第5話

高井のもとに宇海という農家から、異世界人の実習生が賃金の引上げや雇用環境改善を訴えてきたと連絡があった。

労総に入れ知恵された可能性を察した高井は、面倒な事になる前に転生者管理局に届け、適当な罪をでっちあげて牢屋に放り込んでもらう事にした。

深夜ハイエースに乗り、実習生の詰め込まれている小屋に着くと、連れて来た従業員二人と共に声もかけずにドアを開けて押し入った。

四名いる実習生らは、突然の事に驚きながらも事態を察して抵抗し、暴れ出した。


ろくに食べておらず、休養もとっていないとは言え、若い成人男性四名の必死の抵抗に、運動不足で不摂生の中年男性三名では勝ち目がないと見た高井は、警察に連絡した。


小屋の外、停車するハイエースの中で待機していると、パトカーのサイレンが近づいてきた。後は何もせずとも、警察が彼らを引き受け豚箱にぶち込んでくれるだろう。そう思っていた。


ところがパトカーが着くと、小屋から出てきた実習生らは皆、「民事不介入」と書かれた用紙を掲げ始め、警察も何もせずあっさり帰っていったのだ。


――確実に、労総の入れ知恵だ。


高井はそう察した。そして間も無く、宇海の元に労総の成田と名乗る人物から連絡があり、宇海の元で働く実習生の事での話し合いを求められた。



労総の人間など、きっとろくに働いた事の無い世間知らずばかりだろう。そう甘く考え、宇海と共に対面したのだが、成田という人物は思っていた以上に手強かった。


証拠を並べ立てられ、改善されなければ裁判に持ち込むとまで断言され、これまでの未払い賃金の支払いや、通帳の返還まで約束させられる事となってしまった。


「こんな雇用条件で雇っていたら、この国の農家や畜産業はやっていけませんよ!」


宇海は涙を滲ませながら、訴えた。


宇海の言う事は嘘ではない。宇海らの取引先である大手デパートやスーパーは「値段を下げなければ、お宅との取引を打ち切り、より安く済む海外と契約する」と言って、まともな人件費を払えないような値段での取引を求めてきた。


宇海たちに選択肢は無い。渋々条件をのんだ彼らに、異世界人実習制度は正に救世主であったのだ。


「辛い立場はお察しします。しかし、だからと言ってより弱い立場の者の人権を踏みにじっても構わないわけではない。」


成田は冷静に、しかし強い口調でそう答えた。


「あなたたちにも事情があるように、彼ら実習生たちにも事情がある。一方的に自分の事情だけを押し付けないでほしい。

…何のための産業ですか、人のための産業でしょう?人を人とも思わぬ扱いをして、そうしなければ成り立たない産業だなんて、一体何のための産業なのですか。本末転倒ですよ。

宇海さん、彼ら実習生はあなたたちと同じ人間なのです。それを忘れないでください。」


「しかし、異世界人というのは悪い奴が多いですからね…。ご存知でしょう?隣町で起きた事件を。」


高井が腕を組み、横柄に言い放つが、成田は全く態度を変えずに答えた。


「異世界人の実習生が、受け入れ先の農場で家畜を窃盗し、逮捕された事件ですね?彼ら実習生らは、受け入れ先での劣悪な雇用環境に耐えられず犯行に及んだそうです。

治安を守るためにも、あなた方は彼らを自分と同じ人間として扱ってください。」


そう言われ、高井も宇海も返す言葉が見つからず黙り込んだ。


それでも成田が帰った後、宇海は「こんな雇用条件では大赤字だ」と相変わらず愚痴を言いながら涙を流していた。

高井はそんな宇海を適当に慰め励まし、そして帰っていった。


「宇海さん、今回は運が悪かったと思って辛抱だよ。なに、今いる実習生はあと数年で契約が切れる。新しく他の実習生を雇い入れた時、もっと用心する事だ。大丈夫、損した分なんてすぐ取り戻せるさ。」

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