第9話 弟子入りはお断わり――④
「……へぇ」
その言葉に、オルティナの中で彼女の評価がわずかに上がった。
(少し驚いた。最近探索者になったばかりなら、配信の人気=探索者の実力と勘違いしていてもおかしくないのに)
笑って……というにはいささか邪悪な笑みを浮かべるオルティナに、ラピスが居心地悪そうにする。
「あ、あの……オルティナ様?
どうして笑って……私、そんなに変なこと言いましたか?」
「何でもない。まぁその考え自体は私も同意見だよ」
「本当ですか!」
「うん。でも、それじゃあ貴女は配信者として人気者になりたいわけじゃないんだ?」
「いえ、そこは配信者としても有名になりたいです!
大陸中に知れ渡るくらいに!」
ズルッ、とオルティナがずっこけそうになる。
てっきりラピスも同じダンジョン配信アンチかと思ったら、そういうわけではないらしい。
「だ、だったら私じゃなくて、他の人に弟子入りするべきじゃない……?」
「他の方は皆さんパーティを組んでるんです。
ソロで攻略していて、かつトップクラスの実力を持っている方はオルティナ様くらいなんですよ!」
つまり
ぼっちで悪かったな、とオルティナがムッとする。
しかしすぐにその言い回しの真意に気づいた。
「貴女ソロ志望なの?」
「はい、そうです!」
「でも昨日は普通にパーティを組んでたでしょう?」
別にソロ攻略をする人がパーティを組んではいけない決まりなどはないが。
慣れないうちはパーティで、という考えだったならそこから弟子入りを諦めさせられないかとオルティナは考えていた。
「そう、なんですけど……」
その問いかけに、言いづらそうにモジモジと体を揺らすラピス。
やがて観念した彼女は、うつむいたままでぽつりと言葉をこぼした。
「怖く……なってしまったんです」
「怖い?」
「はい。実は……昨日、パーティが壊滅しかけたのは私の判断ミスが原因なんです」
ラピスが言うには、アングリー・エイプとの戦端を開いたのはリーダーの少年だったそうだ。
しかしダメージを与えられたのは唯一ラピスの剣だけで、それがきっかけで大猿を怒り狂わせてしまったという。
そこまでは、まぁ予定調和というか仕方のないことだ。
問題はそこでラピスが
「私は、私たちの実力では中層のモンスターに勝てないと思い込んで、皆に逃げるよう言いました。
結果、パーティを更なる脅威にさらしてしまった……」
(なるほど。どうして4人で戦わなかったのかと思ってたけど……単に自信がなかったわけか)
「私が危ない目に遭うのは、いいです。覚悟の上ですから。
でも誰かを、仲間を危険にさらすのは……とても怖かった」
テーブルの下でラピスが両手を握りしめる。
オルティナに言わせれば、ラピスの言う誰かさんとやらも覚悟してきているのだから、死のうがどうなろうが自業自得だと思うのだが。
(というか『私の判断ミス』って……パーティリーダーは貴女じゃないでしょうに)
人の責任まで被ろうとするのはお人好しを通り越して傲慢だろう、とオルティナは呆れる。
「……他人の命にまで責任を持とうなんていうのは傲慢だよ。
それが出来るのは強者だけの特権だから」
だからソロにこだわる必要はない。
オルティナが一人で迷宮区に潜るのは、彼女に別の思惑があるからだ。
仲間を作ること自体は悪いことではない。
そう繋げようとしたのだが、
「はい、私も傲慢な考えだと思いました」
「……うん?」
「でも、だからこそオルティナ様の弟子になりたいんです!」
諦めさせようとしたのに、何故か彼女の火を点けてしまったらしい。
ラピスが立ち上がってオルティナへ詰め寄る。
「先ほども言いましたが、私はオルティナ様の配信を全部観ています!
そこであなたは、ただの一度だってパーティを組んでいませんでした!」
「ち、近い近い……」
「けれど、一人で誰よりも多くの人を助けていました。
他の探索者の方が自分たちを優先する中、配信もそっちのけで、たくさんの人の危機を救っていた」
「それは……」
「まるでおとぎ話に出てくる英雄のような、そんな姿を見て思ったんです。
私もこうなりたいって。
――誰かの死にも、きちんと向き合えるような。そんな一人前の探索者だと胸を張って言えるようになりたいって」
「……あー…………」
ラピスの言い分はつまりこうだ。
他人の命に責任を持てるのは強者の特権、それならば。
強者になればいい。
目の前に居るオルティナのような。
その主張に、オルティナはどうしようと珍しく本気で困ってしまった。
ラピスが自分を崇めているのはこの際置いておくとして、確かにオルティナは人助けを、言い換えれば人の生き死に首を突っ込む行いを日常的に行っている。
それはひとえに彼女の目的の一環であって、慈愛の精神など欠片もないのだが。
ラピスにとって重要なのは『人を救った』という結果なのだろう。
こうなるとオルティナから"説得"のカードは消える。
人助けの真の目的を明かすつもりもなければ、ラピスの憧れを否定する材料がないからだ。
なによりオルティナは自分の主張を押し付けるだけ押し付けることはあっても、相手の言い分を汲み取るような交渉事はひどく苦手だった。
ついでにラピスが相手では勢いで押すことも出来ない。
パッションでも負けているから。
それでも……弟子入りだけは、絶対に認めるわけにはいかない。
「お願いします! 私を弟子にしてください!」
「イヤ。ダメ。ムリ」
「ど、どうしてそこまで頑なに……」
「それは……私にメリットが無いから?」
「で、弟子にして頂けたら、何でもしますよ!
荷物持ちや素材の剥ぎ取り、身の回りの雑用だって喜んでさせて頂きます!」
「間に合ってるからいい」
「さ、最悪、何も教えて頂かなくても構いません!
そばに置いてさえ頂ければ、見て盗みますから!」
「どちらかというと、そばに居ないで欲しいのが理由なんだけど……」
「そこをどうか……お願いします!」
ラピスが食い下がる。
ここまで言ってなお引かないとは、とオルティナは久方ぶりの戦慄を覚えた。
それでも彼女の答えは決まっていて、
「悪いけど……弟子入りだけは絶対に無理」
「そ、そんな……」
「予定があるから、もう帰って」
冷たく言って、オルティナが玄関の扉を開ける。
ラピスは名残惜しそうに室内と出口、そして無表情のオルティナを見比べると、ノロノロと家を出た。
見送ることもなく、オルティナが扉を閉めようとする。
その寸前、
「――また明日、出直してきます!」
そう言って一礼してから、ラピスは走り去って行った。
「……明日も来るのか」
勘弁してほしい、と渋面を作りながらオルティナは重たいため息を吐き出した。
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