら自慢げに話す。


「フフフ。実は皇帝殿が先の戦いの噂を耳にし、指南役の一人として拙者を帝国に置きたいとおっしゃったのでござるよ!」

「それは……おめでとうございますコザクラ様」

(まあクラウディアの報告や、ヤマシロの情報を集める手段とする事も踏まえてだろうがな)


 素直に祝うイヴに対してレーヴはそう推論を立てるが、わざわざその事を言うほど野暮ではなかった。


「おめでとう。まあ何かあったら頼ってもいいぞ。……試合はゴメンだがな」

「そういう訳にはいかないでござるな。拙者の目的の為にはやはりレーヴ殿と戦わなければ。いずれ再戦させてもらうでござる」


 渋い顔をするレーヴを見ながら、コザクラは誓うのであった。


(いつか必ず我が主になってもらうでござるよ便利屋殿。いや、レーヴ殿)



 こうして、便利屋の常連にまた新たな顔が増えたのであった。




 あとがき

 という結末を迎えまして、女サムライシリーズは幕を閉じます。

 レーヴが連呼していた「アレ」の正体は、また次の機会にて。

 新たな知人を得て、レーヴの周りの騒がしさは増していく事でしょう。

 ですが、次回は平和であった彼の周りに暗い影が忍び寄ります。

 それは一体何なのか?

 楽しみにお待ちください!


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