第7話 弟子入りはお断わり――②

 街はずれにある石造りの一軒家。

 一人で住むにはやや広いその家でオルティナは暮らしていた。


「ふぁ……寝過ぎた……」


 大きなあくびをしながら、ぼさぼさになった瑠璃色の髪をかきむしる。

 寝巻にしているシャツは年季が入ってよれよれになっており、ずり落ちて白い肩がのぞいていた。

 そこに普段ダンジョンで見せる凛とした姿はない。


「うあー……うー……」


 朝が弱い彼女は――といってもすでに太陽は真上に近い――うめき声を上げながらベッドの上を転がる。

 起きようか、もう少し寝ていようか。

 昨日はたくさん働いたし探索者も助けたから、今日は鍛錬意外なにもしなくていいか。


 なんて怠惰を貪ろうとしていると、呼び鈴の音が軽やかに鳴り響いた。


「うん……?」


 聞き間違いかと思っているとさらにもう一度。

 やや間隔を開けて再び鈴の音が響く。


 それは滅多に鳴らされない、来客を知らせる呼び鈴だ。

 どうやら気のせいではないらしい、とオルティナは立ち上がった。


「……誰?」


 彼女を尋ねに来る者などほとんど、いや、まず居ないと断じていい。

 それはこの家が街はずれにあるというのもそうだが、何よりはオルティナの性格が災いしている。


 言ってしまえば友人と呼べるものが彼女には居ないのだ。

 悲しいことに。


(荷物、は特に頼んでないよね)


 ベッドから立ち上がり、玄関へと向かうオルティナ。

 その表情は、ついさっきまで寝起きでぽやぽやしていたとは思えないほど鋭い。


 立てかけていた槍を手にした彼女は警戒と共に玄関の戸を開けた。


「どちら様……?」

「あ、あのっ! 先日は、どうも……」


 そこに立っていたのは金髪の可愛らしい少女だった。

 華奢な体格ながら、背の高いオルティナと頭一つも違わないすらりとした長身。


 それでいて出るところはしっかりと出ていて、凹凸の少ないオルティナよりずっと女性的である。

 しかしまとっている雰囲気が柔らかいせいか、並べば誰もがオルティナの方が年長者だと分かるだろう。


 見るものを魅了する可憐で整った顔立ちは、緊張しているのかやや固い。

 瑠璃色の瞳を揺らしながら、その少女――ラピスはオルティナに頭を下げた。


「昨日は本当にありがとうございました! 危ないところを助けて頂いたばかりか、地上まで送ってもらって……パーティを代表してお礼を申し上げます!」

「あぁ、うん……」

「あの、こちらつまらないものですが、良かったら……」


 そう言って差し出された紙袋には、おしゃれな包装をされた焼き菓子が入っていた。

 オルティナが一度も足を運んだことのないような、有名な菓子店のものだ。


 美味しそう……ではなく、高そう、と下世話な感想を抱くオルティナ。


 そんな彼女をじっと見つめるラピスは、遅れてオルティナの寝間着姿、もといだらしのない格好に気付いた。


「えっと……お休み中、でしたか?」

「うん。ついさっき起きたところ」

「そ、そうでしたか! すみません、ご迷惑でしたね……」

「本当にね」

「あう……も、申し訳ありません……」


 明け透けに言い放ったオルティナの言葉に、ラピスがしゅんと肩を落とす。


 やりづらいな、とオルティナは思った。

 普段、はねかえり者が多い探索者にこんなことを言えば、一つ二つ言い返してくるのだが。


 つくづく変わっているんだな、とオルティナはラピスの評価を『変人』に位置づけた。失礼な話である。


 気まずい沈黙が落ちる。

 オルティナは流石に悪いと思ったのか、視線をさまよわせ、彼女の左腕で目を留めた。


「……左腕、治ったんだ?」

「あっ、はい。地上に帰った後、魔法で治療を受けましたので。この通り完治しました」


「治癒魔法? じゃあかなりお金が掛ったでしょう。上層探索者の収入でよく払えたね?」

「パーティの皆さんがお金を出し合ってくれて、それでなんとか……あ、あのっ」


「何?」

「私のこと覚えててくださったんですか?」

「? 当たり前でしょう」


 オルティナがそう言うと、ぱあっと華が咲いたようにラピスは笑みを浮かべた。

 コロコロと表情が変わる。

 彼女の友人は退屈しないだろうな、とオルティナは思った。


 なお、基本的に人の顔はおろか名前を覚えるのも苦手なオルティナである。

 ラピスのことは、今時珍しい自己犠牲の精神と、勇猛な戦いぶりから覚えていたが、それも姿だけの話。


 名前に関してはとんと思い出せていなかった。

 昨日の今日だというのに。


 つくづく他人に興味のない彼女だが、それでも理由なく人を傷つける趣味はない。

 なんだかよく分からないが目の前の少女は喜んでいることだし、ボロが出て水を差す前に帰ってもらおう。


「わざわざお礼ありがとう。それじゃあ」

「あっ――ま、待ってください!」


 そそくさと玄関の戸を閉めようとするオルティナを、ラピスが掴んで止める。


 礼儀正しいと思っていた少女の突然の行動に、オルティナはぎょっと目を丸くした。

 それに「すみません」と小さく謝ってから、ラピスは切実な表情で告げた。


「私を……あなたの弟子にして下さい!」

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