第14話 ゴーレムと騎士の女子会

  レーヴがアクトたちと話していた頃。

 イヴは便利屋の清掃を行っていた。

 レーヴは最低限な清掃しかしないため、細かな部分はイヴの担当であった。


「ふぅ……」


 店の中を清掃し終え、イヴは軽く息を吐く。

 作られた存在、ゴーレムである彼女に体力という概念は本来ない。

 だがレーヴの師匠、イヴにとっては顔も知らない親のような存在は彼女に制限を掛けていた。

 これにより戦闘時以外はイヴは平均的な二十代女性程度の能力しか出せない。

 切り替えは秒単位で出来るためイヴにとっては煩わしい制限でしかないが、レーヴはこれを解除しようとはしない。


「きっとこれは師匠の願いだ。そう簡単に外せないさ」


 以前レーヴはイヴにそう話したが、彼女は未だにその意味を測りかねている。


「……まあ当機が考えても」


 と判断してイヴも仕方なく現状を受け入れている。

 そのような人間のような思考をする事態、レーヴとその師匠の狙いどうりなのだが。

 当のイヴはその事に気付いていない。


「よいしょ」


 掃除道具を片づけるとイヴは店内を見渡す。

 そこにはレーヴが師の言葉から苦心して造り上げた、カデンゴーレムたちが並んでいる。

 便利屋を始めた頃は胡散臭い目で見られていたが、その有能性が分かると爆発的に人気になった。

 心こそ持ってはいないが、イヴにとっては弟たちのような存在たちである。


「……」


 ふとイヴは自分たち、ゴーレムについて考える。

 ゴーレムは元来、石や鉄で造られた魔法で動く人形のようなものである。

 そこに意思などはなく、ただ与えられた指令の元に破壊されるか魔力が尽きるまで動くもの。

 国によっては安い労働力として魔法使いの元で働いている。

 そこにイヴは疑問も怒りも湧いてはこない。

 本来ゴーレムとはそういう物である。

 自分のような存在が異例なだけである。


「……レーヴ」


 自分でも意味が分からないままレーヴの名前を口にするイヴ。

 初めて出会った日から今まで、五年という時を共に過ごしてきた彼女の主人。

 だがレーヴは自分を名前で呼ぶように命令した。

 その意味を理解できずに理由を問うイヴに彼は照れながら答えた。


「いや……その……気恥ずかしい、から」


 イヴは知らない事ではあるが、彼女の容姿はレーヴにとって好ましいものであった。

 当然、彼の師匠がレーヴの好みを理解して寄せた結果である。

 レーヴの言葉の意味を理解できないイヴであったが、少なくと自分を人間のように見ているのは理解できた。


(愚かな人)


 未発達な心で、イヴは最初そう思った。

 イヴはゴーレムでレーヴはマスター。

 どれだけ自分が人間に似ていても、その関係は永遠に変わらない。

 無駄な思考だとイヴは口にせずにそう思った。


(違うのかも知れない)


 そう思い始めたのはいつの頃だったか。

 レーヴは造るゴーレムたち全てに並々ならぬ神経を注いだ。


「確かに売る以上こいつ等は商品だ。だが、俺の魔力を注いで造り上げる以上は子ども同然だ。なら情熱を注ぐのに理由は要らないだろ?」


 汚れた手で汗を拭いながら、レーヴは笑いながらそう言った。

 他の魔法使いはそんな思考はしない。

 そう直接言われた時もあったが。


「俺は伝説の魔法使いの弟子だ。なら考え方も変わってて当然だろ?」


 と言い返していた。

 イヴにはそれが正しい事かは判断できない。

 この世界の常識で考えれば、異端なのはレーヴの方なのは間違いない。

 考え方も、造るゴーレムもだ。

 だがレーヴが間違っているか?

 そう聞かれればイヴは沈黙を持って答えるだろう。


(分からない)


 イヴには分からないでいた。

 レーヴが正しいかどうかも。

 心を持った自分が、ゴーレムとして正しいのかどうかも。

 ……自身がレーヴをどのように認識しているのかも。

 そのように考えている時であった。

 規則正しいノックの音が店内に響いたのは。


「?」


 すでに閉店にしているはず。

 そう疑問に思いつつもその規則正しいノックをする人物は、レーヴの周りでは数少ない。


「申し訳ありません! 誰か居ますか!」


 しかも大声でありながら、この鈴を転がすような声を出せるのは一人しかいなかった。


「そう声を張り上げなくても聞こえています。入って来て構いませんよクラウディア様」


 イヴがそう言うとクラウディアは手荷物をもって入り口を潜る。


「も、申し訳ありません。騎士として声を出さねばいけない時が多いので、つい」


 指摘された事が恥ずかしかったのか、クラウディアは顔を赤くしながらそう口にする。


「構いません。それよりもクラウディア様、今日はどのような要件で? 生憎とレーヴは……」

「いえ。知人から良いコーヒー豆を沢山もらったのでおすそ分けをと思いまして」


 クラウディアはイヴに手にしていた荷物を手渡す。

 その感触は確かに豆のようであった。


「よろしいのですか?」

「いえ、その……。実を言うとコーヒーはあまり飲めないので……。レーヴ殿はよく飲んでるとの事なので持て余すよりは良いかと」

「なるほど」


 実のところ。

 レーヴも特別コーヒーが好きな訳ではない。

 ただ研究が夜遅くまで続く事が多いので眠くなりにくいコーヒーを飲んでいるのである。

 ただやはり質のいいコーヒーは気に入っているので、そう悪い事ではないだろうとイヴは判断した。


「分かりました。レーヴにはそう伝えます」

「お願いします。レーヴ殿は工房ですか?」

「いえ、提携している鍛冶屋に。戻ってくる時間は未定です」

「そうですか……」


 クラウディアはそれを聞くと少し残念そうな顔をした。


「何か?」

「いえ。最近話題のコーヒー店が今日は空いていたので、良ければと思っていたのですが……」


 そこまで言うとクラウディアは突然ひらめいたようにイヴを見る。


「確かイヴ殿はお食事が……」

「? はい。当機は食べ物からも魔力を補充できる用に設定されています」


 それを聞くとクラウディアは嬉しそうに提案する。


「でしたら一緒に行きませんか? 話題の女子会です!」

「申し訳ありませんが当機ではそういった交流会は不適任かと。話題も少ないですし、そもそも当機は……」


 人間ではない。

 そう言おうとするイヴであったが、それをクラウディアは遮る。


「いいんです! 私は是非イヴ殿と女子会したいです!」

「……何故でしょうか?」


 そう問いかけるイヴに逆に不思議そうにクラウディアは答える。


「? 仲良くなりたいと思うのは不思議な事ではないですよね?」

「……ですが」

「人間だから、ゴーレムだからとかは関係ありません。イヴ殿と仲良くなりたいんです」

「!!」


 その言葉が驚きだったイヴが何も言えなくなるとクラウディアは手を合わせて提案する。


「ならば便利屋殿に依頼します! 一緒に女子会、してくれますか?」

「……依頼ならば、仕方がありませんね」


 嬉しそうにするクラウディアを見ながら、イヴは口に出さずに思う。


(やはり人間は、分からない)


 そう思うイヴであったが、その表情は本人も知らない内に微笑んでいるのであった。




 あとがき

 皆さま、今回のお話は如何でしたか?

 ゴーレムであるイヴを主役に今回は書かせてもらいました。

 今回の事でイヴにどのような変化が起きるのか?

 それはまた別のお話で。

 感想、疑問等はいつでも受け入れていますのでお気軽に。

 レビューも面白いと思ってくれたならしてもらえると嬉しいです。

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