第16話 歴史という呪縛

「レーヴ!! 貴様! 何度言ったら分かる!」


 二年と少し前、王国の中心にある王都の魔法工房にてレーヴは大柄の男に怒鳴られていた。


「はぁ。毎度毎度よく喉が持ちますね、コンディ騎士団長殿」


 しかし自分より大柄な相手に対して、レーヴは一切引く事なくそう返す。

 その一方でコンディと呼ばれた男は顔を真っ赤にして怒りを募らせていく。


「貴様が規則を破るからだろう! なんだこれは!?」


 そう言ってコンディが取り出したのは一つの小瓶であった。

 レーヴはその小瓶に見覚えがあった。


「俺が制作したポーションですね。それが何か?」

「何か? では無い! 通常のポーションより傷の治りが早いではないか!!」

「いや、いい事でしょそれは」

「いい事ではない! 何故規定どうりにポーションを作らない! 厳密に決められているはずだ! 我らが王国の誇りある伝統を汚す気か!」

(またそれか)


 レーヴは十、いや百は聞いたであろうその言葉にウンザリしていた。

 王国はこの世界が生まれたとされる時から、つまりは物凄い昔から存在している国である。

 しかし、近年の王国は伝統に固執するあまりに革新的な試みを一切していない。

 伝統的な文化、環境、食事、そして技術。

 それらをただ続ける事が正しい事であり、それ以外は悪。

 そんな考えが王国中に蔓延していた。


「—であるからして……って! 聞いているのかレーヴ!!」

「ああ、はいはい。聞いてますよ? 伝統ね伝統」

「ふざけとるだろ貴様!?」


 レーヴに態度に血管が浮き出るほどの怒りを見せるコンディ。

 周りの働いている魔法使いからしても迷惑であったが、コンディを止めようとする者はいない。

 むしろ怒りの矛先は何度も規定を破るレーヴに向けられていた。

 彼らも王国の標準的な考えに賛同しているからである。


「ええい! そこを動くな! 性根を叩き直してやる!!」


 そう言いながら拳を振り上げるコンディ。

 普段ならレーヴがその拳で殴られ、コンディが帰っていく。

 そういう流れであったが。


「……」


 この日はレーヴの方も我慢の限界であった。

 レーヴはその拳をヒョイと避ける。

 空振りしたコンディはバランスを崩し激しく転倒する。


「き、きさ、貴様!? 動くなと言っただろう!?」

「ああすいません。あまりにワンパターンだったもので、つい」

「何!?」


 立ち上がり睨みつけるコンディは剣に手をかける。

 部屋全体に緊張が走る。

 ただ一人、レーヴを除いて。


「ん? 剣を抜きますか? いいですよ? 抜いても」

「くっ……!」

「ああすみません忘れていました。初めて怒られた時に俺にボコボコにされたのはコンディ騎士団長でしたね」


 そう。

 初めてコンディに怒られた日。

 理不尽な理由にレーヴが切れて即興で造ったゴーレムに一方的に叩き伏せられたのは、他でもないコンディであった。

 その日以来、レーヴとコンディの因縁は続いている。


「あ、あの時は油断していただけだ! 真っ当に戦えば伝統を軽んじる貴様に負ける訳がない!」

「そう思われるなら剣を抜けばいい。まあ反撃はもちろんさせてもらいますが」

「っ~!!」


 怒り心頭な様子でレーヴを睨みつけるコンディであったが、剣から手を放す。


「き、今日はこの辺にしてやる! だが憶えておけ! この目が黒い限りは伝統は汚させんからな!」


 そう言って大股で工房から出ていくコンディを見送ると、レーヴは職務に戻る。


(はぁ)


 同僚の白い目に迎えられながら、心の中でため息を吐くレーヴであった。



「ただいま」

「お帰りなさいませ、レーヴ」


 仕事を終えて街中に買った家にレーヴが戻ると、イヴが食事を作って待っていた。

 どうやらシチューのようで湯気が立ち上っていた。


「ん、ありがとう」

「いえ」


 そう言うと二人は食事を開始する。

 まだ感情が未発達であったイヴとの食事は静かなものであったが、レーヴにとっては安らげる時間であった。

 唯一した会話は。


「今日はお怪我がありませんね」

「躱した」

「そうですか」


 という短いものであった。

 食事を終えるとイヴが食器の後片付けをし、洗い始める。


「イヴ」

「何でしょうか」

「俺、王国を抜ける事にした」


 この世界で一番の国。

 そう自負する王国にとって、その国民が王国を離れるというのは耐え難いものであった。

 故に他国に逃げようとする事は重罪であり、恐ろしい刑罰が待っている。

 それをまるで何でもない事のように話すレーヴに対しイヴは。


「そうですか。では準備しますね」


 そう言って食器を洗うのを止め、旅の準備を開始する。


「止めないんだな」

「レーヴについていくだけですから」


 淡々と返しながらイヴはどんどん荷物を整理していく。


「レーヴの方こそ、よろしいので?」


 それは王国時代にイヴが唯一レーヴに気を使った言葉であった。

 その事に驚きつつも、レーヴは答える。


「当然。師匠からは好きに生きろと言われている。むしろ行動が遅いと怒られるぐらいだな」

「そうですか。……詰め込み、完了しました」


 その事を想像したのか軽く笑うレーヴにイヴは荷物を持ちながら近づく。


「ん、ありがとう。まず師匠の家に行く。まあ奴らに理解できるとは思わないが、好き勝手されるのも嫌だからな、持っていく」


 レーヴの師匠の家は魔法で構築されており、いざという時にはスクロール(巻物)にして持ち運べるようになっていた。


「墓はどうします?」

「残す。師匠あの場所が好きだったしな。魔法で隠しているからバレる可能性もない」

「了解」

「ん。じゃあ行こうか?」


 まるでピクニックに行くような気軽さで裏口からバレないように王都を抜け出す二人。

 それが一望できる丘にたどり着くとレーヴは王都に、いや王国に向けて静かに言った。


「どんな物であろうと少し時が経てば古くなる。だから足を止めれば時代に取り残されるだけだ。じゃあな伝統ある王国。そのままユルユルと衰退していくといい」


 それから数日後、二人は帝国の領内に足を踏み入れるのであった。



「あれから二年か。長いような短いような」

「人間にとっての二年は十分に長いと思いますよレーヴ」

「体感の問題だ、体感の」


 そのように二人が話していると外が若干明るくなってきた。


「うわ。結局徹夜してしまった。思い出の話なんてするもんじゃないな」


 そう言いながら立ち上がるレーヴの体は凝り固まっていた。

 イヴは椅子を片づけつつレーヴに提案する。


「レーヴは少し寝てください。店の方は当機が何とかしますので」

「悪いがそうさせてもらうぞ。非常時の説明書はいつもの所にあるから」

「了解。ではレーヴ、良き睡眠を」


 そう言って部屋を出ていくイヴを確認すると、レーヴはベットに横になる。

 段々と目蓋と思考が重くなる中、レーヴは考える。


(あれから二年、か。ちゃんと俺は前に進めていますかね? ね、師匠?)


 その数分後。

 レーヴは完全に眠りに入るのであった。




 あとがき

 あけましておめでとうございます。

 2024年最初のエピソードはレーヴの王国時代を書かせてもらいました。

 一つだけ補足すると、レーヴは伝統をバカにしてる訳ではなく。

 それに胡坐をかいている王国に失望しているのです。

 次回は未定ですが楽しんでもらえるよう、頑張りたいと思いますので。

 皆さん是非見てくださいね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る