第24話 女サムライ、昔語り
ヤマシロの国。
それは帝国の東側に存在している、王国ほどではないが歴史のある国である。
なぜ小国でありながら歴史にその名を残し続けられたか?
それは、この国に根付いた固有の冒険者、サムライの働きが大きい。
少数精鋭。
まさにこの言葉が似合うサムライたちによってヤマシロは今も存在し続けている。
彼女ことコザクラはそんなヤマシロでも有数の剣術道場の道場主、その孫娘として生を受けた。
幼い頃から刀が傍にあり、鍛えられる環境を家にもつ彼女が武の道に進んだのは必然だったのかも知れない。
共に師範代である両親も、道場主である祖父もその事を大いに喜んだ。
唯一祖母が少し渋っていたが、当の本人であるコザクラが楽しそうにしてるため何も言わなかった。
優れた環境、理解ある人々、そして本人の才能。
その三つが揃っていたコザクラはメキメキと力をつけていった。
そんな彼女が自身の被虐体質を理解したのは十三の時、祖父に稽古を受けていた時であった。
「痛っ!?」
その日は指導に熱が入り、力の籠った祖父の竹刀が防ぎきれなかったコザクラの肩に当たった。
「コザクラ!?」
肩を押さえながら道場の床に膝をつく彼女を、その場にいた両親も攻撃をしていた祖父も心配して駆け寄って心配する。
「だ、大丈夫です。少しばかり痛むだけで……?」
コザクラは自分の言葉に引っかかりを覚えるが、残念ながら動揺してる家族たちはその事に気付けなかった。
彼女の疑念はお抱えの医師に見てもらったあとも。
その後、念のため剣を持つ事を止められ休みを強要されても晴れる事は無かった。
むしろ段々と痛みが引くにつれ、彼女の疑問は大きくなっていった。
何故自分はこんな痛みに喜びを感じるのか?
本来嫌がるべきなのに、また痛みを感じたいと思う自分自身にコザクラは恐怖を覚えた。
もしかしたら自分は異質なのかも知れない。
そう思い始めると彼女は段々と人との交流を避け始めた。
「コザクラ、少し頼まれてくれぬか?」
彼女が祖父に言われ、運命の分岐点となるある古本屋にお使いに向かったのはあの日から二週間後の事であった。
十三の歳になって、初めての尊敬する祖父の頼みごとに久しぶりに嬉しい気持ちになってコザクラは本屋に向かった。
彼女が今考えれば、それは引きごもりがちになっていた自分に気を使っての事だったのかも知れないと思う。
とにかく祖父が指定した古本屋にお使いに向かったコザクラであったが、残念ながら店主は留守であった。
残念に思いつつも初めて見る本の数々に彼女は魅せられていた。
そんな彼女が数ある本の中からその本を手に取ったのは運命だったのかも知れなかった。
「!?!?」
それは艶本、つまり大人しか見てはいけない本であった。
そんな知識があるはずもない彼女は一目見て自分は見てはいけない代物だと察した。
しかし自然と視線が吸い寄せられるその本の絵には、鞭で叩かれて喜ぶ女の姿が描かれていた。
幸か不幸か、その本はそういった類の艶本であった。
自分と同じく、痛みに喜びを感じる女の絵に釘付けになっていくコザクラ。
だが店主が帰ってくると、慌ててその本を取り上げてしまった。
「何故この本の女性は痛みを喜んでいるのでござるか!」
祖父のお使いで来たのも忘れ、店主にしつこいほど問いかけるコザクラ。
当然店主は拒否し、怒ったりもした。
だがコザクラとしても退く気はなく、最終的に。
「教えなけばこの本の内容を近所に聞いて周るでござるよ。それも店主に教えて貰ったと言って」
と脅迫したのであった。
そんな事をされれば古本屋としてだけではなく、人として終わってしまう店主は仕方なく答え始める。
「その本には痛みに喜ぶ人が描かれている」
「そういった人は現実にも一定数いる」
「それは決しておかしな事ではない」
直接的な答えは避けつつ店主はコザクラの問いに答えていった。
自分の覚えた感覚が人間として不思議ではないと知り、コザクラは喜んだ。
家に帰ってからも両親の目を盗み、そういった類の情報を集めていった。
そして自分のような趣味の事を被虐趣味と言う事、逆を加虐趣味と言う事を知るとこう思った。
(いつか思いっきりに責められたい)
そこからは剣の修行を再開しながら自分の体質に対して詳しく調べる日々であった。
突然修行を再開しはじめた事に両親と祖父は疑問に思ったが、明るさを取り戻した彼女に追及する事はなかった。
そうして月日が経つ度に、自分が極度の被虐体質である事を知っていった。
自分と同等、あるいは格上の存在と戦って負ける。
それもお互いに全力を出し切って負けないと、本当に満足する事はないと知った時は自分の事ながらコザクラは苦笑いをしてしまった。
「いつか運命の人と出会いたいでござるな」
言葉だけ聞けば乙女な言葉が出てくるほど、彼女はそのいつかを待ち望んでいた。
だがそんな彼女にとって、嬉しい誤算と悲しい誤算があった。
嬉しい誤算は自分への挑戦者が絶えなかった事。
道場破りも多かったが、日に日に女らしさを増していくコザクラに求婚する者が後を絶たなかったのだ。
「自分に勝てば嫁入りでも何でもするでござる」
彼女自身がそう言った事もあり、時には予選をしなければならない程に挑戦者が押し寄せた事もあった。
だが、彼女にとって悲しくそして最大の誤算。
それは自分にサムライとしての才能があり過ぎた事であった。
そして今の年齢である二十の頃には挑戦者さえいなくなり、高き壁であった祖父すら倒してしまった。
(このヤマシロに自分を満足させてくれる男はいない)
それを察したコザクラは帝国に向かう事を決意した。
ここより多くの強者が集まる帝国ならば、自分を真の意味で満足させてくれる男がいるだろうと信じて。
両親と祖母は帝国行きに反対したが、最終的には賛成した祖父とコザクラに押し切られる形で受け入れた。
出立の前日、コザクラは帝国に行く理由と自分の体質について祖父に報告した。
縁を切られる可能性もあったが人生最大の師であり、帝国行きに賛同してくれた祖父に隠し事はしたくなかった。
「……そうか」
祖父はそう言うと道場の奥に隠してあった刀を手渡した。
「その刀の名は『斬狼』。我が家の代々伝わる名刀じゃ。その刀を使って、そなたの目的を果たすといい」
「で、ですが……」
コザクラの目的。
それは最終的には負ける事であり、最悪の場合はこの刀も奪われてしまうかも知れない。
受け取れないとコザクラは言うが、祖父は首を横に振った。
「その刀は我が家における最強の証。つまりそなたが持つのに何の不思議もない。奪われたら我が家に持つ資格がなかった、それだけの事よ」
祖父は少しだけ表情を和らげるとコザクラに最後の教えを授ける。
「コザクラ、自分に迷うな。迷いは刀だけではなく心すら曇らせる。これと決めたらテコでも譲るでない。それが己にとって、人にとって正しいと思うならその道を貫け。分かったな?」
「は、はい! このコザクラ、肝に銘じました!」
涙ながらに頷くコザクラを見て、祖父は滅多に見せない笑みを見せるのであった。
それから険しい道を越え、コザクラは今レーヴと戦っている。
彼女はレーヴを一目見てこう思った。
(この御人こそが、拙者の求めていた男に違いない!)
ゴーレムの一撃を受け、自分の直感が間違っていない事を確認したコザクラは内心笑う。
(さぁもっと。もっと攻撃をしてくるでござる! 便利屋殿、いや我が心の主!)
そう思いつつ、コザクラは再び斬りかかるのであった。
(? 何か寒気が?)
一方レーヴは謎の悪寒に襲われていた。
あとがき
という事で今回はここまでとさせてもらいます。
コザクラの過去は少しだけのつもりでしたが、ついついエピソードを丸々使って書いてしまいました。
彼女とレーヴの戦いがどんな結末を迎えるのか?
その結末は次の回にて。
できれば感想、レビューを貰えると嬉しいです!
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