045 聖人君子なんて滅多にいるものじゃない

 脱出計画について、おおよそまとまってきた。


「まず間違いなく転覆するし、そこからが勝負だな」


 自室でPCを睨みながら呟く。


 脱出に当たって、転覆を防ぐ方法はある。

 単純に転覆しづらい巨大客船を買えばいいだけのことだ。

 数千人規模で搭乗できる船も〈ガラパゴ〉には売っている。

 価格は巨額極まりないが、払おうと思えば払える額だ。


 しかし、巨大客船を買うのは論外。

 買ったところで操縦することができないからだ。


 俺達は5人しかいない。

 それだけの人数で操ることは不可能だ。

 ググールによると、プロでも操舵室に3人は必要である。


 それに、巨大客船は転覆時が怖い。

 万が一にも転覆した場合、逃げるのは絶望的だ。

 経験値の少なさを考慮すると、間違いなく逃げ遅れる。


 ということで、船はそれほど大きくない物になる。

 それでいて1人で手軽に操縦できる物が望ましい。

 これについては既に最適な物を見つけておいた。


(あとはこの計画を詰めに詰めたら完成だな)


 俺は大きく息を吐き、席を立った。


 ◇


 水野の墓にやってきた。


「俺達は必ずここから出るからな」


 墓石に向かって祈る。

 目を瞑ると水野の笑顔が浮かんだ。

 思わず涙がこぼれてしまう。


 プーン、プーン。


 そんな俺を現実に戻したのは虫の羽音だ。

 小蠅や蚊が周囲を飛んでいる。


「鬱陶しさが増してきたな、こいつら」


 小蠅や蚊は見えない壁で防げない。

 その為、平然と俺達の縄張りに入ってくる。


 ここ数日、こういった害虫は急増していた。

 水野の死体に寄ってきている……わけではない。

 どちらかというと畑が原因のように思える。


「何かないものか」


 スマホを操作して害虫対策になりそうなものを探す。

 すると、虫除け用の燻煙剤が売っていた。


 容器に水を入れ、その上に薬剤の缶を設置するもの。

 そうすると、あとは勝手に煙が出始める。


「見てろよ害虫共」


 俺は最高級の燻煙剤を爆買いした。

 1つ当たり3万ptもするが、どうってことはない。


 購入した燻煙剤を1ブロックにつき4個設置する。

 室内用らしいけれど、これだけ設置すれば外でも効果があるだろう。


 プシュー!


 設置からほどなくして煙が上がり始めた。

 瞬く間に洞窟の外が真っ白の煙で覆われる。


 作物が心配になるほどだったが、おそらく大丈夫だろう。

 仮に駄目になったとしても、その時は作り直せばいいだけのこと。


「ちょっと、なにこれ!?」


 由衣が洞窟から出てきた。


「虫がウザイから燻煙剤をばらまいてやったぜ」


「やり過ぎでしょ。火事かと思ったよ」


「正直、俺もここまで煙が出るとは思わなかった」


 想像以上に立ちこめる煙を見て苦笑いを浮かべる。

 その時、スマホが鳴った。ラインの通知音だ。


「音が鳴るってことは個別ラインか」


 俺は個別ラインだけ音が鳴るように設定している。


さかぐちよう……? 誰だこいつ」


 話しかけてきた相手の名前は――坂口陽太。


「4組の坂口君? 大地、彼と知り合いなの?」


「いや、知らないぞ。チャラ男か?」


「ううん、どっちかっていうと大地と同じタイプ」


「地味な色白で存在感の薄いオタクらしさに満ちた陰キャラってことか」


「そこまでは言ってないでしょ」


 由衣によると、坂口は3年4組の生徒らしい。

 グループラインで彼が発言しているのを見た記憶がない。

 それに加えて、俺は彼と会話した記憶がなかった。


「坂口君が大地に……どんな用件だろう?」


「見てみる」


 坂口との個別ラインを開く。


『私は2組の橘美香。藤堂君、気付いたら返事ちょうだい』


 どうやら坂口のスマホを別の生徒が操作しているようだ。

 2組の橘という女子のことも俺は知らなかった。


「橘さんなら知ってるよ。私、同じクラスだから」


「そういえば由衣も2組だったな。友達か?」


「ううん。波留達とも親しくないと思うよ。でも嫌いじゃない」


「ふむ。とりあえず返事をするか」


 俺は「どうしたの?」と返す。

 すると即座に既読マークがついた。

 さらに、とんでもない長文が送られてくる。


 既読から長文までの時間は数秒。

 予め言いたいことをまとめていたようだ。


「なるほど、そういうことか」


 俺は文章をさっと読んだ。

 それによって、重村グループの状況を把握した。


「橘さん、なんて言ってるの?」


「一言でまとめると助けてくれってさ」


「助ける? 何から?」


「重村グループから抜け出したいが、抜け出すと野宿することになる。それは嫌だから俺達の仲間になりたい、だってさ。どうやら重村総帥は、拠点を自分の帝国として好き放題にしているようだ」


 橘によると、重村は女を性奴隷のように扱っているそうだ。

 取り巻きの連中と共に欲望の限りを尽くしているらしい。

 取り巻きというのは、彼と共にボスと戦った男子生徒達だ。


 力尽くで欲求を満たそうとする重村とその仲間達。

 しかし、グループのメンバーは嫌でも従うしかない。

 拒むと追放されるから。


「酷い……」


 由衣が手で口を押さえる。


「重村総帥は全員のスマホからラインを削除させたようだ。外部との接触を断つ為だろう。さらに監視アプリで全員のスマホを監視しているらしい。だから、こっそりラインを入れたら速攻でバレる。もちろん、バレたら追放だ」


「それで橘さんは坂口君のスマホから……」


「そういうこと。坂口本人は数日前に死んでいるそうだ。どうしてそんな奴のスマホを持っているのかは不明だが、おそらく恋人か何かだったのだろう」


「まさか重村グループがそんな状況だったなんて」


「ま、想定の範疇ではあるけどな」


「そうなの?」


「逆らう者は追放するって宣言した時から想定していたよ」


「そんなに前から!?」


「この島には法がないからな。重村が最初からその気だったかは分からないが、こんな環境で絶対的な権力を持てばこうなるのが普通だ」


「でも、大地は暴走していないじゃない」


「俺が異常なのさ」


 別に重村を擁護するつもりはない。

 やっていることは鬼畜の沙汰であり、外道と言うほかない。

 しかし、そうなってしまうことには納得の余地があった。


「重村達は命を張って拠点を獲得した。それを開放するのだから、見返りを要求するのはおかしい話ではない。ゲスではあるが、そういうものだろう。聖人君子なんて滅多にいるものじゃない」


「じゃあ、橘さんを助けるとかは……」


「ありえない」


 俺はきっぱりと断言した。


「橘だけ入れておしまいだと、重村が怒って何か仕掛けてくるかもしれないからな。橘を入れるなら、他にも大量に受け入れて重村の独裁を終わらせる覚悟が必要だ。だが、そんなことをすると島からの脱出が困難になる。それはごめんだ。俺達の最終目標は島からの脱出だから」


「……すごいね、大地は」


 由衣が真剣な眼差しで俺を見る。


「すごい? 何がだ?」


「絶対にブレないとこ。本当に一貫している」


「たぶんだけど、ただ冷たいだけだよ、俺は」


 俺は小さく笑い、坂口陽太のアカウントをブロックリストに追加した。

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