005 禁断の漁

 〈地図〉を頼りに川までやってきた。


「浅瀬で流れは穏やか、対岸までは約25mといったところか」


「それってどうなの?」


「概ねイメージ通りだ」


「おー」


「それにしても……果物に続いて魚まで気味悪いな」


「シルエットは普通なんだけど色が酷いよね」


 川に生息する大小様々な魚は、例外なく毒々しい色をしていた。

 麻衣の言う通りシルエットは普通だが、とにかく色がよろしくない。

 全体的に黒や紫を基調としており、そこへ水色が混ざる場合もある。


「気味が悪くても魚であることに変わりない、漁で乱獲だ」


 〈ショップ〉で岩を買うことにした。

 石材という名称で売られており、売値は材質やサイズで異なる。

 基本的には安価で、2,000ptもあれば十分。


 石材や木材など、材料系の商品は買う前に加工しなくてはならない。

 専用の加工モードが立ち上がるので、そこで材質や形状を決める。

 その後に価格が表示される仕組み。


 この加工機能が非常に優秀で、初めてでも思った通りに操作できた。

 細部まで弄れるため、その気になれば武器の自作だって楽勝だ。

 流石に銃火器は難しいが。


「自作の武器で済ませちゃう? 安く抑えられるよ」


 こちらの考えを読んだかのように麻衣が言った。

 俺は「んー」と悩んでから、「いや」と首を振る。


「今回は買おう。漁に失敗したら自作する方向で」


「ほーい」


 こうして只の岩を購入。

 材質は最も安い物を選び、大きさは持ち運べないサイズに設定。

 設置ボタンを押すと、川の真ん中にご立派な岩が召喚された。


「あの岩が漁に関係あるの?」


「もちろん」


 川に設置した岩を眺めながら静かに待つ。

 ほどなくして毒々しい魚たちが岩に群がった。


「どれだけ色が毒々しくても習性は日本の魚と同じだな」


「もし違っていたら漁が進まなかったんじゃない?」


「そうなんだよ」


「その時はどうしていたの?」


「どうもしない、お手上げだ」


「ダメじゃん!」


 声を上げて笑う麻衣の隣で、俺はホッと一安心。


「結構な数が岩に隠れたし、そろそろやるか」


 再び岩を購入。

 今度は両手で抱えられるサイズだ。

 足下に召喚した。


「そろそろ麻衣にも分かるんじゃないか? どんな漁か」


「いや、さっぱり」


 本当に分からないようで、麻衣は不思議そうに見ている。

 俺は右の人差し指を立てて漁法の名を言った。


「石打漁だよ。足下の岩を川に設置した岩にぶつけて、その衝撃で周囲の魚を気絶させるって漁法さ」


「そんなことできるんだ!」


「原始的な漁の一つだけど、日本じゃ基本的に禁止されている」


「ほへぇ! 何でそんな漁を知ってるの!?」


「実は俺、漁マニアなんだ。世界中の漁を研究している。知らない漁はない」


「うっそぉ!? マジで!?」


 俺はニィと笑った。


「もちろん嘘だよ」


「嘘かよ!」


「中学の時、歴史の授業で先生が話していたんだ」


「じゃあ実際にやったことはないんだ?」


「おう!」


「元気のいい返事だけど……本当に大丈夫!?」


「どうかな」


 俺は足下の岩を抱えて川に入った。

 最初に設置した岩の傍に来ると、体を振って勢いをつけ――。


「そりゃ!」


 ――思いっきり岩を投げた。

 岩は情けない軌道で飛んだものの、狙い通りの場所に着弾。

 川に設置した岩とぶつかり、水中に衝撃波が広がった。


「お!」


 大量の魚が浮んだ。

 気絶しているだけだが、一見すると死んでいるようだ。


「大成功じゃん! やるぅ、風斗!」


 麻衣が拍手喝采。

 俺は照れ笑いを浮かべながら魚を指した。


「魚が流される前に捕まえるぞ!」


「ラジャ!」


 手掴みで魚を確保していく俺達。

 魚は持ち上げると消えて、ポイントが入ってきた。


「儲かりまくり! 大漁大漁!」


 麻衣は「うひょー!」と大興奮。

 彼女が気づいているかは不明だが、水しぶきで服が濡れている。

 それによって色っぽい下着ブラが透けていた。

 指摘するべきが悩むが、何も言わずに笑顔で拝んでおく。


「あとは本当に儲かっているかどうかだな」


「絶対に儲かってるって! 二人合わせて20匹は捕まえたし!」


 川から出て成果の確認へ。

 俺達は緊張の面持ちで〈履歴〉を開いた。


=======================================

・川魚を捕獲した:1,300ptを獲得

・川魚を捕獲した:780ptを獲得

・川魚を捕獲した:930ptを獲得

・川魚を捕獲した:4,700ptを獲得

・スキル【漁師】のレベルが2に上がった

・川魚を捕獲した:550ptを獲得

・川魚を……

=======================================


 〈履歴〉には大量のログが刻まれていた。

 魚1匹につき最低でも500pt、最高だと5,000ptの収入だ。

 ポイントに幅があるのは、魚の種類やサイズが異なるからだろう。


 あと、【漁師】というスキルを習得していた。

 魚を獲得した時に得られるポイントが増えるらしい。

 レベル2だと20%アップだ。


「えー、なんで風斗のスキルレベルは2に上がって私は1のままなの!?」


 麻衣は不満そうに唇を尖らせた。

 彼女のスマホを覗き込むと〈ステータス〉が表示されていた。

 たしかに【漁師】のレベルが1だ。


「俺のほうがたくさん稼いだからか、もしくは俺が岩を投げたからじゃないか」


「くぅー!」


「それはさておき、いい感じだな、石打漁」


「うん! この調子ならすぐに武器代を稼げる!」


「よし、この川から魚がいなくなるまで乱獲してやるぞ!」


「おー!」と右の拳を突き上げた後、麻衣は「あ、待って」と止めてきた。


「ちょっと〈相棒〉とかいうの試してみない?」


「〈相棒〉ってたしかゲームのパーティー機能みたいなやつか」


「そうそう」


「どういう効果があるんだ?」


「分からないから試すんじゃん! じゃあ申請するねー!」


「オーケー」


 俺は頷いて自分のスマホを見る。

 数秒後、麻衣から申請が届いた。

 しかし、それは〈相棒〉ではなく〈フレンド〉の申請だった。

 そのことを指摘する前に彼女は言った。


「フレンドとしか相棒になれないみたい」


「なるほど」


 フレンド申請を承諾すると、今度は相棒申請が届いた。

 これも承諾して、麻衣が俺の相棒パートナーになった。


「で、相棒になってはみたが……」


 コクーンに変化はない。


「何か変わったか?」


「んー、分からない!」


「フレンド機能もぶっちゃけよく分からないな」


「だねー」


「ま、なんだっていいや。漁を続けよう」


 少し上流へ移動して石打漁を行う。

 またしても大量の魚が失神して浮き上がった。


「さぁ乱獲の時間だ!」


「おー!」


 素手だと疲れるのでたも網を使う。

 魚の相場が分かったので、多少の出費で作業を効率化した。

 屈む必要がなくなったので腰にも優しい。

 作業はあっという間に終了した。


「さて今度はどれだけ稼げたかな」


「ポイントを確認する瞬間ってワクワクするよね」


「分かる」


 二人で並んで〈履歴〉をチェック。

 今度は最低400ptの最高4,000ptで、先程よりも明らかに少なかった。


「さっきのほうがいいじゃん! 同じ作業をしたらポイントの獲得量が減る仕様なわけ!?」


「普通に考えたら増えているべきなんだがな。今回は最初から【漁師】のスキルレベルが2だったわけだし」


 数秒後、俺達は気づいた。


「風斗、もしかしてこれ……」


 麻衣が自分の〈履歴〉を見せてきた。

 俺は「ああ」と頷き、彼女にこちらの〈履歴〉を見せる。

 互いの画面を見比べて確信した。


「獲得したポイントは相棒と山分けする仕様なんだ!」


 一回目の石打漁では、自分で捕獲した魚のポイントだけ入っていた。

 ところが、今回の漁では麻衣の捕った分も獲得している。

 ログの長さも一回目の倍近くあった。


「〈履歴〉に表示されている獲得ポイントを倍にした額が相棒になっていない時に得られる分なわけね」


「そういうことになる」


 今回の漁では最低400ptの最高4,000ptだった。

 これを倍にすると、最低800の最高8,000になる。

 一回目が最低500の最高5,000だったことを考えると……。


「一回目よりも6割近く上がってるぞ、ポイントの獲得量」


「上がりすぎじゃん! スキルレベル様々だね!」


「それもあるけど、〈相棒〉の効果もあるはずだ」


「そうなの?」


「だって【漁師】の効果では2割しか増加しないんだぜ? 仮に麻衣の補正と合算する仕様だったとしても3~4割増しに留まる。6割は増えすぎだ」


「言われてみれば増えすぎだね。たしかに相棒の効果っぽい」


「相棒って名称なだけあって、二人で同じ作業をすればポイントの獲得量が上がるんじゃないか」


「ありえる!」


 その後も俺達は石打漁に明け暮れた。

 しばしば雑談休憩を挟むこと約2時間で作業が終わる。


「麻衣、所持金はいくらになった?」


「12万! 風斗は?」


「14万。これだけあれば問題ないな」


 俺は刀を購入した。

 両刃の剣ではなく日本刀のような片刃の代物。

 振りやすさを考慮して刃の長さは約65cmとやや短め。


 価格は7万pt。

 見た目は最安値で売られている5万の刀と同じだ。

 違いは重さにある。


 5万の刀が約1kgなのに対し、俺の買った刀は250g。

 これは4分の1サイズのキャベツと同レベルの重さだ。

 非力な俺でも振り回すことができる。


 商品ページによると、軽量化しても性能は変わらないとのこと。

 本当かどうか分からないが信じることにした。


「見て見て風斗、私も買ったよ!」


 麻衣の武器は槍だ。

 右手で軽々と振り回している。

 俺と同じで軽量化した物を選んだのだろう。


「武器は手に入ったことだし……」


 俺は鞘を腰に装着し、刀の切っ先を洞窟の方角へ向けた。


「拠点を奪いに行くぞ!」


「おー!」

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