第27話 右手と金貨
「き、消えたと言うか……姿が見えないと言うか」
そう自信無さげに言うのはアーシャであった。
何時ものようにレーヴとイヴが便利屋の閉店作業を進めている時を見計らったように現れた彼女は、どう言っていいか迷っているようであった。
「仕事の都合で見かけないだけでは? アクト様は優秀な鍛冶屋ですし、店を離れる事もあるかと」
イヴが確認を取るようにそう問いかけるが、アーシャは納得してないようだ。
「優秀かどうかはともかく、それも当然考えたわよ。……けど仕事場の様子が少し変なのよ」
「変? 荒らされていましたか?」
「そういうんじゃないけどさ。金槌とか何かがそのまま放り出してたのよ」
アーシャがそれを口にすると、黙って聞いていたレーヴがようやく会話に参加する。
「妙だな。あの仕事バカが道具を放置するなんて」
「アクト様もレーヴに言われたくないと想像されますが、確かに変ですね」
アクトはレーヴが引くほどの仕事人間である。
仕事以外でも暇を見つけては店に入り浸るのだから筋金入りの武具好きである。
当然、仕事道具にもこだわりを持っているアクト。
そんな彼が道具を放置して居なくなるという事態に、レーヴもイヴも違和感を覚えた。
「そうなのよね。まあ考えすぎだとは思うんだけどさ、万が一って事もあるし」
幼馴染として思うところがあるのか、心底心配している様子のアーシャ。
そんな彼女にレーヴは一つ確認を取る。
「騎士団に報告は? 相談したか?」
「……まだしてない。飽くまでも勘だし、大事にしてアイツの職人としての名に傷つけたくないし」
「それでレーヴに、便利屋に会いにこちらへ来られたのですね」
「うん……」
アーシャとしても悩んだ上での決断であったのであろう事はレーヴにもイヴに理解していた。
そして彼女がただ相談しに来た事も、二人は分かっていた。
「時間外だし迷惑だと思ってる。けどこれ以上一人で悩んでも答えが出なくて。力を……貸してくれないかな」
「レーヴ」
不安そうにしてるアーシャの瞳と、何かを言いたげなイヴの瞳。
四つの瞳に見つめられながら、レーヴは閉店作業を終える。
「昼を食べるぞ」
「……まあ、そうだよね。邪魔してゴメン」
そう言って帰ろうとするアーシャの耳に、レーヴの次の言葉が入って来る。
「それと昼の予定はキャンセルだ。あとこれが解決するまで店は臨時閉店だ」
「分かりました」
「レーヴ……!」
昼食を作りに戻るイヴを見送りながら、レーヴはアーシャにこう言うのであった。
「アーシャも食うか? 長丁場になりそうだしな」
「も、勿論!」
その後、昼食を食べた三人は行動を開始するのであった。
「って。ここカリバーンじゃない」
心当たりがある、と言わんばかりに先頭を歩くレーヴが着いた先。
それはアーシャにも馴染みが深い所属ギルドであるカリバーンであった。
躊躇なく入ろうとするレーヴに、アーシャは心配になって声を掛ける。
「レーヴ? できれば大事には……」
「アーシャ様、落ち着いてください」
そう言ってレーヴの後ろを歩くイヴはここに来た目的を簡単に話す。
「レーヴが今回ここで用があるのは一人だけですので」
「一人……ああ、そういう事ね」
目的が分かり安心したアーシャは迷う事無くギルド内に入る。
既に中ではレーヴがギルドのメンバーに絡まれており、まるでただ遊びに来たように彼自身も接していた。
「アーシャ様もお気を付けを。普通を演じてくださいね」
そう耳打ちするイヴにアーシャが返事をする前に、二人に声が掛けられる。
「おや? お二人とも。どうなされましたか?」
「「!!」」
二人が振り向くと、そこにいたのはライアンであった。
イヴはアーシャに確認の目線を送ったあと、いつもの様に挨拶をする。
「ライアン様、今日もお元気そうで何よりです」
「ら、らららららライアン。ほ、本日はお日柄もよく」
「? ええ。昨日の豪雨が嘘のようですな」
「……アーシャ様」
混乱のあまりにとんでもない大根芝居をするアーシャにイヴは頭を抱えてしまう。
二人の様子を不思議そうに見ているライアンにようやく解放されたレーヴが挨拶に来た。
「ライアン。何時ぞや振りだな」
「ああ、レーヴ殿。……何かあったのですかな?」
アーシャとイヴの様子から何かを感じ取りつつあるライアンにレーヴは笑いながら答える。
「アーシャの奴、久しぶりにママに合うもんだから緊張してるみたいでな」
「ママ殿ですか? 今日は疲れてるから、とおしゃって奥におられるようですが?」
「そんなママに久しぶりに茶葉を渡そうと思ってな」
そう言いながらレーヴは左手を何かを確かめるように閉じたり開いたりしている。
それに気づいたライアンは突然笑みを浮かべる。
「そう言う事ですか。それはママ殿も喜ぶでしょう」
「だといいがな。じゃ、またな。行くぞイヴと下手くそ」
「はい」
「じ、自覚はしてるから言わないで」
その様な事を言いながら、代理の受付がママが待っている奥の部屋に案内する。
「もうレーヴちゃんたら。いきなり来て会いたいだなんて、強引すぎると嫌われるわよ?」
そう文句を言いながらママはグラスに入っているお酒をチビチビと飲んでいた。
レーヴたち一同はママに勧められるままに対面のソファーに座る。
「悪いが苦情はあとで聞くよママ。こっちはこっちで必死なんだ」
「そうよね~。あのレーヴちゃんが緊急のサインを使ったって聞いて驚いちゃったわよ」
カリバーンは国からの依頼も請け負う事もあるため、一部のメンバーには緊急時のサインを教えてある。
その中でも茶葉という言葉と、左手を開いたり閉じたりするのは『非常時のためにママの協力を求める』というトップクラスに緊急性が高いサインであった。
「それじゃ、聞こうかしら? 何が聞きたいの?」
そういつもと変わらない様子で、ママは話を聞き始めるのであった。
「ふーん。鍛冶屋の幼馴染が、ねぇ」
「はい。……大した事はないと思うんですけど、気になって」
ママは詳しい状況をアーシャ本人から聞いて顎に手を当て何かを考え始める。
それを不安そうに見つめるアーシャと、出されたお茶を飲みつつ話を聞き漏らさないイヴとレーヴ。
そんな三人を見渡しながら、ママは口を開く。
「未確定の情報で良ければ、あるわよ?」
「本当!?」
そう叫んで立ち上がるアーシャをイヴは落ち着かせようとする。
その隙にママはレーヴに目線を送る。
レーヴはその視線に対し、五本の指をしっかりと見せるように右手を広げる。
ママの表情が少し驚いたものになったのにも気づかず、アーシャは叫んだ事を謝る。
「ご、ゴメンなさいママ」
「フフ、別に謝らなくてもいいわよアーシャちゃん。……本当に言ってもいいのねレーヴちゃん」
「他に手がかりがないしな。確認はいいから早く言ってくれ」
「……まあレーヴちゃんが良いならこっちは構わないわ」
「「?」」
「こっちの話。二人とも気にしないでいいわ」
二人のやり取りを見ていなかったイヴとアーシャにそう言いつつ、ママの内心はレーヴに驚いていた。
(まさか未確認の情報に躊躇なく金貨五枚とはね。相変わらず驚かせてくれるわねレーヴちゃんは)
帝国内での支払いに主に使われるのは銅貨と銀貨、そして金貨である。
それを現代に当てはめるのであれば銅が百円、銀が千円。
そしてレーヴがママに提示した金貨は一万円の価値を持つ代物である。
未確認の、それも関係があるかも定かではない情報にそれを五枚。
明らかに相場を越えた提示額であった。
(それだけその鍛冶屋の子が心配なのかしら? それとも……)
ママは未だに不思議そうにしているアーシャに目線を向けるとこう思うのであった。
(レーヴちゃんとアーシャちゃん。意外と相性がいいかもね)
「ママ、いい加減に」
「あらごめんなさいね? 少し考え事を、ね」
ママはレーヴにそう言うと、真剣な表情になる。
それを見て三人も姿勢を正す。
そして、ママはある話を始めるのであった。
「職人が行方不明になっているのが多発しているの、知ってる?」
あとがき
今回のエピソード、如何でしたか?
少しだけ帝国の貨幣制度にも触れてみました。
ママの口から語られる情報とは何なのか、そしてアクトの安否は!
次回もお楽しみに!
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