第6話

「高井さん!高井さん!」


朝、いつものように出勤準備を整えていると、玄関の戸を激しく叩く音と高井の名を呼ぶ声が聞こえた。


「何ですか」


おそらくまた実習生が泥棒をやって、逃亡したのだろうと見当がついていた。うんざりしながら戸を開けると、松井が真っ青な顔をして立っている。松井は武田の部下の一人だ。


――まさか…


「とうとう、うちがやられた…」


松井が震える声で、そう呟いた。


ブランド物の果物や野菜を広大な畑で栽培し、販売する武田家はこの地域代々の名士である。

彼の畑にある、ビニールハウスで栽培されているブランド物の苺が、全て摘み取られて無くなっていた。同時にその一角を担当する異世界人実習生らが姿を消している。


慌てて高井が武田家へ向かうと、客間に通され主である武田に対面した。そこで見た武田の顔に、高井は背筋が凍り付いた。

いつもはビリケンさんのような、人の好さそうな細い目が開かれ、白目が充血し黒目は怒りでギラギラと光っている。

常に上を向いている口角が印象的であった口元は、きつく真一文字に絞められていた。


恐怖のあまり何も言えないでいる高井に、武田の方から声をかけた。


「高井さん、どこかの実習生受け入れ先が、異世界人らを使って悪さしてるというのは本当ですか?」


「い、いや…確証があるわけでは…」


消え入りそうな声で答える高井を無視するように、武田は続けて言った。


「実はね、警察だけに任せていても埒があかないので、独自に調べていたのですよ。そしたら今宮の家が怪しいって、そんな話が出てきてね…確かに、あいつの家も農家だけど未だ一度も被害に遭っていないしね。」


被害に遭っていない農家や農場は、決して今宮だけではない。

今宮は武田や地域住民に煙たがられるような、目立つ者ではなかったが、同時に突出して気に入られているわけでもなかった。

最も無難に立ち回っていたはずだったのに、今回いてもいなくてもどうでも良い者として、いい加減な人選で不運にも白羽の矢が当たってしまったのである。


武田と共に車で広場に着くと、そこでは既に今宮とその家族が地域住民らに囲まれていた。

今宮一家に暴行の形跡は見当たらないが、皆青い顔で怯えており、子供たちは泣きながら自分の親にしがみついている。

彼らの足元には、薪がくべてあった。


「まさか…武田さん…」


高井は武田の顔を見る事ができず、今宮一家に目をくぎ付けにしている。


「高井さんもご存知でしょう?昔は、あの藁人形は人間だったのです。しかし今では藁人形で誤魔化している。

だから神様がお怒りになり、このような凶事が立て続けに起きるようになった…きちんと人間を捧げる事で、再び神の加護を得るのです。」


今宮一家は皆、縦に建つ木に一人ずつ縛られ、その足元に薪が並べられた。

火の点いた松明を手にするのは、この地域で農業、農場を営む主たちである。彼らがほぼ同時に薪に火を点けると、勢いよく燃え上がった。


肉が焼ける香ばしい香りが漂う中、火だるまになる今宮一家を高井はぼんやりと、何の感慨も無く眺めていた。

ふと横を見ると、武田もまた、既に炎に包まれ見えなくなっている今宮一家を眺めている。

炎でオレンジ色に照らされたその顔は、非常に穏やかで柔和に見えた。



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