046 後悔はない

 翌日――13日目――以降も死亡者は一桁で推移した。

 基本的には5人以下で、なかには死亡者が0人の日もあった。


 1週間で死ぬ人間の数は約10人。

 平均すると日に2人すら死ななくなった。

 それでも生存者の数は300人を割っている。


 グループチャットは閑散としたままだ。

 既読の数が急減したことを疑問視する者もいた。

 なかには橘のように、死者のスマホで救援を求める者も。

 しかし、何かが変わるということはなかった。


 重村グループのメンバーは独裁政治に馴染んだようだ。

 それ以外の生き残りである約50人は、各々で拠点の生活を充実させている。

 俺が栽培について情報を公開したおかげで、誰もが安全に過ごせていた。


 俺達の様子も変わりない。

 朝食後からおやつの時間まで畑の作業。

 それが終わると自由に過ごして明日を迎える。


 そうしてお金を貯め続け――……。


 この島に来て30日目。

 ついに、島を脱出する時がやってきた。


「最後の朝食もこれまでとまったく同じだな」


「だって、今日は別に特別な日じゃないでしょ?」


 朝食時、ダイニングテーブルで千草と喋る。


「豪華にすると死亡フラグのように感じるものな」


「だからっていつもと同じ過ぎっしょ!」


 波留がニッと白い歯を見せて笑う。


「では」


 手を合わせる。


「「「「「いただきます」」」」」


 俺達は鮭の定食に箸を伸ばした。


 ◇


 朝食が終わると、各々で準備を行う。

 忘れ物がないことを確認すると、水野の墓の前に集まった。


「この島に来て30日目……ちょうど1ヶ月。遅くなったが、俺達はこの島を出るよ」


 墓石に向かって話しかける。


「たしか水野君は7日目に島を出たんだよね」と歩美。


「もう3週間以上も前なんだね」


 由衣がしみじみしたように言った。


「水野君の死は無駄にしないから」


「大地の奴が慎重すぎて10億以上も貯めやがったから絶対に安心だ」


 千草と波留も言葉を掛ける。

 そして、皆で口を揃えて墓石に言った。


「「「「「行ってきます」」」」」


 水野の携帯を墓の前に置き、俺達は歩き出した


 ◇


 海にやってきた。


「結局、海で遊ぶことはなかったよな」


 海の魚は川よりも報酬が良い。

 その仕様が活かされることはなかった。


「あたしゃ海釣りにも挑戦したかったよ」


「海の漁にも興味があったんだけどね」


 波留と由衣が言う。


「俺もさ」


 ここの海は本当に綺麗だ。

 水野と一度だけ泳いだ時は時間を忘れる程に楽しめた。


 それでも海に来なかったのは、来ると思い出すからだ。

 波打ち際に打ち上げられた水野の姿を。

 だから誰も、「海へ行こう」とは言わなかった。


「なら残る?」


 千草が尋ねてきた。


「いいや」


 俺は首を横に振った。

 波留と由衣、それに歩美も同じだ。


「帰ろう。かつていた現実の世界に」


 迷いはない。

 今日に至るまで時間をかけたのもその為だ。

 後悔しないよう、全力で生き抜いた。


「よし、着替えようか」


 俺達は事前に買っておいた着替えを召喚する。

 ウェットスーツと橙色の救命胴衣ライフジヤケツトだ。

 シュノーケルやフィンといった装備は必要ない。


「着替えるから、大地君はあっち向いて着替えてね」


「はいよ」


 着替えが終わったら船を買って島を発つ。

 ――と、その前に、歩美が言った。


「着替える前に少しいいかな?」


「どうした?」


「ちょっと、いや、すごく遅くなったけど――」


 歩美が懐から何かを取り出した。


「――皆の分のネックレス、作ったの」


 シルバーのリングに革の紐を通したネックレスだ。

 そういえば、以前、歩美が全員の分を作ると言っていた。

 指輪とネックレスのどちらがいいか訊かれたのを覚えている。


「本当はずっと前に完成していたんだけど、渡し損ねていてね」


 歩美が女子達の首にネックレスをかけていく。

 そして最後に俺の番。


「大地のはコレね」


 俺のネックレスだけ、リングが二つ付いていた。


「一個は水野君の分」


「なるほど」


 歩美らしい気配りだ。


「他には何もないか?」


 全員に確認する。

 皆、静かに頷いた。


「着替えようか」


 ◇


 ウェットスーツとライフジャケットを装備した。

 靴をマリンシューズに履き替えたら海に向かって歩きだす。


「船を買うぞ、本当に後悔はないな?」


 最後の確認だ。

 ここから先は死ぬ可能性がある。

 いや、もっと言えば、死ぬ可能性が高い。


「私は大丈夫だよ。部屋をゲーセンに改造して遊び尽くしたし」


 真っ先に波留が言った。


「たくさん料理することができて満足しているよ」


 千草が言うと、歩美と由衣も同様に続いた。


「大地は大丈夫?」


 由衣が尋ねてくる。

 女子の視線が俺に集まった。


「大丈夫だ」


 正直、俺にとってここは天国に近い環境だ。

 勉強はしなくていいし、欲しい物は手に入るし、仲間は美少女達。


 一方、島に転移するまで過ごしてきた世界は酷い環境だった。

 受験に次ぐ受験、就職活動、約40年に及ぶ労働生活が待つ未来。

 この島が天国とすれば、以前の世界は地獄だった。


 それでも俺達は帰ることを選んだ。

 この天国のような島を離れ、地獄のような現実に帰る道を。


「さぁ船のお出ましだ」


 俺は4億ptを投入し、船を買った。


 購入した船は――最高級のクルーザー。

 海外ドラマや洋画でセレブがパーティーに使うような船。

 大きさは数十人が快適に乗れる程度。

 ただし、スペック表によると乗員の上限は15人らしい。


 日本円だと10億円を超えるハイエンドモデルだ。

 コイツは俺達のニーズを全て満たしている。


 1人で操縦できる上に、操縦方法も簡単だ。

 それに自動で方角を調整する機能まで備わっている。


 高級クルーザーなので乗り心地も良い。

 船酔いに苦しむリスクは低く、豪華な船内でくつろげる。

 利用する予定はないけれど、ベッドまで備わっていた。


 そして何より大事なのが、脱出しやすいこと。

 激しく揺れてもすぐに脱出できるし、救命ボートも搭載している。

 天候が荒れて船が転覆する事態になっても安心だ。


「行くぞ!」


「「「「おおー!」」」」


 30日目の昼過ぎ、俺達は島を発った。

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