第8話 弟子入りはお断わり――③

 力強い瑠璃色の眼差しが、オルティナの紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめている。


『弟子にしてください』


 オルティナはたった今言われた、冗談のようなセリフをゆっくりと咀嚼した。

 そして首を傾げる。


「貴女を? 弟子に? 私が?」

「はい」

「なるほど……聞き間違えじゃなかったか……」

「どうでしょう、考えてみては頂けませんか……?」

「ごめん無理。それじゃあ」

「ちょっ!? 待ってください!」


 問答無用で再び閉められようとする扉を、ラピスがどうにか止めようとする。


「い、今一度、考え直してくださいませんか!?

 というか判断がとても早い……!」

「決断の遅い探索者は生き残れないからね」

「ここはダンジョンの中じゃありませんよっ……!」


 ふぎぎ、と両手両足で踏ん張りながら、閉ざされゆく扉に抗うラピス。


 対してオルティナは面倒くさそうに片手でドアノブを握るだけだ。

 にもかかわらず、扉はゆっくりとだが確実に閉まっていく。


 体の使い方が違うのか、腕についた筋力にはそこまで変わりがないように見えるのに、力の差は歴然であった。


 ――やっぱりこの人はすごい!


 ラピスがたまらず、扉と玄関の間に足を挟み込んで無理矢理に止める。


「っ、貴女ねぇ……!」

「ご無礼は謝ります!

 ですが、どうしても私はあなたに弟子入りしたいんです! ……お願いします」


 今にも泣き出しそうな顔でラピスが言う。

 オルティナは『なんでそこまで……』と思いつつ、これ以上はらちが明かないと諦めた。

 このまま押し問答を続けても時間の無駄だろう。

 ラピスの諦めが悪いことは、先日の戦闘で知っている。


「はぁ……とりあえず、中に入って。扉が壊れても困るし。話だけは聞いてあげる」

「ほ、本当ですか!?」


 うんうん本当本当、と適当にあしらいながら、オルティナはラピスを家に上げた。







「美味しいね、これ」

「お、お口に合ったようで何よりです……」


 もぐもぐと忙しなく口を動かして、オルティナがラピスの持ってきた焼き菓子を頬張る。

 テーブルの上には空の包みが4つも転がっていて、今食べているのは5つ目だ。


 お腹空いていたのかな……と向かいあって座るラピスは、その様子を何とも言えない顔で見つめていた。


「はむ……それで? どうして私に弟子入りしたいの?」

「あっ、はい!

 それは、その……オルティナ様が私の目指す理想の探索者だからです!」

「様って……」


 大げさな。それに理想と来たか。


 オルティナは人の悪意には聡いが、反対にラピスが向けてくるような善意や好意にはてんで疎い。

 彼女が太鼓持ちで調子のいいことを言っているのか、本心なのかの判別がつかないのだ。


 なまじ自分でも褒められた性格をしていないと分かっているため、なおさらラピスの言うことは信じられなかった。


「それに……理想の探索者? 私が?」

「はい、そうです」


 キラキラとした瞳でラピスが頷く。


 オルティナは無言でラピスの頭に治癒魔法をかけた。

 手応えがない。

 なんということだろう、彼女の脳は正常のようだ。


「頭……大丈夫……?」


 それでも信じられなかったオルティナが直球でそう聞いた。


「だ、大丈夫ですよ……?!

 というか今の感覚……もしかして治癒魔法ですか?」

「そうだけど」

「やっぱり! オルティナ様は治癒魔法まで使えるんですね……!」


 扱いの難しい高等魔法なのにすごいです……とラピスが目を輝かせる。


 どうやら逆効果だったらしい。

 オルティナはいよいよ面倒くさくなりながら、ひらひらと手を振った。


「貴女が私をどう思ってるか知らないけど。

 一度、私の過去の配信でも見てきたら? とても理想にしたいとは思えなくなるから」

「配信のアーカイブなら全て拝見しました!」

「は……? 冗談でしょう。一体いくつあると思ってるの?」


 オルティナが不愉快そうに顔をしかめる。

 今のは嘘だと思ったからだ。


 オルティナは面倒だ嫌いだと言いつつも2日に一回は配信を行い、救助活動をしている。

 それも三年前からずっとだ。

 加えて編集も何もない垂れ流し放送なのだから、とても昨日の今日で全てを見終えることは出来ない。


 オルティナの機嫌を損ねたと分かり、ラピスが慌てて訂正する。


「その、オルティナ様のことは以前から存じ上げていたんです。

 実は助けてもらうのは昨日が初めてじゃなかったので……」

「そうなの?」


「はい。

 去年、養成学校の実習をしていた時、層またぎに襲われた所を助けて頂いて……。

 覚えていらっしゃいませんか?」

「まったく」


 そんなことしょっちゅうだ、と言いたげにオルティナは即答した。


 上層に中層のモンスターが現れることは非常に多い。

 だがそれはイレギュラーな層またぎというよりは、昨日の少年たちのように中層から逃げ帰った探索者が引き連れて行くことがほとんどなのだ。


 日常、とまではいかないが、月に1、2回は発生するそれを大雑把なオルティナが覚えているはずもない。


「その時からずっと、私の目標はオルティナ様のような探索者になることだったんです」

「昨日はそんな素振りなかったと思うけど?」


「あ、あの時は気が動転していたといいますか……!

 夢にまで見たご本人が目の前にいることが信じられなかったと言いますか。

 でも地上に戻ってから配信を見直して、やっぱりオルティナ様だと分かったとき思ったんです。

 これは運命だ――って!」


「私からするとたちの悪い偶然なんだけど……」

「偶然も重なれば必然と言うじゃないですか!」


 どうしよう、この子すごいポジティブだ……。


 苦手なタイプだ、とオルティナは家に上げたことを後悔した。

 焼き菓子の残りはもう無い。


 仕方なく、本当に仕方なく、彼女はラピスときちんと向かい合うことを決める。


「まぁ……経緯はなんとなく分かったけど。

 それなら貴女は私みたいな探索者になりたいってこと?」

「はい、そうです!」

「視聴者が50人もつかないような、底辺配信者に?」


 オルティナが『これも自虐になるんだろうか?』と自分ではまるで価値を感じない配信を引き合いに出して、説得を試みる。


 それにラピスは不思議そうな顔で、


「えっと……でもそれは配信者としての話であって、探索者の実力とは関係ないですよね……?」

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