第15話 面談

  日が落ちてからかなりの時間が経った。

 子どもはもちろん、大人も寝始めるものが出てくるような時間帯。

 そんな時間にも関わらず、便利屋に併設しているレーヴの自宅兼工房の明かりはまだ灯されてした。


「……」

「—―」


 その工房にてレーヴは上半身に何も着ていないイヴの背中に手を当てながら、魔法を展開しつつ高速で何かを呟いている。

 イヴはそれに対して身動き一つせずに黙っていた。

 傍から見れば異常に取れる光景であるが、二人にとってはいつもの事であった。

 レーヴの師匠が造り上げたゴーレムであるイヴ。

 この構成要素はレーヴがこの五年調べても分からない事が多い。

 また何かしらの異常がイヴに発生した場合、早期発見に越した事はない。


「……」

「――」


 そのような観点から、調査と予防措置を兼ねてこうしてイヴを点検しているのである。

 イヴが服を脱いでいるのは少しでも余計な要素を無くしてスムーズにするためである。


「……ふぅ」


 魔法を止め、深く息を吐くレーヴ。

 それを聞いてイヴは服を着直し始める。

 レーヴの集中が少しでも途切れた瞬間が点検の終了。

 それが二人で決めたルールであった。

 イヴの構成要素を調べつつも影響を与えないようにするには相当な根気と集中力を必要とする。

 現代で例えるなら難しい外科手術を長時間するようなものであった。

 慣れたレーヴであったとしても、万全の状態で一時間半が限界であった。


「あぁ~~」

「お疲れ様です。レーヴ」


 目に疲労が溜まっているのかその辺りを揉み解しているレーヴにイヴはホットミルクを運んでくる。


「ん」


 レーヴはそれだけ言うとホットミルクを少しずつ飲んでいく。


「はぁ~。……今回も特質した異常は見つからなかった」


 飲み物で一息ついたレーヴは淡々とイヴに異常が見つからなかった報告をする。

 イヴは軽く頷くのみで特に反応を示さなかった。

 本格的な調査を始めて四年。

 一度も異常は見つかった事がないため別段思う事もなかった。

 それよりもイヴが気にしているのは。


「それで調査の方は?」

「……」


 レーヴはイヴの質問にすぐには答えず、少し温くなったミルクを飲み干してからこう言った。


「進展はない」

「……そうですか」

「まあこの一年間、新たな発見は無いからな。そうそうは解析できないさ」


 そう言ってレーヴはミルクが入っていたカップを洗いにいく。

 その間、部屋で待っているイヴの心に浮かぶ感情の名。

 それは罪悪感であった。

 自分の体だというのにイヴはその事に関して全く知らない。

 ある意味、もっともイヴを知りたがっているのは他でもないイヴ自身であろう。

 そしてその事でレーヴに余計な手間を掛けているこの状況に、彼女は罪悪感を持っていた。


「……また余計な事を考えているな?」

「レーヴ」


 イヴが扉の方を見ると、そこには呆れた様子のレーヴが立っていた。


「ったく。気にするなと言っているだろ? 所有者として当然のケアも兼ねているんだからな」

「……ですが」

「……全く」


 レーヴは近くにあった椅子をイヴに近寄せる。


「?」

「座れ」


 言われた通りにイヴが椅子に座ると、レーヴは予備の椅子で向かい合わせに座る。


「レーヴ、これは?」

「面談」

「面談?」

「そう、面談。……考えてみれば帝国に来たからしばらく精神面に関しては放置していたからな。丁度いいから精神面の調査も今日はやる」


 イヴは戸惑いつつも納得はする。

 肉体が元気でも精神が不調を訴えるのは人間でもよくある事である。

 ましてゴーレムであるイヴは、精神に関しては疎い。

 気づかない内に精神が不調でもおかしくはなかった。


「しかし面談と言っても……何を話せはいいか」

「まあ初めてだからな。仕方がない。今回は俺が話すから、お前はただ聞いてリアクションしろ」

「それでいいのですか?」

「あくまで今回だけだ。次からは話題を用意しておけよ」

「……では。一つテーマを決めてもいいですか?」

「お、積極的な感じでいいんじゃないか? 何が聞きたい?」

「……レーヴの師。そして、当機の造り主について」


 それを聞いてレーヴは少しだけ固まる。

 すぐに動き始めるが、その表情は少し戸惑っていた。


「いきなり、だな。今まで興味が無さそうだったのに」

「変化を加えるなら踏み込んだ方がいいと思いました。それに興味が無かった訳ではなく話題を避けていただけです」

「俺を気にして、か? 無駄に気を回しやがって」

「で? どのような人物だったのですか?」

「……あまり外で話すなよ? イメージに傷がつく」


 そう言うとレーヴは椅子に楽に座り直すと、天井を見ながら話始める。


「歴史的な話は……今更話さなくていいだろ?」

「はい。文献等で見ましたので」

「だな。まず女の趣味は合わなかったな」

「? どのような女性が魅力的、という話でしょうか?」

「そうそう。長い間一緒に暮らしたけど、これに関しては一個も合わなかったな」


 メイド服のスカート問題から始まり。

 髪の毛はロングかショートか?

 魅力を感じるのは胸か尻か?

 挙句には下着は黒か白かで取っ組み合いの喧嘩をするほど、この件に関して彼らの意見が一致する事は無かった。


「けれど」


 だけれども。


「そんな彼が……好きだった」


 レーヴが師匠を嫌った事は、一度たりともなかった。


「親は何でか知らないが俺を嫌ってたらしくてな。森を一人で遊んでいたのを師匠が見つけて引き取ったんだ」

「その時の記憶は……」

「そんなに憶えてるわけないだろ? 五歳の時だぞ?」


 半笑いしながらそう返すと、レーヴは続きを話し始める。


「それ以来十一年間。ずっとあの人と暮らして、本当にこことは違う異世界から来たんだってことを強く実感したよ」


 容姿だけの問題ではない。

 この世界に対する物事の考え方自体が根本的に他の人間とは違っていた。

 特に魔法に関しては彼独自の解釈で新たな魔法を構築していたほどであった。


「幾ら文献を読んでも師匠の魔法が理解できなくて泣いた事もあった。そんな俺にあの人は言った。『レーヴはレーヴの魔法を突き詰めればいい。それの手助けぐらいはしてやる』って」

「……」

「その後だな。俺にゴーレム造りの才能がある事に師匠が気づいて進めたのは」

「もしレーヴの才がモンスターの使役なら、当機は別の何かだったかも知れませんね」

「かもな。ともかく師匠との日々は、まあ楽しかったよ」


 思い出を思い返すように目を瞑りながらレーヴはそう言った。

 しばらく沈黙が支配した空間であったが、レーヴは物語の締めに入る。


「まあ思い出話はこんなとこだな。師匠が亡くなってからの事は……言わなくても知っているだろ?」

「ええ。王国に仕えていた頃も含め、しっかりと」

「……嫌な事思い出させるなよ」


 イヴの言葉で、レーヴはかつて王国に仕えていた頃を思い出すのであった。



 あとがき

 という事で今回はこれまでとなります。

 2023年、最後のお話となりましたが如何でしたか?

 少しだけ明かされたレーヴの過去と師匠との関係。

 そして次回は王国時代のレーヴが見れます。

 もう少し昔話にお付き合いください。

 質問はいつでも受け入れておりますのでお気軽に。

 では、よいお年を。

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