第13話 職人

「……で? そいつ結局生かした訳?」


 ラーハの職人街、帝国でも名の知れた鍛冶屋であるアクトはそこに居を構えていた。

 そして、数日前の仕事の内容を土産話にレーヴはそこに訪れていた。


「まあな。可能な限りは生かしておけとの依頼だしな。絶対余罪もあっただろうし」

「そこで人道とか説かないお前が怖いよっ、と」


 作業が一段落ついたためアクトは手を止めて休憩に入る。

 レーヴはそんな彼に水を手渡しつつため息を吐く。


「悪かったな。……ま、とにかくそいつは今頃罪状を騎士団にたんまり聞かされてるだろうな」


 これからさらに騎士団による厳しい追及が待っている事を考えれば、夕暮れの森でヤラれた方がマシだったかも知れないが。

 そんな事を考えつつレーヴは事の顛末を語り始める。


「で、供給元を断たれたゴブリンたちは消え去って俺たちは見事勝利しました。めでたしめでたし」

「いや、もっと細かく話せよ。商人たちはどうなってたんだよ」


 アクトにそう言われると、レーヴはため息を再び吐きながら話始める。


「全員森にある洞穴にいたのを助けたよ。魔力源として少しづつ魔力を吸い上げていたらしい。商品も回収できたのは嬉しい誤算だったがな」

「あ? そいつ売ってなかったのか?」

「どうやら貯めに貯めてまとめて売り払う気だったらしい。……プルートじゃなくて自分の懐に入れるためにな」

「なんだそれ。義理も何もあったもんじゃねぇな」

「まあ元々人を騙して暮らしていたような奴だ。プルートとしても信用してないだろうから、碌な情報は得られないだろうな」


 そう考えればポシェにとってレーヴたちに捕らえられたのはまだ幸運だったのかも知れない。

 プルートに裏切り者と認定されれば、表でも裏でも生きる術はなく悲惨な最後が待っていたのだから。


「だが今回の一件で一番得をしたのは商人たちと護衛の契約をちゃっかり結んだママだろうな」

「うわぁ、えげつないなあの人」

「伊達にカリバーンのマスターをしてる訳じゃないって事さ、お前も依頼する時は気をつけな」


 そういうレーヴも商人たちと個人的に顔を売っていたので人の事は言えないのであった。

 話している内にだいぶ体の熱が取れてきたアクトはテーブルに身を乗り出してレーヴと距離を縮める。


「そういえば聞いたか例の」

「ちょっとアクト! この剣、焼きが甘いんじゃない!?」


 アクトの話を遮るように裏口から入ってきた人物が大声を上げて入って来る。


「しっかりしてよね! 幼馴染だからって手を、抜くんじゃ……」


 その人物はテーブルにいた二人、というよりレーヴを見て動きを止める。

 レーヴとしてもその人物に見覚えがあった。

 というより数日前に一緒に戦ったばかりであった。


「久しぶりだなアーシャ。と言っても数日前に会ったばかりだが」

「れ、レーヴ?」


 そう呆然と言うとアーシャは自身の姿を考える。

 冬場だろうと暑くなる火事場に来るためかかなりラフな格好である。

 というかユルユルすぎてお腹や胸元が見えちゃっている。


「!?!?!?」


 一気に顔を真っ赤にさせると、アーシャは突風の如く鍛冶屋を出ていく。

 数分後、戻ってきた彼女の服装は鍛冶屋には相応しくない清楚なものであった。


「あ、あらレーヴ。久しぶりね」

「いや、わざわざ着替えて言う事でもないだろ」

「な、何の事かしら? 私の普段着はコレだけど」


 どうやら先ほどの恰好をなかった事にしたいのを察したレーヴは口を閉ざすが、残念ながら空気の読めない人物が一人いた。


「いやそれお前の一張羅じゃ……うおっ!?」


 まるで瞬間移動のように一気にアクトとの距離を詰めたアーシャは、そのまま彼をさらって店の壁際に追い詰める。


「何でレーヴがいるのを知らせないのよ! とんだ恥を掻いたじゃない!」


 小声で怒鳴るという器用な真似をしながらアクトを責めるアーシャ。

 恋愛事にはレーヴ以上に鈍感なアクトは何故怒っているのか分からないまま言い訳をする。


「いやだってそう何度も来る訳じゃないし、というか何でお前に知らせなきゃならないんだよ」

「う、うるさいわね! そのぐらい察しなさいよ!」


 アーシャとアクト。

 この二人はアーシャが言っていたとおり、幼馴染という関係である。

 だがお互いに恋愛感情はなく、気の置けない友人関係を築いている。


「とにかく! レーヴがいる時は何でもいいから知らせる事! 返事!」

「ヘイヘイ。ったく何でレーヴが関わると人が変わるんだか」


 二人がテーブルに戻ると、レーヴは放置されていた小さな鉄材でミニサイズゴーレムを作っていた。


「話は終わったか? 相変わらず仲がいい事で」

「べ、別に? ただの幼馴染だから。か、勘違いしないでよね!」

「いやぁ実はコイツが、ウグッ!?」


 余計な事を言おうとするアクトの腹にひじを撃ち込むアーシャはなるべく優雅を意識して近くにあった椅子に座る。

 一方でアクトも痛みを堪えつつも席につき三人で会話する。


「で? アクトはさっき何を言いかけたんだ? 教えろ」

「そ、それが痛みに悶えてる人間にかける言葉か?」


 腹部を押さえつつアクトは先ほどまで言いかけていた話を再開する。


「聞いたこと無いか? このラーハで最近行方不明者が続出してるって話」

「いや? 本当なのかそれ」

「それなら私も聞いたことあるわね。何でも行方不明なのは有名な専門職の人間ばかりって言ってたわね」


 二人が語った事をまとめると。

 昨日まで確かにいたはずの人間がある日を境に姿を消した。

 家族や友人も遠出するなんていう事は聞いておらず、被害届も出されている。

 だが目ぼしい成果は挙がっていない。

 このような事がすでに十件近く起きているらしい。


「……専門職ばかりが、ねぇ」

「鍛冶屋とかだけじゃなくて大工やお菓子屋の店主までいなくなったらしいぜ」

「二人とも気をつけなさいよ? 特にアクト、あんた不用心なんだから」

「分かってるって。もし人さらいだったとしても仕事場を荒らす奴は容赦しねぇからよ」


 アーシャの幼馴染という事もありアクトもそれなりには剣を扱えるのである。


「……そういう事じゃなくて」


 だがアーシャはアクトの返しに頭を抱える。

 それを見てレーヴは苦笑しながらアクトをフォローする。


「まあここは信用してやろぜ。アーシャだってアクトの実力は俺以上に知っているだろ?」

「……まあ、そうだけど」


 未だに納得しきれていない様子であったアーシャだが、レーヴを見てふとある疑問が湧く。


「そういえばレーヴ。今日はどうしてこんな所に?」

「こんな所ってお前」

「ああ。例の試作剣についてな」

「? 確か試作は上手くいったって言ってなかった?」


 皇帝から多少急かされたこともあり、実験をしたところスライムのような魔法生物を見事に剣で撃退する事に成功したとアーシャはアクトから聞いていた。


「いやそれが。肝心の魔力が少ない奴だと剣が反応しない事が分かってな」

「それで試作第二弾を今打ち終えたところだ」

「……何というか、職人も大変ね」


 そう心の底からの言葉を言うアーシャに二人は笑う。


「結局いい物を作るためにはトライ&エラーの繰り返しって事さ」

「いい事言うなレーヴ! さて! 休憩も終わったし、実験に付き合ってもらう奴を探さないとな!」

「……それ、私じゃダメなの?」

「「ん?」」


 アーシャの申し出に顔を見合わせるレーヴとアクト。

 その様子に笑みを浮かべながらアーシャは理由を語る。


「何だか二人を見てたら手伝いたくなって。丁度仕事も空いているしね」

「俺は一向に構わないが、アクトは?」

「文句はねぇが。……あとで我が儘言うなよ?」

「言わないわよ! 人を何だと思ってるのよ!?」


 その後、二人が笑うのに釣られて怒っていたアーシャも笑い出す。

 そんなとある快晴の日の昼であった。



 あとがき

 という事で無事にレーヴたちは帝国に帰還しました。

 アクトとアーシャの意外な関係も明らかになり、物語は進んでいきます。

 今回も、そして次回以降も楽しんで貰えれば幸いです。

 では今回はこれにて。

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